トルムクチゲ(ハタハタの鍋/도루묵찌개)
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この記事はウィキペディアではありません。「韓食ペディア」はコリアン・フード・コラムニストの八田靖史が作る、韓国料理をより深く味わうためのWEB百科事典です。以下の内容は八田靖史の独自研究を含んでいます。掲載されている情報によって被った損害、損失に対して一切の責任を負いません。また、内容は随時修正されます。 |
トルムクチゲ(도루묵찌개)は、ハタハタの鍋。
概要
トルムク(도루묵)はハタハタ。チゲ(찌개)は野菜や肉、魚などを煮た鍋料理の総称である。内臓を取ったハタハタを、大根、長ネギなどとともにダシ汁で煮込み、粉唐辛子、コチュジャン、醤油などで味付けをする。ハタハタは江原道の海沿い地域で水揚げが多く、トルムクチゲも江陵市、束草市一帯の郷土料理店、海鮮料理店、刺身店で提供されることが多い。11月から12月上旬頃まではメスが卵を持っており、この時期のトルムクチゲがもっとも人気が高い。ハタハタを用いた料理としては、ほかにトルムックイ(ハタハタの焼き魚、도루묵구이)、トルムクチョリム(ハタハタの煮付け、도루묵조림)、トルムクチム(ハタハタの蒸し煮、도루묵찜)などがある。
- ハタハタの名前に関する逸話
- ハタハタの呼び名であるトルムク(도루묵)には命名に関する逸話がある。ハタハタはかつてムク(묵)という名前で呼ばれており、もともとは咸鏡道の名産品であった。高麗時代、または朝鮮時代に、ある王様が戦乱を避けて咸鏡道へ逃れた際、地元民からハタハタを献上され、これがたいへん美味しいかったことから名前を尋ねた。地元民がムクと答えると、王様はもっとふさわしい名前がよいだろうと、その色合いからウノ(銀魚、은어)と命名した。戦乱が落ち着いて都に戻った王様は、ハタハタの味が忘れられず、もう1度食べたいとわざわざ運ばせた。ところが長距離を移動したハタハタは味が落ちており、それに怒った王様は銀魚という名前を取り上げ、もとのムクに戻せと命じた。韓国語で「もとに」は「トロ(도로)」と発音し、もとのハタハタで「トロムク(도로묵)」。これがなまって現在のトルムクになったとされる。ちなみに現在の韓国語でウノ(은어)はアユのことを指す。
- 『屠門大嚼』(1611年)の記述
- 1611年に許筠(ホギュン、허균)が地方の特産品と料理をまとめた「屠門大嚼(도문대작)」(『惺所覆瓿藁(성소부부고)』第26巻説部5に収録)には、ハタハタ(도루묵)に関する記述があり、「東海で産する。当初の名前は木魚(목어)だったが、高麗時代にこれを好んだ王がいて銀魚と改称したが、食べ過ぎて飽きると、また木魚に戻したことから還木魚(환목어、도로목)と呼ぶ」[1]【原文1】と紹介されている。
- 【原文1】
- 銀魚 産東海 初名木魚 前朝有王好之 改曰銀魚 多食而厭之 又改曰還木
エピソード
- 韓食ペディアの執筆者である八田靖史は2011年12月20日に江原道江陵市の注文津(チュムンジン、주문진)港を訪れ、名物であるトルムクチゲを食べに行った。産地であることから当然のごとく卵入りのメスを期待したが、1人前につき7尾も入っていたハタハタはすべてオスであった。シーズンを過ぎると卵が固くなってしまうため、すでにメスからオスに切り替わったとのことで、その説明を聞いてがっくりと肩を落としたのは言うまでもない。一連の話はメールマガジン「コリアうめーや!!第261号」にて詳細に報告されている[2]。
脚注
- ↑ 惺所覆瓿藁 / 第26巻説部5(屠門大嚼) 、韓国古典総合DB、2025年2月10日閲覧
- ↑ コリアうめーや!!第261号 、韓食生活、2017年12月17日閲覧
外部リンク
- 制作者関連サイト
- 韓食生活(韓食ペディアの執筆者である八田靖史の公式サイト)
- 八田靖史プロフィール(八田靖史のプロフィール)