木浦市の料理
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木浦市(モッポシ、목포시)は全羅南道の南西部に位置する地域。本ページでは木浦市の料理、特産品について解説する。
地域概要
木浦市は全羅南道の南西部に位置する地域。市の北部から東部にかけては全羅南道の務安郡、南部は全羅南道の霊岩郡と接し、西部は西海岸に面する。また、島嶼地域である全羅南道の新安郡とは橋で結ばれている。人口は21万4534人で、全羅南道では順天市、麗水市に次いで3番目に多い(2023年9月)[1]。代表的な観光地として、木浦近代歴史館(モッポ クンデ ヨクサグァン、목포근대역사관)や、儒達山(ユダルサン、유달산)、木浦海上ケーブルカー(モッポ ヘサンケーブルカー、목포해상케이블카)などがある。ソウル市からのアクセスは、ソウル駅、龍山駅から木浦駅まで高速鉄道で約2時間30分。ソウル高速バスターミナルから木浦総合バスターミナルまで高速バスで約3時間50分。隣接する全羅南道務安市には務安国際空港(ムアン クッチェゴンハン、무안국제공항)があり、木浦市の中心部までは車で40分程度の距離である。
- 日本との関係
- 木浦市は19世紀後半まで小さな漁村であったが、1897年に木浦港(モッポハン、목포항)が開港し、また1913年に湖南線(ホナムソン、호남선)の木浦駅が開業したことで交通の要衝地として発達した。木浦港や木浦駅は、周辺地域でとれた米を日本へと輸送(韓国では多く「収奪」と表現される)する拠点の役割を担っており、日本の国策企業として拓殖事業を行う「東洋拓殖株式会社木浦支店」が設立されるなど、多くの日本人が移り住むに至った。1900年に建てられた日本領事館と、東洋拓殖株式会社木浦支店の建物は、現在「木浦近代歴史館」の1館、2館としてそれぞれ当時の歴史を伝えている。
- 木浦共生園(목포공생원)
- 木浦共生園(モッポゴンセンウォン、목포공생원)は、竹橋洞(チュッキョドン、죽교동)に位置する児童養護施設。1928年にキリスト教の伝道師である尹致浩(ユン・ジホ、윤지호)氏によって設立された。尹致浩氏は、1938年に結婚した高知県出身の田内千鶴子(たうちちづこ)/韓国名は尹鶴子(ユン・ハクチャ、윤학자)氏と結婚するも、1950年に朝鮮戦争の混乱で消息を絶った。残された田内千鶴子氏はひとりで事業を継続し、1968年に亡くなるまでに3000人もの孤児を育てた。木浦市による市民葬には3万人もの人が訪れて死を悼み、現在も「木浦の母(목포의 어머니)」「韓国孤児の母(한국고아의 어머니)」と呼ばれて尊敬を集める。木浦共生園では、園の歩みをまとめた日本語の映像資料を視聴できる。1997年には田内千鶴子氏の生涯を描いた映画『愛の黙示録』が制作された。
食文化の背景
木浦市は栄山江(ヨンサンガン、영산강)の河口部に位置し、西海岸に臨む三角形の半島地域である。港町だけに豊富な海産物を名産としており、地域の名物をまとめた「木浦9味(목포9미)」は、9種類すべてが魚介料理である。
- 木浦9味(목포9미)
- 一部はふたつの料理をまとめて1味に数えている。
- 1味:セバルナクチ(テナガダコの踊り/세발낙지)
- 2味:ホンオサマプ(ガンギエイの刺身/홍어삼합)
- 3味:ミノフェ(ニベの刺身/민어회)
- 4味:コッケムチム(ワタリガニの和え物、꽃게무침)
- 5味:カルチジョリム(タチウオの煮付け/갈치조림)
- 6味:ピョンオフェ・チム(マナガツオの刺身・蒸し煮、병어회・병어찜)
- 7味:チュンチムチム(ヒラの和え物、준치무침)
- 8味:アグタン・チム(アンコウ鍋・蒸し煮、아구탕・아구찜)
- 9味:ウロクカンクッ(クロソイの干物鍋、우럭간국)
代表的な料理
テナガダコ料理(낙지요리)
- テナガダコ(낙지)は、木浦9味の筆頭に掲げられる名産品であり、市内にはこれを自慢とする海鮮料理店が多くある。サンナクチ(テナガダコの踊り食い/산낙지)や、ユッケタンタンイ(テナガダコと牛肉の刺身、육회탕탕이)、ヨンポタン(テナガダコのスープ/연포탕)、カルラクタン(牛カルビとテナガダコのスープ/갈낙탕)、ナクチボックム(テナガダコ炒め/낙지볶음)、ナクチピビムパプ(テナガダコビビンバ、낙지비빔밥)、ナクチスッケ(茹でテナガダコ、낙지숙회)、ナクチホロン(テナガダコの串巻き焼き、낙지호롱)などの料理にして味わう。
ミノフェ(ホンニベの刺身/민어회)
