チムタク(鶏と野菜の醤油煮/찜닭)
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チムタク(찜닭)は、鶏と野菜の醤油煮。
名称
チムタクのチム(찜)は蒸し煮、タク(닭)は鶏を意味する。慶尚北道安東市の郷土料理であることから、安東チムタク(アンドンチムタク、안동찜닭)と呼ばれることも多い。日本語では「チムタッ」「チムダク」「チムダッ」「チムタック」「チムダック」「チンタッ」「チンダッ」「チンタック」「チンダック」などの表記も見られるが、本辞典では「チムタク」を使用する。実際の発音は「チムダッ」に近い。発音表記は〔찜닥〕。
- 日本語訳
- 鶏肉、野菜、春雨を主材料として、醤油ベースの煮汁でピリ辛の蒸し煮に仕立てた料理であることから、それらの要素を組み合わせた日本語訳が多い。主材料として「鶏の~」「鶏肉の~」「鶏と野菜の~」「鶏肉と野菜の~」「鶏と春雨の~」「鶏肉と春雨の~」に、調理法の「醤油煮」「蒸し煮」「甘辛煮」「煮物」などをつける訳がもっともポピュラーである。または日本料理の「肉じゃが」に例えて、「韓国風肉じゃが」「ピリ辛の肉じゃが」とする訳も散見される。本辞典では「鶏と野菜の醤油煮」を使用する。
概要
ぶつ切りにした鶏肉を、ニンジン、タマネギ、ジャガイモ、春雨(당면)などとともに甘辛い醤油煮にして作る。店によってはかなりの辛口に仕上げることもある。主に専門店で食べられる料理だが、タッカルビ(鶏肉の鉄板焼き/닭갈비)やタットリタン(鶏と野菜の鍋料理/닭도리탕)、チキン(韓国チキン/치킨)など他の鶏料理店で提供されることも多い。慶尚北道安東市の郷土料理であり、2001年頃に大きなブームがあったことから、専門店が増えて全国に広まった。2010年代の後半から2020年代前半にかけて専門店が増え、トレンドのテイストや食材を取り込んだ新メニューが生まれるなど、新たな盛り上がりを見せている。
- タンミョン(春雨)
- チムタクの具材として欠かせないもののひとつにタンミョン(春雨、당면)がある。煮汁を吸ったタンミョンの味わいは、チムタクを食べるうえで大きな魅力のひとつと語られる。サツマイモのでんぷんから作るものが主流であり、専門店によっては食べごたえのある太めのタンミョンを用いることも多い。2020年代の前半には、トッポッキ(餅炒め/떡볶이)のトッピングとしてブームとなった幅広の春雨(납작당면)や、粉耗子(プンモジャ、분모자)と呼ばれる極太の中国春雨をチムタクに応用する例も見られた。
- トッピング
- 専門店ではチムタクに追加をしてトッピングを選択できる。チーズ、マンドゥ(餃子/만두)、タンミョン(春雨、당면)、ウドン、餅、ジャガイモなどのほか、鶏肉の追加をメニューに載せているところもある。
- 分量
- ごはん
- チムタクは酒肴としても、ごはんのおかずとしても食べられる。人によってはチムタクを食べたあとの煮汁に、ごはんを投入し混ぜて食べたりもする。ごはんの上にチムタクを載せた料理を、チムタクトッパプ(鶏の蒸し煮丼、찜닭덮밥)と呼び、電子レンジ調理できるカップめしとして市販もされている。
歴史
チムタクは、1980年代後半に慶尚北道安東市の旧市場(クシジャン、구시장)で発達して広まった。料理の発祥については、旧市場内のトンダク(丸鶏揚げ/통닭)専門店で生まれたとの説や、それ以前から安東市の旧家で祭祀料理、家庭料理として作られていたとする説が代表的である。
発祥
旧市場発祥説
