旌善郡の料理
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旌善郡(チョンソングン、정선군)は江原道に位置する地域。本ページでは旌善郡の料理、特産品について解説する。
地域概要
旌善郡は江原道の東南部に位置し、江陵市、東海市、三陟市、太白市、寧越郡、平昌郡と接する。人口は3万8498人(2017年3月)[1]。郡のほぼ全体を太白山脈が貫く山あいの地域で、郡内の81.8%を山林が占めている[2]。山間部の地形を活かした観光開発が盛んで、廃線を利用した観光用軌道自転車のレールバイクや、渓谷の地形を活かしたレジャースポットのアリヒルズがある。アリヒルズでは、ガラスの床が渓谷に突き出る展望台のスカイウォークや、渓谷を急降下するアトラクションのジップワイヤーを楽しめる。周辺地域の山菜や韓方材が集まる旌善アリラン市場や、炭鉱跡をミュージアムとして再利用した三炭アートマインなども観光客に人気が高い。ソウル(東ソウル総合ターミナル)から旌善市外バスターミナルまでは高速バスで約2時間30分~3時間10分の距離。
- 2018年平昌冬季オリンピック・パラリンピック
- 2018年平昌冬季オリンピック・パラリンピックの一部競技は旌善郡でも開催される。旌善アルペン競技場(정선 알파인 경기장)では、オリンピックのアルペンスキー競技、パラリンピックのアルペンスキー競技とスノーボード競技が行われる。
- 旌善アリラン
- 旌善郡に伝わる伝統民謡。アラリ(아라리)とも呼ぶ。アリランは朝鮮民謡の代表格であり、地方ごとの個性を持つが、旌善アリランは、全羅南道珍島郡の珍島アリラン、慶尚南道陽市の密陽アリランとともに3大アリランと呼ばれる。毎年10月には旌善アリラン祭りが開催される[3]。江原道無形文化財第1号に指定。
食文化の背景
山間部にある旌善では平地が少ないことから稲作に不向きであり、そのかわりとして山菜や、野草の採取、また雑穀の栽培と利用が発達した。旌善郡のウェブサイトでは「環境親化型農林産物生産の適地」であると掲げ、「耕地面積中、標高400m以上の山間高冷地66%」、「昼夜の寒暖差が大きく、高度差による特化作物の生産最適地」、「土地の86%を占める山林賦存資源の多様な活用」といった形で地域性をアピールしている[4]。中でもソバ、モチトウモロコシ、キビなどの雑穀や、ファンギ(キバナオウギ)やツルニンジンといった韓方材、チョウセンヤナギアザミの葉、チョウセンヤマボクチの葉などは郷土料理にも多く利用されている。農林畜産食品部が地域の名産品を認証する地理的表示農産物の第27号にファンギ(キバナオウギ)が[5]、第37号にモチトウモロコシが指定されており[6]、また、山林庁が地域の名産品を認証する地理的表示林産物の第29号にチョウセンヤナギアザミが指定されている[7]。
代表的な料理
旌善郡の郷土料理は特産品に由来するものが多い。コウライアザミの葉を使った炊き込みごはんのコンドゥレバプや、そば麺のコットゥンチギグクス、トウモロコシ麺のオルチェンイグクスなどが代表的であり、いずれも旌善を代表する観光地である旌善アリラン市場の名物として観光客に親しまれている。
コンドゥレバプ(アザミの葉ごはん/곤드레밥)
- コンドゥレバプはアザミの葉ごはん。コンドゥレ(곤드레)がアザミ(チョウセンヤナギアザミ)、バプ(밥)はごはん。コンドゥレの葉を入れて炊き込んだごはんを指す。5~8月頃が採取の時期であり、この時期は生の葉を入れて炊き込むこともあるが、それ以外の時期は乾燥させた葉を水で戻して用いる。炊き上がりの青々とした鮮烈な香りが何よりの持ち味であり、飲食店では1人前ずつ釜で炊くことも多い。また、これに副菜や汁物を用意して定食形式で提供する。薬味醤油や、少量の味噌を用意してごはんと一緒に食べてもよい。また、コンドゥレの葉はナムル(나물)や、チャンアチ(漬物、장아찌)にして食べることも多い。
コットゥンチギグクス(そば麺/콧등치기국수)