- ミノフェ(민어회)は、ホンニベの刺身(「「ミノフェ(ニベの刺身/민어회)」の項目も参照)。木浦市をはじめとする全羅道地域では、夏に旬を迎えるスタミナ食材として人気が高い。韓国では一般に魚を生きた状態でさばくファロフェ(活魚の刺身、활어회)が好まれるが、ミノフェはさばいてから熟成期間を置くソノフェ(鮮魚の刺身、선어회)として調理をする。大きいものは1メートルを超える大型魚であり、皮や内臓なども細かく部位分けをして味わう。専門店ではミノフェのほか、ミノフェムチム(ホンニベの刺身和え、민어회무침)や、ミノジョン(ホンニベのチヂミ、민어전)、ミノメウンタン(ホンニベの辛い鍋、민어매운탕)、ミノチリタン(ホンニベの澄まし鍋、민어지리탕)などの料理を提供する。専門店が集まった万戸洞(マノドン、만호동)一帯は、「ホンニベ通り(민어의 거리)」と呼ばれる。
- 希少部位
ホンオフェ(ガンギエイの刺身/홍어회)
- ホンオフェ(홍어회)は、ガンギエイの刺身(「ホンオフェ(ガンギエイの刺身/홍어회)」の項目も参照)。ホンオ(홍어)はガンギエイ、フェ(회)は刺身を意味する。ガンギエイは発酵させて食べることが多く、強烈なアンモニア臭を発するのを珍味とする。木浦9味には「ホンオサマプ(홍어삼합)」の名前で入っており、サマプは漢字で「三合」と書いて相性のよい3種類の食材を意味し、ガンギエイの刺身と、茹で豚、熟成キムチを指す。また、「ホンタクサマプ(홍탁삼합)」とも呼び、ホンタク(홍탁)はホンオとタクチュ(濁酒、탁주)の頭文字を取ったもので、こちらも相性がよいとされるマッコリをホンオサマプに添えたものを指す。
ウロクカンクッ(クロソイの干物鍋/우럭간국)
- ウロクカンクッ(우럭간국)は、クロソイの干物鍋。ウロク(우럭)はクロソイ、カンクッ(간국)は塩気のあるスープという意味で、塩を振って干した魚の鍋料理を指す。ぶつ切りにしたクロソイの干物に、大根、長ネギ、エノキダケなどの具を足して煮込んで作る。干物を煮込むことで特有の風味が生まれ、身が締まって濃厚に感じられるのも特徴である。
ソンオフェ(ツマリエツの刺身/송어회)
- ソンオフェ(송어회)は、ツマリエツの刺身。ソンオ(송어)は、ツマリエツの地方名。フェ(회)は刺身を意味する。標準語で「ソンオ(송어)」はマスを意味するため、誤解が生じやすい名称である。ツマリエツは仁川市などで、「ペンデンイ(밴댕이)」」と呼ばれる魚でもある。春から夏にかけて旬を迎える。
チュンカン(木浦式ジャージャー麺/중깐)
- チュンカン(중깐)は、木浦式のジャージャー麺。カンチャジャン(とろみ抜きジャージャー麺/간짜장)の一種であり、細くて薄いぴらぴらとした食感の麺が特徴的である。常楽洞2街(상락동2가)の「中華楼(중화루)」が発祥店として知られ、木浦市においては他店にも広まって定着している。名称のチュンカンは、「チュン」グッチプ(中華料理店、중국집)」の「カン」チャジャン、または旧屋号である「中華食堂(チュンファシクタン、중화식당)」のカンチャジャンを略したもの。麺が細くて薄いのは、ひと通りの中華料理を食べた後に軽めのシメとして提供したのが理由とされる。
ベーカリーとスイーツ
- 木浦市のベーカリー
- 木浦市のベーカリーとしては、1949年創業の「コロンバン製菓(코롬방제과)」が有名である。ただし、店舗としては長い歴史を持っているものの、途中で経営者が何度も変わっており、また2005年から2019年までの経営陣が近隣に「CLB BAKERY(씨엘비베이커리)」を開いている。両店とも、クリームチーズバゲット(크림치즈바게트)と、セウバゲット(エビバゲット、새우바게트)を看板商品としており、どちらを元祖と見るかは主張が相反する[2][3]。「コロンバン製菓」の現経営陣は2005年以前と同一であり、看板商品のうちクリームチーズバゲットを2004年に開発した実績を誇る。「CLB BAKERY」はそれを改良したうえで、新商品のセウバゲットを新たに開発したことを前面に掲げる。
- スックルレ(쑥꿀레)
代表的な特産品
テナガダコ(낙지)
- テナガダコ(낙지)は木浦9味の筆頭であり、上記の「テナガダコ料理(낙지요리)」でまとめたように多彩な調理法で味わう。テナガダコの中でもサイズの小さなものをセバルラクチ(세발낙지)と呼び、セバル(세발)は細い足を意味する。細い足のナクチ(テナガダコ)という意味だが、発音変化により「ラクチ」と発音される。真夏以外はほぼ通年で出回るが、中でも9~2月頃を旬とする。
タチウオ(갈치)