- チムタクの発祥を、安東市西部洞(ソブドン、서부동)に位置する旧市場で開発されたとする説。旧市場は朝鮮時代から続く歴史の古い在来市場であり、1950年代以降に近隣の沃野洞(オギャドン、옥야동)にできた中央新市場(チュンアンシンシジャン、중앙신시장)に対して旧市場と呼ばれる。旧市場にはもともと丸鶏や、トンダク(丸鶏揚げ/통닭)を販売する店の集まった通りがあり、1970年代後半からマヌルトンダク(ニンニクチキン/마늘통닭)などさまざまな鶏料理が開発された中で、1980年代後半にチムタクが登場して人気を集めた[1][2]。その背景として同時期から増え始めたチキン(韓国チキン/치킨)専門店の台頭があり、これに対抗すべく新たな料理が必要になったとも語られる。現在はチムタクの専門店が集まる一画となり、「安東チムタク通り(안동찜닭골목)」と呼ばれている
祭祀料理、家庭料理説
- チムタクの発祥を、安東市の旧家で受け継がれてきた祭祀料理、家庭料理に由来するとの説。安東市の旧家では祭祀膳に捧げた丸鶏を、祭祀後にぶつ切りにして醤油煮で食べており、これをチムタクと呼んで古くから親しんでいる。KBSのドキュメンタリー番組『韓国人の食卓(한국인의 밥상)』「第192回:鶏を食べるのに最適の日(닭 먹기 참 좋은 날)」(2014年11月6日放送)では、実際に安東市の旧家を訪ねて祭祀後に作られるチムタクを紹介している[3]。これを原形として安東市の旧市場で改良、発展したものが現在のチムタクであると、ルーツを複合的に考える説もある。
- 『需雲雑方』の記録
- 16~17世紀にかけて編纂された料理書の『需雲雑方(수운잡방)』には、ぶつ切りにした若鶏をゴマ油、醤油、酒、酢などで炒め煮にしたチョンゲア(煎鶏児、전계아)という料理が記録されている[4]。『需雲雑方』は1540年頃に儒学者の金綏(김유)が記したものに、孫の金坽(김령)が後半部を追記したもので、ふたりはいずれも安東市の礼安面(イェアンミョン、예안면)の出身であることから同地域の両班料理を記録したものと考えられる。チムタクの発祥を安東市の旧家で受け継がれた祭祀料理、家庭料理とする場合、調理法の似た『需雲雑方』のチョンゲアをそのルーツと考える見解がある。チョンゲアは金坽の追記した後半部に収録されている。
城内の料理説
- チムタクの発祥を、朝鮮時代に漢陽(現在のソウル市)の城内(四大門の内側)、または慶尚北道安東市にかつてあった安東邑城(안동읍성)内で食べていた料理に由来すると考える説。城内のことをアンドンネ(内側の町、안동네)、場外をパッカットンネ(外側の町、바깥동네)と区分し、アンドンネで身分の高い両班たちが食べていた鶏料理を「アンドンネチムタク(안동네찜닭)」と呼んだことから、これが略されて「アンドンチムタク(안동찜닭)」になったとされる。漢陽の城内と考える場合、安東市は発祥地として関係ないことになるが、この説を有力視する見解はほぼ見られない。安東邑城の城内と考えたうえで、他の説と複合的に語られる場合もある。
2000年代
- 2000年10月にソウル市の大学路(テハンノ、대학로)地区で「鳳雛チムタク(봉추찜닭)」が創業した。翌2001年にはフランチャイズ化をして店舗数を増やすと、後発の専門店も続々と増えたことで大きなブームとなり、チムタクの知名度が全国的なものになった。韓国旅行サイト「ソウルナビ」では2001年12月に、ソウル市内の繁華街3地域(「新村・梨大編」「鍾路編」「明洞編」)でチムタクの専門店が増えている様子をレポートしている[5][6][7]。
2010年代
- 2010年9月にソウル市の江南(カンナム、강남)地区で、歌手のSE7ENが「烈鳳チムタク(열봉찜닭)」を開いて話題になった。
2020年代
