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2023年3月19日 (日) 22:55時点における版
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英陽郡(ヨンヤングン、영양군)は慶尚北道の北東部に位置する地域。本ページでは英陽郡の料理、特産品について解説する。
地域概要
英陽郡は慶尚北道の北東部に位置する地域。郡の北東部は慶尚北道の蔚珍郡、南東部は慶尚北道の盈徳郡、南部は慶尚北道の青松郡、西部は慶尚北道の安東市、北西部は慶尚北道の奉化郡と接する。人口は1万7461人(2018年7月)で、この人口は島嶼地区である慶尚北道鬱陵郡に次いで韓国の全市郡で2番目に少ない。[1]。郡の東部を太白山脈が南北に貫いており、標高1219mの日月山(イルォルサン、일월산)をはじめとした山岳地域である。郡内には朝鮮時代中期から続く同族村(集姓村)が点在し、載寧李氏の一族が住むトゥドゥル村(トゥドゥルマウル、두들마을)や、漢陽趙氏のチュシル村(チュシルマウル、주실마을)、楽安呉氏の甘川村(カムチョンマウル、감촌마을)には貴重な伝統家屋が残る。ほか観光地としては前述の日月山や水下渓谷(スハゲゴク、수하계곡)、ホタルの生息地として特区に指定されたホタル生態体験村(반딧불이생태체험마을)などがある。ソウル市から英陽郡までは、東ソウル総合バスターミナルから英陽バス停留所まで高速バスで約4時間30分の距離。
- BYC
- 慶尚北道の奉化郡(Bonghwa-gun)、英陽郡(Yeongyang-gun)、青松郡(Cheongsong-gun)の頭文字を取って「BYC」と総称することがある。隣接する3地域を韓国の有名な下着メーカーにちなんでまとめた語呂合わせだが、韓国を代表する「奥地」のまとめとして揶揄を含むことが多い。
食文化の背景
英陽郡には朝鮮時代から続く同族村が数多く残り、昔ながらの文化を現在も継承している。中でも象徴的なのがトゥドゥル村における『飲食知味方』の発見であり、これは載寧李氏の家系に伝えられた料理書である。英陽市ではこの料理を再現し、実際に味を見ることのできる体験プログラムを観光の目玉にしている。また、この地域の主な産業は農業であり、全国的に名産地として有名な唐辛子をはじめ、高冷地野菜や、リンゴ、ナシ、モモ、ブドウ、スイカといった果物類、シイタケ、ツルニンジンなどを特産品とする。
代表的な料理
トゥドゥル村に伝わる料理書『飲食知味方』の再現料理が有名。また、日月山やメンドン山一帯では山菜がとれ、それを利用したピビムパプ(ビビンバ/비빔밥)や山菜定食が名物として知られる。
ウムシクティミバン(飲食知味方/음식디미방)
- 『飲食知味方』は1670年頃に書かれた料理書。載寧李氏の一族が住むトゥドゥル村に伝わるもので、1640年にこの村を開いた李時明(イ・シミョン、이시명)の妻、張桂香(チャン・ゲヒャン、장계향)が子孫のために台所仕事の要点を書き残したものである。本書には当時の両班家庭で作られていた料理のレシピが詳細に紹介されているほか、酒類の醸造法や、食品の保管方法についても記されている。その項目は実に146種類にも及び、当時の食文化を知るうえでたいへん貴重な資料である。『飲食知味方』より以前にも料理のレシピを記した文献はあるが、それらはすべて漢文であり、ハングルで記された料理書としてはもっとも古い。
- 体験プログラム
- 英陽郡では『飲食知味方』の料理を復元し、実際に味わえるように体験プログラムを組んでいる。トゥドゥル村内に設けられた「飲食知味方体験館」で提供しており、飲食知味方保存会の会員らが調理を担当する。なお、体験プログラムに参加するには最低3日前までの事前予約が必要であり、また最低でも10人以上集まるのが条件となる(自分たち以外の予約客も含めて10人以上揃えばよい)。
飲食知味方の特徴
- 飲食知味方の題名
- トゥドゥル村で保管された文書の表紙には、『閨壼是議方(キュゴンシウィバン、규곤시의방)』という題名がつけられている。これは「女性の心得」を意味する言葉であるが、当初からのものでなく子孫によって後日付け加えられたものと見られる。一般的には本文の冒頭に書かれた『飲食知味方』が本書の題名として用いられ、これは「料理の味を知る方法」を意味する。なお、現在の表記法では「음식지미방」となるが、本書には「음식디미방」と記されており、現在の呼び名もそれに則るのが通例である。
- 唐辛子の伝来と普及
