咸陽郡の料理
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咸陽郡(ハミャングン、함양군)は慶尚南道の北西部に位置する地域。本ページでは咸陽郡の料理、特産品について解説する。
地域概要
咸陽郡は慶尚南道の北西部に位置する地域。郡の北部から東部にかけては慶尚南道の居昌郡、南東部は慶尚南道の山清郡、南西部は全羅北道の南原市、北西部は全羅北道の長水郡と接する。人口は3万6645人で、慶尚南道では宜寧郡、山清郡に次いで3番目に少ない(2024年3月)[1]。
代表的な観光地としては、森林を走るモノレールやジップラインなどのアクティビティを楽しめる大鳳山休養ベリー(대봉산 휴양밸리)、新羅時代に造成された韓国でもっとも古い人工林の上林公園(상림공원)、岩盤に仏像や極楽世界を彫刻した石窟法堂が有名な瑞岩精舎(서암정사)、徳裕山のふもとにあって美しい滝のある龍湫渓谷(용추계곡)などがある。
ソウル市からのアクセスは、ソウル南部ターミナルから居昌市外バスターミナルまで高速バスで約3時間30分、または東ソウル総合ターミナルから約3時間50分。釜山市の釜山西部市外バスターミナル(沙上)からは約2時間、大邱市の西部停留場からは約1時間20分の距離である。
食文化の背景
地域全体が小白山脈の一角を成し、北部に徳裕山(トギュサン、덕유산)、南部に智異山(チリサン、지리산)がそびえる山に囲まれた地域である。郡中央部の渭川(ウィチョン、위천)に沿って市街地が広がり、郡西部では北部から流れる南江(ナムガン、남강)と、南部から流れる臨川江(イムチョンガン、임천강)が合流する。山間部では山菜が豊富にとれるほか、黒豚(흑돼지)や、黒ヤギ(흑염소)の飼育が盛んであり、河川でとれる川魚を利用した郷土料理も多い。郡北西部の安義面(アニミョン、안의면)は牛市場があって栄えたことから、牛肉料理のカルビタン(牛カルビのスープ/갈비탕)や、カルビチム(牛カルビの煮物/갈비찜)が郷土料理として名高い。
咸陽8味(함양8미)
咸陽郡の代表的な料理として、「咸陽8味(함양8미)」が以下のように選定されている[2]。
代表的な料理
カルビタン(牛カルビのスープ/갈비탕)
- カルビタン(갈비탕)は、牛カルビのスープ(「カルビタン(牛カルビのスープ/갈비탕)」の項目も参照)。郡北西部に位置する安義面(アニミョン、안의면)の名物料理であり、地名を冠して安義カルビタン(アニガルビタン、안의갈비탕)、またはそれを略してアンガルタン(안갈탕)とも呼ぶ。ごろごろと大きな牛カルビ(소갈비)がたくさん入っていることや、牛肉本来の旨味を重視して塩気を抑えた淡い味わいを特徴とする。また、近年は輸入肉を用いることの多い料理だが、安義面の専門店では韓牛(한우)にこだわるところが多い。
- 安義面はかつては安義郡(アニグン、안의군)と呼ばれる独立した地域であった。1914年に咸陽郡へと統合されるが、1948年に郡内では初めての定期市場として「安義市場(안의시장)」(現在の安義伝統市場)が開設される[3]など、交通や物流の要衝地として栄えた。安義市場の近隣には牛市場やと畜場があり、そこで仕入れた牛カルビを利用して、1967年頃にヘジャンクッ(酔い覚ましのスープ/해장국)の店を営んでいたキム・マルスン(김말순)氏がカルビタンの提供を始めたところ、人気を得て定着したとされる[4][5]。
- 現在の安義面では中心部の光風路(クァンプンノ、광풍로)を中心にカルビタンや、カルビチム(牛カルビの煮物/갈비찜)の専門店が集まっており、一帯は「安義カルビタン通り(안의갈비탕골목)」と呼ばれる。代表的な専門店としてキム・マルスン氏から嫁のコン・ユンダル(공윤달)氏へと代を継いだ「イェンナル錦湖食堂(옛날금호식당)」をはじめ、「元祖安義カルビタン(원조안의갈비탕)」「元祖安義カルビタン/三一食堂(원조안의갈비탕/삼일식당)」などがある。
