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| − | プル([[불]])は火、コギ([[고기]] | + | プル([[불]])は火、コギ([[고기]])は肉を表す。実際の発音は'''プルゴギ'''がより近い。広義には焼肉全体を指すが、単にプルコギと呼んだ場合は、薄切りの牛肉に味付けをして焼いたものを指すことが多い。醤油、砂糖、清酒、ゴマ油、刻みネギ、みじん切りニンニクなどを混ぜ合わせた薬味ダレで下味をつけ、タマネギ、春菊、タンミョン(春雨、[[당면]])などとともに網や鉄板などで焼いて食べる。少量の煮汁で煮るように炒めることもある。ナシやリンゴなどの果物の果汁を下味に用いる場合もあり、全体的に甘い味付けになっている。韓国には専門店があり、焼肉店のメニューにも並ぶほか、家庭料理としても作られる。[[トゥッペギプルコギ(1人前の土鍋プルコギ/뚝배기불고기)]]の場合は、定食店、フードコートなどでもメニューに並ぶ。 |
| − | + | === プルコギとノビアニ === | |
| + | [[ファイル:23010248.JPG|300px|thumb|ノビアニ]] | ||
| + | :プルコギと[[ノビアニ(宮中式の焼肉/너비아니)]]はいずれも牛焼肉を意味する。[[ノビアニ(宮中式の焼肉/너비아니)|ノビアニ]]は19世紀末に書かれた料理書『是議全書([[시의전서]])』(現著者不詳)など朝鮮時代の文献にも見られ、宮中料理としても作られた。これに対し、プルコギの名称は1922年に小説家の玄鎭健(憑虛生のペンネームで掲載)が、雑誌『開闢(第22号)』に書いた小説「堕落者」が初出とされる<ref>[https://db.history.go.kr/modern/level.do?levelId=ma_013_0220_0200 小說 墮落者 (前號續)] 、韓国史データベース、2026年1月6日閲覧</ref>。 | ||
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| + | :1958年に方信栄(パン・シニョン、방신영)が書いた料理書『高等料理実習([[고등요리학습]])』には、[[ノビアニ(宮中式の焼肉/너비아니)|ノビアニ]]の調理法が掲載されており、レシピに「参考」として付記する形で「標準語では[[ノビアニ(宮中式の焼肉/너비아니)|ノビアニ]]と言うか、またはコギグイ(焼肉、[[고기구이]])と言う。俗称ではプルコギと言うが、品のない呼び方だ」(丸ガッコ内は訳注)<ref>[https://nl.go.kr/NL/contents/search.do?#viewKey=CNTS-00129747319&viewType=C 方信栄著『高等料理実習』, 奨忠図書出版社, 1958(P84)(コマ番号102/182)] 、韓国国立中央図書館、2026年1月6日閲覧</ref>と述べられている。近代の焼肉料理について詳細な文献調査を行ったイ・ギュジン(이규진)の研究によれば、料理書にプルコギの名称が登場するのは『高等料理実習』が初めてである<ref>[https://www.riss.kr/link?id=T12115091 이규진, "근대 이후 100년간 한국 육류구이 문화의 변화", 이화여자대학교 대학원, 2010(P27)] 、韓国国立中央図書館、2026年1月10日閲覧</ref>。プルコギが料理名として単独で料理書に載るのは1972年刊行の『生活料理:東洋料理(생활요리:동양요리)』(韓晶恵著、集賢閣)まで待たねばならない。その理由についてイ・ギュジンは、「『プルコギ』という名称が[[ノビアニ(宮中式の焼肉/너비아니)|ノビアニ]]の『俗称』かつ『品のない呼び方』と考えられていた」ため、「学者や料理研究家が料理書に書く際、プルコギではなく[[ノビアニ(宮中式の焼肉/너비아니)|ノビアニ]]を採用してきた」と指摘し、「プルコギが完全に大衆化した1972年になって初めて独立した名称で料理書に登場したと考えられる」と述べている<ref>[https://www.riss.kr/link?id=T12115091 이규진, "근대 이후 100년간 한국 육류구이 문화의 변화", 이화여자대학교 대학원, 2010(P33)] 、韓国国立中央図書館、2026年1月10日閲覧</ref>。 | ||