- 2010年代後半から2020年代の前半にかけて、新たな専門店が増えるとともに、トレンドのテイストや食材を取り込んだ新メニューが増加している。代表的なメニューに、麻辣味のマラチムタク(마라찜닭)、ロゼソース味のロゼチムタク(로제찜닭)、麻辣味とロゼソース味を掛け合わせたマラロゼチムタク(마라로제찜닭)があるほか、トッポッキ(餅炒め/떡볶이)のトッピングとしてブームとなった幅広の春雨(납작당면)や、粉耗子(プンモジャ、분모자)と呼ばれる極太の中国春雨を具に加えるアレンジもある。これらは2020年からのコロナ禍において、デリバリーメニューとしても人気を集めた。メディアでは2000年代前半のブームに続く、第2次ブームとも注目されている[8]。
種類
チムタクには以下のような種類がある。
マラチムタク(마라찜닭)
- マラチムタク(마라찜닭)は、マラ(麻辣、山椒と唐辛子の辛さ、마라)味のチムタク。韓国では2010年代の中盤から後半にかけて、中国料理のマラタン(麻辣湯/마라탕)が人気を集め、2019年頃には麻辣味の料理がブームとなった。これを受けてチムタクの専門店では、マラチムタクを提供するところが登場した。
ロゼチムタク(로제찜닭)
- ロゼチムタク(로제찜닭)は、ロゼソース(コチュジャンクリームソース、로제소스)味のチムタク。ロゼの発音は「ロジェ」に近い。味付けにコチュジャン、生クリーム、または牛乳などを用いることで、辛さの中にもクリーミーで濃厚な味わいとなる。韓国では2020年頃からロゼトッポッキ(韓国餅のロゼソース炒め、로제떡볶이)を中心としたロゼソース料理が流行し、ロゼチムタクもその一翼を担った。
マラロゼチムタク(마라로제찜닭)
- マラロゼチムタク(마라로제찜닭)は、麻辣味とロゼソース味を融合させた味付けのチムタク。2019年頃からの麻辣味ブームと、2020年頃からのロゼソース味ブームが合流し、2023年頃から麻辣ロゼ(마라로제)味の料理が注目され、チムタクの専門店ではマラロゼチムタクを提供するところが登場した。
その他
- ピョオムヌンチムタク(뼈없는찜닭)
- チーズチムタク(치즈찜닭)
- チーズをトッピングしたチムタク。
- コチュジャンチムタク(고추장찜닭)
- 味付けにコチュジャンを加えた辛口のチムタク。
- プルチムタク(불찜닭)
- 激辛のチムタク。プル(불)は火を意味し、激辛料理の表現として用いられる。
- ヘムルチムタク(해물찜닭)
- 具にエビやイカ、ムール貝などの海産物を加えたチムタク。ヘムル(해물)は漢字で「海物」と書いて海産物の意。
- ムグンジチムタク(묵은지찜닭)
- 具にムグンジ(熟成キムチ、묵은지)を加えたチムタク。
以北式チムタク
- 平安道の郷土料理にもチムタク(찜닭)と呼ばれるものがある。丸鶏をニラや長ネギと一緒に茹でたもので、丸鶏は食べやすく裂いてカラシ醤油につけて味わう。安東式のチムタクとはまったく無関係の料理だが、同名であることから区別をするために、軍事分界線以北の地域を総称する「以北式(イブクシク、이북식)」、地域名から「平安道式(ピョンアンドシク、평안도식)」、または平安道の中心都市である「平壌式(ピョンヤンシク、평양식)」のチムタクと呼ばれることが多い。ソウル市中区新堂洞(チュング シンダンドン、중구 신당동)の地下鉄3号線「薬水(약수)」駅周辺には以北式チムタクをはじめ、マンドゥ(餃子/만두)や、マッククス(冷やしそば/막국수)などの平安道料理を提供する専門店が集まっている。
日本における定着
韓国で大きなブームのあった2000年代前半から、代表的な専門店が日本へと進出しているほか、日本の食品会社からも家庭用の商品が発売されるなど一定の定着が見られる。
- 鳳雛チムタクの進出