- 趙貴千の伝説
- 安義面新安里(アニミョン シナンニ、안의면 신안리)には、朝鮮時代後期に建てられた碑の「趙貴千孝子旌閭(조귀천 효자 정려)」があり、趙貴千(チョ・グィチョン)の孝行譚が伝説として残されている[6]。同碑には父の病気を治すために、指を切断して血をスープに混ぜて飲ませたところ快癒したとの話が刻まれている。建設時期は1855年とあるが、1617年に編纂された『東国新続三綱行実図(동국신속삼강행실도)』に趙貴千のエピソードが記録されている[7]ことから、それ以前の人物であると考えられる。また、これとは別に、両班の身分であった趙貴千が、目が不自由な父の治療に牛の肝臓(간)が1000個必要と知り、裕福な家ではなかったことから自ら白丁(ペクチョン、屠畜業に従事する被差別民、백정)となって、牛の肝臓を日々入手して父に届けたとのエピソードもある。牛の肝臓を食べたことで父の病は回復して目が見えるようになったとされる。安義面の名物であるカルビタンを語る際に、歴史的な話題として取り上げられることが多い。
- 居昌郡副郡守のエピソード
- 安義面のカルビタンは1970~80年代にかけて有名になっていったが、その理由として慶尚南道居昌郡から当時の副郡守が、昼食時になると日々出勤するかのように公用車で安義面までカルビタンを食べに来たとのエピソードがある[8]。これが新聞で批判的な記事として大きく取り上げられ、安義面のカルビタンが広く知られるようになったとされる。
カルビチム(牛カルビの蒸し煮/갈비찜)
- カルビチム(갈비찜)は、牛カルビの蒸し煮(「カルビチム(牛カルビの煮物/갈비찜)」の項目も参照)。下茹でした牛カルビ(소갈비)を、タマネギ、ニンジン、キュウリなどの野菜とともに醤油ダレで蒸し煮にして作る。店によっては粉唐辛子を加えたメウンカルビチム(牛カルビの辛煮、매운갈비찜)を用意するところもある。カルビタン(牛カルビのスープ/갈비탕)と並ぶ、安義面(アニミョン、안의면)の名物料理であり、専門店では両方の料理を提供するところが多い。地名を冠して、安義カルビチム(アニガルビチム、안의갈비찜)とも呼ばれる。
ソゴギクッパプ(牛スープごはん/소고기국밥)
- ソゴギクッパプ(소고기국밥)は、牛スープごはん。ソゴギ(소고기)は牛肉、クッパプ(국밥)はスープごはん(クッパ)を意味する。咸陽邑龍坪里(ハミャンウプ ヨンピョンニ、함양읍 용평리)に位置する老舗店「大成食堂(대성식당)」の看板料理として知られ、牛外バラ肉(양지살)、牛スネ肉(사태)などを煮込んだスープをピリ辛に仕立てて作る。店の開店時期は明確ではないが、2代目店主によると、「朝鮮戦争(1950~53年)の頃には店を開いていた」[9]とのこと。
フッテジグイ(黒豚の焼肉/흑돼지구이)
- フッテジグイ(흑돼지구이)は、黒豚の焼肉。フッテジ(흑돼지)は黒豚、グイ(=クイ、구이)は焼き物を総称する。郡南部の馬川面(マチョンミョン、마천면)ではフッテジの飼育が盛んであり、専門店ではサムギョプサル(豚バラ肉の焼肉/삼겹살)、モクサル(豚の肩ロース焼き/목살)、ハンジョンサル(豚トロの焼肉/항정살)などを味わえる。
- 咸陽黒豚
- 咸陽黒豚(ハミャンフッテジ、함양흑돼지)は、智異山(チリサン、지리산)のふもとで飼育される在来種の黒豚。咸陽郡の共同ブランドに「智異山カムドニ(지리산 감돈이)」があるほか、一部の農場では「カメヨ(까매요)」をブランド名として使用する。咸陽黒豚は、咸陽郡の代表的な料理を総称する「咸陽8味」のひとつにも選定されている。
フギョムソプルコギ(黒ヤギの焼肉/흑염소불고기)
- フギョムソプルコギ(흑염소불고기)は、黒ヤギの焼肉(「フギョムソグイ(黒ヤギの焼肉/흑염소구이)」の項目も参照)。薄切りにした黒ヤギの肉に醤油ダレで味付けをし、鉄板や網などで焼いて味わう。専門店ではフギョムソプルコギのほか、ヨムソタン(ヤギ肉のスープ、염소탕)、ヨムソジョンゴル(ヤギ肉の鍋、염소전골)などの料理を提供する。