- 『飲食知味方』の大きな特徴のひとつに唐辛子が一切使われていないことがあげられる。中米を原産とする唐辛子は16世紀後半から17世紀初頭にかけて日本を経由して朝鮮半島に伝わったとされ、もっとも古い記録は1614年に書かれた『芝峰類説지봉유설)』に見られる。『飲食知味方』の執筆年代よりも50年以上もさかのぼるが、まったく触れられていないことから考えると、少なくとも英陽郡の周辺ではまだ一般的な食材でなかったとみられる。『飲食知味方』のレシピは唐辛子普及以前の韓国料理を知るうえでたいへん貴重である。なお、唐辛子が料理のレシピに登場するのは、1766年に書かれた『増補山林経済(증보산림경제)』が初めてであり、この時期には普及が進んでいたと考えられる。
- 現代韓国料理との差異
- 『飲食知味方』に収録された料理は現代でも共通するものが多い。ただし、料理のレシピを見るとだいぶ異なるものも多く、例えば現代のピンデトク(緑豆のお焼き/빈대떡)は緑豆モヤシや白菜キムチ、豚肉などを具として作るが、『飲食知味方』のレシピでは蜂蜜を加えたアズキあんを入れる。
- マッチル方文
- 『飲食知味方』に掲載されているいくつかのレシピには「マッチル方文(맛질방문)」との付記がある。この場合のマッチルとは地名であり、その地域の料理法を紹介するという意味である。マッチルは近隣都市の醴泉郡や奉化郡を指すとの説が有力だが、はっきりとしたことはわかっていない。マッチル方文として紹介された料理には、スジュンゲ(鶏肉のあんかけ、수증계)、スンオマンドゥ(ボラ餃子、숭어만두)、ソンニュタン(ザクロのスープ、석류탕)など16酒類がある。
- 酒造法
- 『飲食知味方』に掲載される146項目のうち、51項目が酒造法である。当時は酒造りというと家庭の主婦が日常の家事として行うもので、こうして造る酒を家醸酒(カヤンジュ、가양주)と呼ぶ。両班家庭では祖先の祭祀を行ったり、客を迎えたりすることが多く、酒造りはたいへん重要な家事のひとつであった。『飲食知味方』には今日伝統酒として知られる三亥酒(サメジュ、삼해주)、梨花酒(イファジュ、이화주)、甘香酒(カミャンジュ、감향주)といった名前が並ぶ。現在の韓国でトンドンジュ(동동주)と呼ばれている米粒を浮かせた酒も、浮蟻酒(プウィジュ、부의주)という名前で掲載されている。
代表的な掲載料理
- スジュンゲ(鶏肉のあんかけ、수증계)
- カジェユク(豚肉の衣焼き、가제육)
- オマンドゥ(宮中式の魚餃子/어만두)
- テグコプチルヌルミ(タラ皮餃子のあんかけ、대구껍질 느르미)
- トンアヌルミ(トウガンのあんかけ、동아느르미)
- トトリジュク(ドングリ粥、도토리죽)
サンチェピビムパプ(山菜ビビンバ/산채비빔밥)
- 日出山、メンドン山一帯は山菜の名産地であり、ハナウド(어수리)、オタカラコウ(곰취)、ミツバ(참나물)、シラヤマギク(취나물)などが主にとれる。これらの山菜を具としたピビムパプ(ビビンバ/비빔밥)や、山菜定食が地域の名物料理として知られる。毎年5月には英陽山菜祭り(영양산나물축제)が開催される。
代表的な特産品
山間地域であり農業が盛んだが、中でも唐辛子は名産品として有名である。
唐辛子(고추)
- 英陽で生産される唐辛子をヨンヤンコチュ(英陽唐辛子、영양고추)と呼ぶ。高冷地で栽培される英陽産の唐辛子は全国的にも評価が高く、農林畜産食品部が地域の名産品を認証する地理的表示農産物の第5号として英陽唐辛子粉(영양고춧가루)が登録されている[2]。地域でも主力の農産物として生産されており、英陽郡によれば農家の総所得全体のうち、52%が唐辛子による所得であるとしている[3]。毎年9月には「英陽唐辛子H.O.Tフェスティバル」が開催される。
- 首比椒(スビチョ)
- 1960年代に郡内の首比(スビ、수비)地区で多く生産されるようになった唐辛子の一品種。1960年頃にその優秀性が見いだされ、1965年以降、同地区を中心として生産が拡大していった[4]。1980年代以降は他の品種に押されて生産が減少したが、2000年代に入ってその価値が見直され、再び生産が復活している[5]。
青陽唐辛子(청양고추)
- 韓国で流通する唐辛子のうち猛烈な辛さを特徴とする品種に青陽唐辛子(チョンヤンコチュ、청양고추)がある。この青陽唐辛子の青陽は命名の由来に論争があり、慶尚北道の青松郡と英陽郡からひと文字ずつ取ったとの説と、忠清南道の青陽郡を指すとの説に分かれる。
- 青松郡・英陽郡発祥説
- 青陽唐辛子の開発者として知られる旧・中央種苗株式会社のユ・イルン氏は経済誌のインタビューで以下のように答えている。
- 「青陽唐辛子の産地を忠清南道の青陽と思っている人が多いが、実際は済州産とタイ産を雑種交配した品種を慶尚北道の青松・英陽で臨床栽培し、成功したことから現地の農家の要請で青松の『青』、英陽の『陽』を取って商標権登録したことに由来する」(原文1)[6]
