河東郡の料理

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この記事はウィキペディアではありません。「韓食ペディア」はコリアン・フード・コラムニストの八田靖史が作る、韓国料理をより深く味わうためのWEB百科事典です。以下の内容は八田靖史の独自研究を含んでいます。掲載されている情報によって被った損害、損失に対して一切の責任を負いません。また、内容は随時修正されます。
茶始培地(初めて茶の栽培を行った地域)の碑

河東郡(ハドングン、하동군)は慶尚南道の南西部に位置する地域。本ページでは河東郡の料理、特産品について解説する。

地域概要

双渓寺の大雄殿

河東郡は慶尚南道の南西部に位置する地域。郡の北部は慶尚南道咸安郡山清郡、東部は慶尚南道晋州市、南東部は慶尚南道泗川市、南西部は全羅南道光陽市、西部は全羅南道求礼郡、北西部は全羅北道南原市と接する。南部は南海岸に面し、島嶼地域の慶尚南道南海郡と橋で結ばれている。人口は4万1486人(2024年1月)[1]

代表的な観光地としては、朝鮮時代からの歴史を誇る五日市の花開市場(ファゲジャント、화개장터)や、新羅時代に開かれた古刹の双渓寺(サンゲサ、쌍계사)、828年に初めて茶の栽培を始めたとの逸話が残る茶始培地(チャ シベジ、차 시배지)、春に桜が咲く十里桜通り(십리벚꽃길)、昔ながらの伝統的な暮らしを残す青鶴洞村(チョンハクトンマウル、청학동마을)などがある。

ソウル市からのアクセスは、ソウル南部ターミナルから、河東バスターミナルまで市外バスで約4時間の距離。釜山市の釜山西部市外バスターミナル(沙上)から、河東バスターミナルまで市外バスで約2時間の距離である。

食文化の背景

蟾津江

河東郡は西部を流れる蟾津江(ソムジンガン、섬진강)を挟んで全羅南道との境に位置する。郡北西部の花開面(ファゲミョン、화개면)は、蟾津江を遡上する行商船が航行できるもっとも上流域にあり、南海岸から運ばれる海産物を買い求めるとともに、内陸の文物を販売する五日市の「花開市場(ファゲジャント、화개장터)」が開かれて栄えた。また、蟾津江は水運の用途のみならず、シジミ(재첩)、モクズガニ(동남참게)、アユ(은어)、スミノエガキ(벚굴)などが名産として知られ、これらを利用した郷土料理が豊富である。花開面の花開川(ファゲチョン、화개천)沿いには、828年に唐から茶の種子を持ち帰って初めて栽培を開始した「茶始培地(チャ シベジ、차 시배지)」があり、現在もノクチャ(緑茶/녹차)の名産地として名高い。

  • 花開市場
花開市場の韓方材店
花開市場(ファゲジャント、화개장터)は、花開面塔里(ファゲミョン タムニ、화개면 탑리)に位置する在来市場。慶尚道(キョンサンド、경상도)と全羅道(チョルラド、전라도)の境界に位置し、行商船によって南海岸の文物が運ばれるため、多方面から大勢の人が集まる市場として栄えた。現在は韓方材を販売する店が多くあるほか、ウノティギム(アユの天ぷら、은어튀김)、ピンオティギム(ワカサギの天ぷら、빙어튀김)などを提供する飲食店や、スットク(ヨモギ餅、쑥떡)、ススブクミ(タカキビ餅、수수부꾸미)などの軽食類を販売する店も多い。

代表的な料理

チェチョプクッ

チェチョプクッ(シジミスープ/재첩국)

チェチョプクッ(재첩국)は、シジミスープ(「チェチョプクッ(シジミスープ/재첩국)」の項目も参照)。シジミを煮込んだスープに、刻んだニラを加え、淡い塩味に仕立てた料理である。朝食のメニューとしても人気が高く、ヘジャンクッ(酔い覚ましのスープ/해장국)としても親しまれている。郡西部を流れる蟾津江(ソムジンガン、섬진강)がシジミの名産地であり、川沿いに専門店が立ち並ぶ。専門店ではチェチョプフェ(シジミの和え物、재첩회)、チェチョプチョン(シジミのチヂミ、재첩전)、チェチョプピビムパプ(シジミのビビンバ、재첩비빔밥)などの料理も提供する。
  • チェチョプフェ(シジミの和え物)
チェチョプフェ(재첩회)は、シジミの和え物。フェ()は刺身を意味するが、生の刺身ではなく茹でたむき身を使用し、キュウリ、ニンジン、キャベツなどの野菜とともに甘辛酸っぱいタレで和えて作る。和え物を意味するムチム(무침)をつけて、チェチョプフェムチム(재첩회무침)とも呼ぶ。