- 韓国で展開する大手チェーン「鳳雛チムタク」は、2002年11月に東京・渋谷(現在は閉店)、2005年9月に新大久保へと進出した。
- 烈鳳チムタクの進出
- 2010年9月にソウル市の江南(カンナム、강남)地区で、歌手のSE7ENが開いた「烈鳳チムタク(열봉찜닭)」は、2012年10月に大阪・南船場(心斎橋)、東京・新大久保に進出した(いずれも現在は閉店)。
エピソード
韓食ペディアの執筆者である八田靖史は、2001年10月にソウル市の弘大(ホンデ、홍대)地区で初めてチムタクを食べた。2000年12月に韓国留学を終えて帰国した後、韓国でチムタクがブームになっているのを知り、長らく食べたいと思っていた念願の料理だっただけに、その味はひとしおであった。そのエピソードはメールマガジン「コリアうめーや!!第17号」にて報告されている[9]。
地域
飲食店情報
以下は韓食ペディアの執筆者である八田靖史が実際に訪れた店を列挙している。
<安東チムタク>
- 鳳雛チムタク大学路店(봉추찜닭 대학로점)
- 住所:ソウル市鍾路区大学路11キル27(明倫4街80-1)
- 住所:서울시 종로구 대학로11길 27(명륜4가 80-1)
- 電話:02-745-6981
- 料理:チムタク(鶏と野菜の醤油煮)
- 備考:大学路店は1号店、実際は弘大店などを訪問
<以北式チムタク>
- 鎮南浦食堂(진남포식당)
- 住所:ソウル市中区茶山路108、2階(新堂洞368-89)
- 住所:서울시 중구 다산로 108, 2층(신당동 368-89)
- 電話:02-2252-2457
- 料理:以北式チムタク(平安道式の丸茹で鶏)
- チョガチプ(처가집)
- 住所:ソウル市中区東湖路11カキル22(新堂洞432-117)
- 住所:서울시 중구 동호로11가길 22(신당동 432-117)
- 電話:02-2235-4589
- 料理:以北式チムタク(平安道式の丸茹で鶏)
- 春川マッククス(춘천막국수)
- 住所:ソウル市中区茶山路10キル6(新堂洞368-86)
- 住所:서울시 중구 다산로10길 6(신당동 368-86)
- 電話:02-2232-2969
- 料理:以北式チムタク(平安道式の丸茹で鶏)
脚注
- ↑ 안동찜닭 、韓国民俗大百科事典、2024年2月17日閲覧
- ↑ 안동찜닭 (安東찜닭) 、韓国民俗文化大百科事典、2024年2月17日閲覧
- ↑ 한국인의밥상★풀버전 밖에서 사먹는 음식 중 가장 많이 선택하는 메뉴 🍗닭 “닭 먹기 참 좋은 날” (KBS 20141106 방송)(23:38~) 、KBS 다큐YouTubeチャンネル、2024年2月17日閲覧
- ↑ 원형재현음식 전계아 、需雲雑方ウェブサイト、2024年2月17日閲覧
- ↑ 食べ物流行ニュース~チムタク大ブーム 【新村・梨大編】! 、ソウルナビ(2001年12月19日記事)、2024年2月18日閲覧
- ↑ 食べ物流行ニュース~チムタク大ブーム【鍾路編】! 、ソウルナビ(2001年12月19日記事)、2024年2月18日閲覧
- ↑ 食べ物流行ニュース~チムタク大ブーム【明洞編】! 、ソウルナビ(2001年12月19日記事)、2024年2月18日閲覧
- ↑ 외식 메뉴에서 배달 메뉴로 찜닭 제2의 전성기 、月刊食堂(2020年2月4日付記事)、2024年2月18日閲覧
- ↑ コリアうめーや!!第17号 韓国で念願のチムタクを食べる!! 、韓食生活、2024年2月18日閲覧
外部リンク
- 制作者関連サイト
- 韓食生活(韓食ペディアの執筆者である八田靖史の公式サイト)
- 八田靖史プロフィール(八田靖史のプロフィール)