オタングクス(川魚のスープ麺/어탕국수)
代表的な特産品
咸陽郡の代表的な特産品として、「咸陽8品(함양8품)」が以下のように選定されている[10]。
- 咸陽8品(함양8품)
代表的な酒類・飲料
マッコリ
代表的なマッコリの銘柄として咸陽合同醸造場(함양합동양조장)の智異山咸陽マッコリ(지리산함양막걸리)、瓶谷醸造場(병곡양조장)の瓶谷マッコリ(병곡막걸리)、馬川醸造場(마천양조장)の智異山馬川コル生マッコリ(지리산 마천골 생막걸리)などがある。
- コッチャムマッコリ(꽃잠막걸리)
- 馬川面義灘里(マチョンミョン ウィタルリ、마천면 의탄리)の智異山イェッスルドガ(지리산 옛술도가)では、国産米と伝統麹を使用した無添加の伝統濁酒「コッチャムマッコリ(꽃잠막걸리)」を生産している。
伝統酒
ソルソンジュ(ソルソン酒/솔송주)
- ソルソンジュ(솔송주)は、もち米に松葉、松の芽を加えて造った醸造酒。ソル(솔)は松の固有語、ソン(송)は松の漢字語、ジュ(주)は酒を意味する。ソンスンジュ(松筍酒、송순주)とも呼び、ソンスン(송순)は松の芽を指す。14世紀頃から池谷面介坪里(チゴンミョン ケピョンニ、지곡면 개평리)に集住する河東鄭氏(하동정씨)の一族に伝わる酒である。現在は朴興善(パク・フンソン、박흥선)氏が技能保有者であり、慶尚南道無形文化財第35号、大韓民国食品名人第27号に指定されている。
飲食店情報
以下は韓食ペディアの執筆者である八田靖史が実際に訪れた店を列挙している。
- イェンナル金湖食堂(옛날금호식당)
- 住所:慶尚南道咸陽郡安義面光風路107(堂本里75)
- 住所:경상남도 함양군 안의면 광풍로 107(당본리 75)
- 電話:055-964-8041
- 料理:カルビタン(牛カルビのスープ)、カルビチム(牛カルビの煮物)
エピソード
韓食ペディアの執筆者である八田靖史は、2024年3月に初めて咸陽郡を訪れた。有名な安義カルビタン(안의갈비탕)を味わうのが目的であったが、専門店を訪れて最初にすすったひと口がほとんど無味のように感じられて驚いた。わざわざ来たことを後悔するほどであったが、少量の塩を加えてみたところ、途端に旨味の輪郭がくっきりと浮かび上がり、途中からは夢中になって味わった。
脚注
- ↑ 주민등록 인구 및 세대현황 、行政安全部ウェブサイト、2024年4月12日閲覧
- ↑ 함양 8경 8품 8미 안내 、咸陽郡ウェブサイト、2024年3月25日閲覧
- ↑ 안의시장 、デジタル咸陽文化大典、2024年3月27日閲覧
- ↑ 지리산에서 키운 청정 한우 집산지 함양 갈비의 다채로운 모습! [한국인의밥상 KBS 20110811 방송] 、YouTube(KBSドキュメンタリーチャンネル)、2024年3月27日閲覧
- ↑ 담백하면서 깊고 진한 ‘안의갈비탕’의 뼈대있는 맛] 、嶺南日報2017年8月11日付記事、2024年3月27日閲覧
- ↑ 조귀천 효자 정려 、デジタル咸陽文化大典、2024年3月28日閲覧
- ↑ 귀천단지(貴千斷指) 、世宗ハングル古典、2024年3月28日閲覧
- ↑ 아! 원조…안의 갈비탕 、慶南道民日報2012年6月5日記事、2024年3月28日閲覧
- ↑ 세대교체 이룬 함양 맛집... 소고기국밥의 숨겨둔 비법 공개 、オーマイニュース2022年11月14日記事、2024年4月10日閲覧
- ↑ 함양 8경 8품 8미 안내 、咸陽郡ウェブサイト、2024年3月25日閲覧
外部リンク
- 関連サイト
- 制作者関連サイト
- 韓食生活(韓食ペディアの執筆者である八田靖史の公式サイト)
- 八田靖史プロフィール(八田靖史のプロフィール)