- コットゥンチギグクスはそば麺。コットゥンチギ(콧등치기)は鼻を打つという意味で、コシの強い麺を勢いよくすすった際に、ピンとはねて鼻に当たったことが語源となっている。ククス(국수)は麺の意。そば粉にでんぷんを加えて作った麺は、うどんぐらいの太麺であり、表面はつるんとしてコシがある。スープは煮干しや昆布でダシをとり、薄い味噌で味付けをしたもの。店によって刻んだキムチや、刻みネギ、すりゴマ、刻み海苔などが薬味として入る。冬場は温かいスープで、夏場は冷たいスープで味わう。韓食ペディアの執筆者である八田靖史は、コットゥンチギグクスの語源を聞いて、何度となく麺で鼻を打とうと試してみたが、汁が顔にはねることはあっても、麺で鼻を打つことにはいまだ成功していない。
オルチェンイグクス(トウモロコシ麺/올챙이국수)
- オルチェンイグクスは旌善の特産品であるトウモロコシのでんぷんで作った麺料理(「オルチェンイグクス(トウモロコシ麺/올챙이국수)」の項目も参照)。オルチェンイは(올챙이)はオタマジャクシを意味し、短く作った麺の見た目に由来する。グクス(국수)は麺の意。麺の形状をオタマジャクシに見立てた料理名であり、実際に食材としてオタマジャクシが使われる訳ではない。トウモロコシのでんぷんに水を加えてゆるめの生地を作り、これを煮た後、小さな穴の開いた容器から冷水に流して麺を作る。できあがった麺は柔らかいため、ぷつぷつと切れてオタマジャクシ状になる。これを煮干しダシのスープに入れ、刻んだキムチや、刻みネギ、すりゴマ、刻み海苔などを薬味として加える。韓食ペディアの執筆者である八田靖史の個人的な体験によれば、料理そのものを味わうよりも、料理の詳細を知らない人に対して「オタマジャクシを食べよう」と誘い、驚かせる、気味悪がらせる、青ざめた表情を見ることに格別の味があると思われる。
スリチィトク(チョウセンヤマボクチ餅/수리취떡)
- スリチィトクはチョウセンヤマボクチの葉を混ぜ込んだ餅。スリチィ(수리취)がチョウセンヤマボクチ。トク(떡)が餅を表す。蒸したうるち米にゆがいたチョウセンヤマボクチの葉を混ぜ、練って餅に仕立てた後、表面にゴマ油を塗って仕上げる。ひと口大に切って販売するほか、円形に仕立てて車輪型の模様をつけることもある。また、中にあんこを入れたものも販売されている。古くより端午(旧暦5月5日)に食べる餅として親しまれてきた。
代表的な特産品
山間地で水田を作りにくいことから、古くからソバ、モチトウモロコシ、キビなどの雑穀栽培が盛んであった。韓方材のファンギ(黄耆)や、オガピ(五加皮)、ツルニンジンの名産地としても知られる。
ファンギ(キバナオウギ/황기)
- ファンギは漢字で「黄耆」と書いてキバナオウギの根茎のこと。韓国では料理にもよく使用される韓方の一種である。主な効能としては強壮、止汗、疲労回復、利尿作用などがあげられる。旌善郡はファンギの主産地であり、2013年の統計によれば生産量は江原道が全国の32.3%を占めてもっとも多く、旌善郡はその中の44%を占める(全国の14.2%に相当)[8][9]。また、旌善アリラン市場の関係者によれば、「旌善は水はけのよい石灰質の土壌がファンギの栽培に適しており、根が痛みにくいことから、より薬効に優れるとされる長期間の栽培が可能」と品質のよさを説明する(八田靖史の取材記録より、2017年3月17日)。ファンギは1年根から市場に出回るが、旌善アリラン市場では2、3年根や、長いものでは10年根といったものも販売されている。旌善ファンギは農林畜産食品部が地域の名産品を認証する地理的表示農産物の第27号に指定される。
- ファンギの利用
- ファンギは鶏肉と相性がよく、サムゲタン(ひな鶏のスープ/삼계탕)や、タッペクスク(丸鶏の水煮/닭백숙)といった料理に加えて一緒に煮込むことが多い。また、旌善ではファンギを煎じた汁を郷土料理に加えることで名物としている。ファンギ入りのタッカルビ(鶏肉の鉄板焼き/닭갈비)、チョッパル(豚足の煮物/족발)、マッククス(冷やしそば/막국수)といった料理が代表的である。いずれもファンギそのものは食用とせず、ファンギから出たエキスを珍重するものである。
代表的な酒類・飲料
旌善郡のマッコリ
- 余糧面の余糧醸造場(여량양조장)では、トウモロコシを用いた旌善アウラジオクススマッコリ(정선 아우라지 옥수수 막걸리)を生産し、また舍北邑のムネル酒造(무낼주조)では、主要銘柄である旌善水出洞米マッコリ(정선 수출동 쌀막걸리)に加えて、旌善アリラン市場で販売する目的で開発されたキバナオウギ入りの旌善五日場ファンギマッコリを生産する。