チャムゲタン(モクズガニ鍋/참게탕)

チャムゲタン(참게탕)は、モクズガニ鍋、またはチュウゴクモクズガニ鍋(「チャムゲタン(チュウゴクモクズガニ鍋/참게탕)」の項目も参照)。チャムゲ(참게)は、本来チュウゴクモクズガニ(上海ガニ)を指すが、近縁種のモクズガニ(동남참게)の俗称としても使われる。蟾津江でとれるのはモクズガニだが、飲食店では養殖物や輸入物のチュウゴクモクズガニで代用することも多い。タン()は鍋料理の意。モクズガニ、またはチュウゴクモクズガニを野菜、キノコなどと煮込み、エゴマの粉や唐辛子などを加えて味噌仕立てにする。

ウノバプ(アユ飯/은어밥)

ウノバプ(은어밥)は、アユ飯。ウノ(은어)は漢字で「銀魚」と書いてアユのこと。バプ(=パプ、)はごはんを意味する。アユは最初から一緒に炊くと身が崩れるため、炊き上がる少し前に入れて熱を通す。炊きあがったら頭や骨を取り除き、身だけをほぐしてごはんに混ぜ込み、薬味ダレ(양념장)を添えて味わう。雑穀ごはん(잡곡밥)を用いることも多い。
蟾津江でとれるアユは初夏から夏にかけて旬を迎え、かつては陰暦6月になると宮中への進上品にも用いられた。陰暦6月15日の流頭(ユドゥ、유두)までは宮中に送り、その後になって初めて地元民の口に入ったという。現在も蟾津江沿いに専門店が多く、ウノバプのほかに、ウノフェ(アユの刺身、은어회)、ウノグイ(アユの焼き魚/은어구이)、ウノティギム(アユの天ぷら、은어튀김)などの料理で味わう。
  • ウノフェ(アユの刺身)
ウノフェ(은어회)は、アユの刺身。アユ料理としては代表的なひとつであるが、天然のアユには横川吸虫などの寄生虫がおり、感染すると腹痛や下痢などの症状を起こすことがある。寄生虫の心配がない環境で育てられた養殖のアユや、1度冷凍したアユを使用することでリスクを減らすことは可能だが、しっかりと加熱した料理を食べるほうが安全である。ウノフェは背骨ごとそぎ切り、または筒切りにした背越し(세꼬시)にすることが多い。醤油、チョゴチュジャン(唐辛子酢味噌、초고추장)につけて食べるほか、サンチュやエゴマの葉などの葉野菜に包んでサムジャン(쌈장)でも味わう。河東郡は梅の産地でもあるため、ウノフェをメシルチャンアチ(梅の漬物、매실장아찌)と一緒に味わうのも定番である。

テトンバプ(竹筒ごはん/대통밥)

テトンバプ(대통밥)は、竹筒ごはん。テトン(대통)は竹筒、バプ(=パプ、)はごはんを意味する。テロンバプ(대롱밥)、テナムトンバプ(대나무통밥)とも呼び、テロン(대롱)、テナムトンバプ(대나무통)はいずれも竹筒を指す。竹筒に米、雑穀、豆、水などを入れて蒸して炊き上げる。味付けには竹塩(죽염)を用いる。専門店では山菜料理などと一緒に提供される。郡北西部の青岩面黙渓里(チョンアムミョン ムッケリ、청암면 묵계리)に位置する青鶴洞村(チョンハクトンマウル、청학동마을)の名物料理として知られる。

サンチェピビムパプ(山菜ビビンバ/산채비빔밥)

サンチェピビムパプ(산채비빔밥)は、山菜ビビンバ(「サンチェピビムパプ(山菜ビビンバ/산채비빔밥)」の項目も参照)。郡北部は智異山(チリサン、지리산)のふもとに位置し、ワラビ(고사리)やシラヤマギク(취나물)などの山菜が名産である。これらを利用したサンチェピビムパプが名物となっている。

ポックルグイ(スミノエガキ焼き/벚굴구이)