- 木浦市はタチウオ(갈치)の中でも、モッカルチ(網で獲ったタチウオ、먹갈치)の名産地として知られ、これを木浦モッカルチ(목포먹갈치)とも呼ぶ。木浦9味にカルチジョリム(タチウオの煮付け/갈치조림)が入っており、飲食店によってはこれをカルチチム(タチウオの煮付け/갈치찜)とも呼ぶ。タチウオ料理はほかに、カルチグイ(タチウオの焼き魚/갈치구이)も定番である。10~12月頃を旬とする。
クウルビ(イシモチの干物/구을비)
- イシモチ(조기)類の中でも高級とされるキグチ(참조기)を干したもの(「クルビグイ(イシモチの干物/굴비구이)」の項目も参照)。一般にイシモチの干物はクルビ(굴비)と呼ばれるが、その旧称であるクウルビ(구을비)を木浦市ではブランドとしている。
代表的な酒類・飲料
宝海醸造(보해양조)
老舗
- 中華楼(중화루)
- 1947年創業。チュンカン(木浦式ジャージャー麺/중깐)の元祖店。
- カラクチチュクチプ(가락지죽집)
- 1956年創業。スックルレ(ヨモギ餅/쑥꿀레)や、パッチュク(アズキ粥/팥죽)を自慢とする粥専門店。
- スックルレ(쑥꿀레)
- 1956年創業。スックルレ(ヨモギ餅/쑥꿀레)や、トッポッキ(餅炒め/떡볶이)を自慢とする粉食店(軽食堂、분식집)
- 成食堂(성식당)
- 1961年創業。トッカルビ(叩いた牛カルビ焼き/떡갈비)の専門店。
- ポリマダン カメクチプ(보리마당 가맥집)
- 1966年創業。カメク(가맥)店(酒類や軽食を提供する小規模な商店)。
- ヨンナンフェッチプ(영란횟집)
- 1969年創業。ミノフェ(ニベの刺身/민어회)をはじめとするホンニベ料理の専門店。
飲食店情報
以下は韓食ペディアの執筆者である八田靖史が実際に訪れた店を列挙している。
- 犢川食堂(덕천식당)
- 住所:全羅南道木浦市湖南路64番キル3-1(湖南洞10-36)
- 住所:전라남도 목포시 호남로64번길 3-1(호남동 10-36)
- 電話:061-242-6528
- 料理:サンナクチ(テナガダコの踊り食い)、テナガダコ料理
- マンソン食堂(만선식당)
- 住所:全羅南道木浦市西山路2(錦和洞3-134)
- 住所:전라남도 목포시 서산로 2(금화동 3-134)
- 電話:061-281-3621
- 料理:ソンオフェ(ツマリエツの刺身)、ウロッカンクッ(クロソイの干物鍋)
- スックルレ(쑥꿀레)
- 住所:全羅南道木浦市栄山路59番キル43-1(竹洞64-7)
- 住所:전라남도 목포시 영산로59번길 43-1(죽동 64-7)
- 電話:061-244-7912
- 料理:スックルレ(ヨモギ餅)
- CLB BAKERY明倫洞本店(씨엘비베이커리 명륜동본점)
- 住所:全羅南道木浦市栄山路75番キル14(明倫洞13-4)
- 住所:전라남도 목포시 영산로75번길 14(명륜동 13-4)
- 電話:061-242-2161
- 料理:クリームチーズバゲット、エビバゲット
- ヨンナンフェッチプ(영란횟집)
- 住所:全羅南道木浦市繁華路42-1(万戸洞1-5)
- 住所:전라남도 목포시 번화로 42-1(만호동 1-5)
- 電話:061-243-7311
- 料理:ミノフェ(ニベの刺身)、ニベ料理
- ユダルコンムル(유달콩물)
- 住所:全羅南道木浦市湖南路58番キル23-1(大安洞11-5)
- 住所:전라남도 목포시 호남로58번길 23-1(대안동 11-5)
- 電話:061-244-5234
- 料理:コングクス(豆乳麺)
- 忍冬酒マウル(인동주마을)
- 住所:全羅南道木浦市福山キル12番キル5(玉岩洞1041-7)
- 住所:전라남도 목포시 복산길12번길 5(옥암동 1041-7)
- 電話:061-284-4068
- 料理:ホンオフェ(ガンギエイの刺身)
- 中華楼(중화루)
- 住所:全羅南道木浦市栄山路75番キル6(常楽洞2街12-7)
- 住所:전라남도 목포시 영산로75번길 6(상락동2가 12-7)
- 電話:061-244-6525
- 料理:チュンカン(木浦式のジャージャー麺/중깐)
エピソード
韓食ペディアの執筆者である八田靖史は、2005年11月に初めて木浦市を訪れた。テナガダコ料理の専門店に入り、店員から止めたほうがいいと言われつつも、どうしても本場のセバルナクチ(テナガダコの踊り/세발낙지)を食べたくて注文した。割り箸にぐるぐると巻き付けたテナガダコを、口の中に押し込んでもらい、目を白黒させながら必死で咀嚼したのはいい思い出である。
脚注
外部リンク
- 関連サイト
- 制作者関連サイト
- 韓食生活(韓食ペディアの執筆者である八田靖史の公式サイト)