- 北坪面の麹醇堂旌善名酒(국순당 정선명주)では旌善の特産品であるチョウセンヤナギアザミを用いた生マッコリコンドゥレ(생막걸리 곤드레)と、キバナオウギを用いた生マッコリマンドゥレ(생막걸리 만드레)を生産している。生マッコリコンドゥレには旌善産のジャガイモが原料に加えられており、生マッコリマンドゥレには旌善産ジャガイモと、旌善産トウモロコシが使われている。なお、銘柄名のコンドゥレはチョウセンヤナギアザミにちなんだものでるが、コンドゥレマンドゥレ(곤드레만드레)でべろべろに酔うという表現があり、生マッコリマンドゥレと対になっている。
- このほかミンドゥン山醸造場のミンドゥン山生マッコリ(민둥산 생막걸리)や、咸白醸造場のアラリ濁酒(아라리탁주)といった銘柄がある。
旌善郡の伝統酒
- 名作五加子
- 北坪面の麹醇堂旌善名酒(국순당 정선명주)は農業会社法人として2006年に設立された醸造場である。麹醇堂(국순당)は韓国でも有名な伝統酒メーカーであり、名作(명작)シリーズのひとつで、五加子(ウコギの実、오가자)を用いた名作五加子(명작오가자)を生産している。
飲食店情報
以下は韓食ペディアの執筆者である八田靖史が実際に訪れた店を列挙している。
- ミンドゥンサンスリチィトク(민둥산수리취떡)
- 住所:江原道旌善郡旌善邑五日場キル42-7(鳳陽里350-3)
- 住所:강원도 정선군 정선읍 5일장길 42-7(봉양리 350-3)
- 電話:033-563-0563
- 料理:スリチィトク
- 旌善ファンギマッククス(정선황기막국수)
- 住所:江原道旌善郡旌善邑五日場キル31-9(鳳陽里344-4)
- 住所:강원도 정선군 정선읍 5일장길 31-9(봉양리 344-4)
- 電話:033-563-0563
- 料理:ファンギマッククス、コンドゥレバプ
- チェイルマッチプ(제일맛집)
- 住所:江原道旌善郡旌善邑五日場キル31-8(鳳陽里344-4)
- 住所:강원도 정선군 정선읍 5일장길 31-8(봉양리 344-4)
- 電話:033-563-0201
- 料理:ファンギタッカルビ(要予約)
- フェドンチプ(회동집)
- 住所:江原道旌善郡旌善邑五日場キル31-13(鳳陽里344-4)
- 住所:강원도 정선군 정선읍 5일장길 33-13(봉양리 344-4)
- 電話:033-562-2634
- 料理:コットゥンチギグクス、オルチェンイグクス
エピソード
- 韓食ペディアの執筆者である八田靖史は2012年8月26日に初めて旌善郡を訪れた。その日は東海岸の東海市にいて、横城郡に行くつもりだったが、バスを調べると直行便がなかったため気が変わって旌善郡に向かった。意図せぬ思い付きではあったが、旌善アリラン市場が思いのほか楽しく、3時間ほどの滞在だったが存分に満喫した。
脚注
- ↑ 주민등록 인구통계 、行政自治部ウェブサイト、2017年3月27日閲覧
- ↑ 2020 산림기본통계(개정판)/행정구역별 산림면적・임목축적 、山林庁 山林林業統計プラットホーム、2023年6月3日閲覧
- ↑ 정선아리랑제 、旌善アリラン祭りウェブサイト、2017年3月28日閲覧
- ↑ 지역환경 、旌善郡ウェブサイト、2017年3月29日閲覧
- ↑ 정선곤드레 、韓国地理的表示特産品連合会ウェブサイト、2023年8月31日閲覧
- ↑ 정선찰옥수수 、韓国地理的表示特産品連合会ウェブサイト、2023年8月31日閲覧
- ↑ 정선곤드레 、韓国地理的表示特産品連合会ウェブサイト、2023年8月31日閲覧
- ↑ 특용작물생산실적 : 특용작물생산현황 、国家統計ポータル、2017年4月4日閲覧
- ↑ 강원도정선군기본통계 : 특용작물 생산량 、国家統計ポータル、2017年4月4日閲覧
外部リンク
- 関連サイト
- 制作者関連サイト
- 韓食生活(韓食ペディアの執筆者である八田靖史の公式サイト)
- 八田靖史プロフィール(八田靖史のプロフィール)