店頭のいけすに入れられたスミノエガキ
ポックルグイ(벚굴구이)は、スミノエガキ焼き。ポックル(벚굴)は、スミノエガキ、グイ(=クイ、구이)は焼き物の総称。ポックルのポッ(벚)は桜を意味し、水中で群生する姿が桜の花に見えることや、桜の咲くシーズンに旬を迎えることから名付けられたとされる。蟾津江の汽水域で育つことから、カングル(川牡蠣、강굴)とも呼ぶ。ただし、ポックル、カングルともに俗称であり、標準語はカックル(갓굴)である。マガキ()よりもサイズが大きく、20~30cmほどになる。川で育つことから熱を通して食べることが推奨され、ポックルグイのほか、ポックルチム(スミノエガキ蒸し、벚굴찜)、ポックルジョン(スミノエガキのチヂミ、벚굴전)などの料理がある。

代表的な特産品

松葉韓牛の焼肉

松葉韓牛

松葉韓牛(ソルリプハヌ、솔잎한우)は、松葉などを発酵させて作る生菌剤(腸内菌を改善させる微生物)を飼料に混ぜて育てた韓牛(ハヌ、한우)。ソルリプ(솔잎)が松葉を意味する。生後28ヶ月以上かつ、1等級以上の肉質を持つ韓牛に限る[2]。河東畜産業協同組合(河東畜協)が運営する「河東松葉韓牛プラザ(하동솔잎한우프라자)」や、松葉韓牛を扱う郡内の飲食店で主に焼肉として味わう。

岳陽大峯柿

岳陽大峯柿(アギャンデボンガム、악양대봉감)は、郡北西部の岳陽面(アギャンミョン、악양면)一帯で生産される柿()。大峯柿(テボンガム、대봉감)は、頂部のとがった長楕円型の渋柿。熟柿(홍시)や干し柿(곶감)として利用する。朝鮮時代に宮中への進上品として利用されたとの話もあるが、別名を「하찌야(ハチヤ)」とも呼び、岐阜県名産の蜂屋柿が伝わって定着したものと見られる。河東郡(農業技術センター)のウェブサイトでは、「『日帝時代に日本人らが大峯柿の生産に合う土壌を全国的に調査をしたところ、その結果、岳陽がもっとも適地であった』との逸話がある」と説明している[3]。岳陽大峯柿は、山林庁が地域の名産品を認証する地理的表示林産物の第23号として登録されている[4]

代表的な酒類・飲料

河東緑茶(始培地茶)を注いでいるところ

緑茶

河東郡はノクチャ(緑茶/녹차)の名産地であり、地名を冠して河東ノクチャ(하동녹차)とも呼ばれる。河東ノクチャは農林畜産食品部が地域の名産品を認証する地理的表示農産物の第62号に指定されている[5]
花開面の茶始培地
郡北西部の花開面(ファゲミョン、화개면)には、竹と野生の茶の木が混生する地域があり、828年に初めて茶の栽培を行った地域として「茶始培地(チャ シベジ、차 시배지)」と呼ばれる。その典拠は三国時代の歴史書『三国史記(삼국사기)』にあり、新羅の興徳王(흥덕왕、第42代)が朝貢の使臣を唐に派遣したところ、茶の種子を持ち帰ってきたため、王命によって智異山(チリサン、지리산 ※原文では「地理山」と表記)に植えたと記録されている[6]。使臣の名前は大廉(デリョム、대렴)とだけ書かれており、姓は不明であるが、当時の記録で姓が省略される場合は「金(キム、김)」姓が多いことから金大廉(キム・デリョム、김대렴)と紹介されることもある。大廉が茶の種子を植えた場所は諸説あるものの、花開面は智異山の南部に位置しており、立地的にも齟齬がないことから有力な地域として広く認められている。
茶始培地は現在、近隣にある古刹の双渓寺(サンゲサ、쌍계사)が所有しており、その管理は大韓民国大韓名人(第15-448号)であり、茶店「法香茶園(법향다원)」代表のイ・サンヨン(이쌍용)氏が担当している。茶始培地で摘んだ茶葉は名人が9度に分けて釜炒りを行ったのち、双渓寺に納品されるほか、一般にも販売される。これを始培地茶(シベジチャ、시배지차)と呼び、その中でも竹林の下で育った茶の木から摘んだものは竹露茶(チュンノチャ、죽로차)と呼ばれて珍重される。熟成過程を経た発酵茶(パリョチャ、발효차)の生産も行う。
郡内ではノクチャ(緑茶/녹차)をパンや菓子、マッコリなどに利用するほか、ノクチャネンミョン(緑茶冷麺、녹차냉면)の生産も行われている。