- 【原文1】「청양고추의 산지를 충남 청양으로 아는 사람이 많은데 사실은 제주산과 태국산을 잡종교배한 품종을 경북 청송·영양에서 임상재배해 성공하자 현지 농가의 요청으로 청송의 청(靑), 영양의 양(陽)자를 따서 상표권 등록한 데서 유래됐다.」
- 青陽郡発祥説
- 青陽郡の運営するウェブサイト「名品青陽唐辛子(명풍청양고추)」では、青陽唐辛子の由来について以下のように説明している。
- 「1968年、中央種苗会社で『青陽の唐辛子がよい』という噂を聞いて、農村指導所の職員(キム・テグォン前所長)に品種選抜を依頼し、その中から30余種を選抜して受け取った」「種苗会社で品種を選抜していくとき、青陽地域の特性を説明し、この唐辛子がよい種子として選抜されたら青陽唐辛子と命名して欲しいと要求した」(中略)「種苗会社は快く約束をし、その後『青陽唐辛子』という名前の品種が誕生し、見た目も辛さも全国最高であった」(原文2)[7]
- 【原文2】「1968년 중앙종묘회사에서 “청양고추가 좋다”는 소문을 듣고 농촌지도소 직원(전 김태권소장)에게 품종선발을 의뢰하여 그 중 30여종을 선별하여 주었다.」「종묘회사에서 품종을 선발해 갈 때 청양지역의 특성을 설명하고 이 고추가 좋은 종자로 선발되면 청양고추로 이름 지어줄 것을 요구했다.」(중략)「종묘회사는 쾌히 약속을 했고 그 후 ‘청양고추’ 라는 이름의 품종이 생겨났으며, 겉모양과 매운맛이 전국 최고였다.」
代表的な酒類・飲料
英陽郡のマッコリ
- 英陽生マッコリ(영양생막걸리)を製造する「英陽濁酒合同(영양탁주합동)」は、1926年創業と慶尚北道のマッコリ醸造場としてはもっとも古く、その建物は慶尚北道産業遺産にも指定されている。
椒花酒(초화주)
- 青杞里(チョンギリ、청기리)地区にある醸造場「英陽長生酒(영양장생주)」で生産される伝統酒。センキュウ(천궁)、当帰(당귀)、黄耆(황기)など12種類の生薬を加えた漢方焼酎で、胡椒と蜂蜜が入ることから椒花酒と名付けられた。
飲食店情報
以下は韓食ペディアの執筆者である八田靖史が実際に訪れた店を列挙している。
- 飲食知味方体験館(음식디미방 체험관)
- 住所:慶尚北道英陽郡石保面トゥドゥルマウルキル66(院里303)
- 住所:경상북도 영양군 석보면 두들마을길 66(원리 303)
- 電話:054-682-7764
- 料理:飲食知味方料理
エピソード
- 韓食ペディアの執筆者である八田靖史は2015年10月に初めて英陽郡を訪れた。大学時代に卒業論文の重要な資料として『飲食知味方』を読んでいたため、ゆかりの地であるトゥドゥル村を訪ねられたのはたいへん感動的であった。
- BYC
- 慶尚北道の奉化郡(Bonghwa-gun)、英陽郡(Yeongyang-gun)、青松郡(Cheongsong-gun)の頭文字を取って「BYC」と総称することがある。隣接する3地域を韓国の有名な下着メーカーにちなんでまとめた語呂合わせだが、韓国を代表する「奥地」のまとめとして揶揄を含むことが多い。韓食ペディアの執筆者である八田靖史は、その「奥地」度を認めたうえで、それでも「わざわざ目掛けて行くべき美味しい3地域」と勝手な再定義を提唱している[8]。
脚注
- ↑ 주민등록 인구통계 、行政安全部ウェブサイト、2018年8月14日閲覧
- ↑ 영양고추 、国立農産物品質管理院ウェブサイト、2016年4月27日閲覧
- ↑ 영양고추 、英陽郡ウェブサイト、2016年4月27日閲覧
- ↑ 영양고추의 유래 、英陽唐辛子広報展示館ウェブサイト、2016年4月27日閲覧
- ↑ 순수 우리 고추 영양 '수비초'복원 성공 、Oh My News2002年1月16日記事、2016年4月27日閲覧
- ↑ [fn 이사람고추품종개발 권위자 유일웅 홍초원 고추연구소 소장] 、파이낸셜 뉴스、2016年5月9日閲覧
- ↑ 매운청양고추의 유래 、名品青陽唐辛子ウェブサイト、2016年4月27日閲覧
- ↑ 八田靖史, 2022, 『ラジオ まいにちハングル講座 2022年9月号(韓国おいしい町めぐり)』, NHK出版, P96
外部リンク
- 関連サイト
- 制作者関連サイト
- 韓食生活(韓食ペディアの執筆者である八田靖史の公式サイト)
- 八田靖史プロフィール(八田靖史のプロフィール)
- 韓国語食の大辞典アプリ版(八田靖史制作の韓国料理専門辞典)