30,747
回編集
(→食文化の背景) |
|||
9行目: | 9行目: | ||
== 食文化の背景 == | == 食文化の背景 == | ||
− | + | 676年に新羅が半島を統一すると、687年に全国を9つの州に分割して統治を行った。その州のひとつが尚州(沙伐州)である。その当時から中東部の中心地域として栄え、高麗時代(918~1392年)にも地方行政組織である12牧(後に8牧)のひとつに尚州が含まれている。また高麗時代後期から現在に至るまで半島の南東部は慶尚道と呼ばれているが、この名称も慶州(경주)と尚州の頭文字から取られたものである。こうした歴史的な背景を踏まえ、尚州の両班家に伝わった料理書『是議全書』の料理を再現することにも力を入れている。地理的には小白山脈のふもとで栽培される果物類や、洛東江流域で生産される米などが名産として知られ、「大韓民国農業の首都」を掲げている。古くから養蚕も盛んにおこなわれており、名産品である米、干し柿、絹の3つを三白(삼백)と総称して尚州の象徴としている。 | |
== 代表的な料理 == | == 代表的な料理 == |