ヤンタンクッ(コーヒー/양탕국)

ヤンタンクッ(양탕국)は、コーヒーの旧称。ヤンタン(양탕)は漢字で「洋湯」と書いて西洋の飲み物を指し、クッ()は汁物を意味する。19世紀後半にコーヒー커피)が伝えられた際の呼び名である。郡中央部の赤良面(チョンニャンミョン、적량면)にあるカフェ「ヤンタンクッ コーヒー文化村(양탕국 커피문화마을)」では、その旧称を活かし、韓屋(伝統家屋)を利用した店内で、伝統食器のサバル(鉢、사발)に注いだコーヒーをヤンタンクッの名前で提供している。

マッコリ

岳陽酒造場の情感
古田面(コジョンミョン、고전면)の「古田酒造場(고전양조장)」、花開面(ファゲミョン、화개면)の「花開合同醸造場(화개합동양조장)」、岳陽面(アギャンミョン、악양면)の「岳陽酒造場(악양주조장)」などがマッコリを生産している。
岳陽酒造場
岳陽面の「岳陽酒造場(악양주조장)」は現代表の曽祖父が創業した歴史ある酒造であり、祖父は代を継がなかったものの、父の代に再興して現在まで継承している。代表銘柄の「岳陽マッコリ(악양막걸리)」に加え、原料にもち米を加えて造るプレミアムマッコリの「情感(정감)」がある。

飲食店情報

以下は韓食ペディアの執筆者である八田靖史が実際に訪れた店を列挙している。

  • 法香茶園(법향다원)
住所:慶尚南道河東郡花開面花開路113(三神里653-10)
住所:경상남도 하동군 화개면 화개로 113(삼신리 653-10)
電話:055-884-2609
料理:ノクチャ(緑茶)
  • 寺刹グクス(사찰국수)
住所:慶尚南道河東郡花開面茶始培地キル23-4(雲樹里352)
住所:경상남도 하동군 화개면 차시배지길 23-4(운수리 352)
電話:055-883-1668
料理:サチャルグクス(精進そば)
  • 岳陽酒造場(악양주조장)
住所:慶尚南道河東郡岳陽面岳陽西路363(亭西里281)
住所:경상남도 하동군 악양면 악양서로 363(정서리 281)
電話:055-883-3037
料理:マッコリ
  • ウンソン食堂(은성식당)
住所:慶尚南道河東郡花開面蟾津江大路3917(徳陰里822)
住所:경상남도 하동군 화개면 섬진강대로 3917(덕은리 822)
電話:055-884-5550
料理:チェチョプクッ(シジミスープ)、チャムゲタン(チュウゴクモクズガニ鍋)
  • 河東ソルリプテジ純粋韓牛(하동솔잎돼지순수한우)
住所:慶尚南道河東郡横川面横甫キル2-6(横川里746-1)
住所:경상남도 하동군 횡천면 횡보길 2-6(횡천리 746-1)
電話:055-884-1889
料理:松葉韓牛・松葉豚の焼肉

エピソード

韓食ペディアの執筆者である八田靖史は、2023年11月に初めて河東郡を訪れた。花開面の「茶始培地」を見学したのち、名人が目の前で淹れてくれた始培地茶を味わいながら、河東郡における茶の歴史を拝聴する貴重な機会に恵まれた。始培地茶の豊かな味わいもさることながら、飲み干すたびに何度もおかわりを注いでくれる、その空間と時間がなによりも贅沢な体験であった。

脚注

  1. 주민등록 인구 및 세대현황 、行政安全部ウェブサイト、2024年2月22日閲覧
  2. 특산물/솔잎한우 、河東郡ウェブサイト、2024年2月23日閲覧
  3. 농특산물 소개/대봉감 、河東郡農業技術センターウェブサイト、2024年2月21日閲覧
  4. 지리적표시 등록 현황/악양대봉감 、韓国地理的表示特産品連合会ウェブサイト、2024年2月21日閲覧
  5. 지리적표시 등록 현황/하동녹차 、韓国地理的表示特産品連合会ウェブサイト、2024年2月21日閲覧
  6. 三國史記 권 제10 신라본기 제10/흥덕왕 3년 12월) 、韓国史データベース、2024年2月23日閲覧

外部リンク

関連サイト
制作者関連サイト

関連項目