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| + | :プルコギは[[ノビアニ(宮中式の焼肉/너비아니)|ノビアニ]]の大衆的な呼び名として普及するとともに、1960年代以降はユクス(ダシ汁、[[육수]])と絡めながら炒め煮るユクスプルコギ([[육수불고기]])の登場など独自の進化を遂げる。現在では[[ノビアニ(宮中式の焼肉/너비아니)|ノビアニ]]がプルコギのルーツとして、薄切りの牛肉を網や鉄板で焼いた料理を指すのに対し、プルコギは野菜やキノコなどの具を足したり、炒め煮にしたり、牛肉に代えて鶏肉、豚肉、魚介を用いるものなど、より幅広い意味合いで用いられる。 | ||
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| + | [[ファイル:24121804.JPG|thumb|300px|オニャンプルコギ]] | ||
| + | 専門店のプルコギは、中央の盛り上がった鉄板でユクス(ダシ汁、[[육수]])と絡めながら焼くユクスプルコギ([[육수불고기]])と、網焼きにした[[ソクセプルコギ(牛肉の網焼き/석쇠불고기)]]に大別される。前者は[[ソウル市の料理|ソウル市]]で普及したことから[[ソウル市の料理#ソウルプルコギ(ソウル式の牛焼肉/서울불고기)|ソウルプルコギ(ソウル式の牛焼肉/서울불고기)]]とも呼び、後者は[[蔚山市の料理|蔚山市]][[蔚州郡の料理|蔚州郡]]の[[蔚山市の料理#オニャンプルコギ(彦陽式の牛焼肉/언양불고기)|オニャンプルコギ(彦陽式の牛焼肉/언양불고기)]]や、[[全羅南道の料理|全羅南道]][[光陽市の料理|光陽市]]の[[光陽市の料理#クァンヤンプルコギ(光陽式の牛焼肉/광양불고기)|クァンヤンプルコギ(光陽式の牛焼肉/광양불고기)]]が代表的である。 | ||
*韓国3大プルコギ | *韓国3大プルコギ | ||
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| − | :[[ソウル市の料理| | + | === ソウルプルコギ(ソウル式の牛焼肉/서울불고기) === |
| + | :ソウルプルコギ([[서울불고기]])は、[[ソウル市の料理|ソウル]]式の牛焼肉。中央の盛り上がった鉄板でユクス(ダシ汁、[[육수]])と絡めながら焼くのが特徴で、ユクスプルコギ([[육수불고기]])とも呼ばれる。 | ||
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| + | === オニャンプルコギ(彦陽式の牛焼肉/언양불고기) === | ||
| + | :オニャンプルコギ([[언양불고기]])は、[[蔚山市の料理|蔚山市]][[蔚州郡の料理|蔚州郡]]彦陽邑(オニャンウプ、언양읍)式の牛焼肉。薄切りの牛肉に醤油、ゴマ油、砂糖などで下味をつけ、両面焼き用の網で挟み、炭火の上で何度もひっくり返しながら焼く。いわゆる、[[ソクセプルコギ(牛肉の網焼き/석쇠불고기)]]の一種である。彦陽邑は古くからセリの名産地であり、サンチュなどの葉野菜に包む際、一緒に加えてシャキシャキとした瑞々しさを楽しむ。彦陽市外バスターミナルの近くに焼肉店が集まっている。 | ||
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| + | *歴史 | ||
| + | :彦陽邑では日本統治時代に牛市場が開かれて賑わい、周辺地域で飼育された牛の集散地となった。1915年の朝鮮総督府調査によれば、当時の蔚山郡では1万4976頭の牛を飼育しており、近隣の[[釜山市の料理|釜山市]]や、[[慶尚南道の料理|慶尚南道]][[金海市の料理|金海市]]、[[密陽市の料理|密陽市]]と比べてもはるかに多い<ref>[https://dl.ndl.go.jp/pid/1484602/1/47 朝鮮総督府, 1916, 『朝鮮彙報 (16)』(大正5年6月1日号), 朝鮮総督府, P79] 、国立国会図書館デジタルコレクション(コマ番号47/171)、2026年4月6日閲覧</ref>。1921年の調査でも、畜牛数、生産数ともに[[慶尚南道の料理|慶尚南道]]でもっとも多い<ref>[https://dl.ndl.go.jp/pid/1484602/1/47 朝鮮総督府慶尚南道 編纂, 1922, 『道勢一班』(大正5年6月1日号), 慶尚南道, P100-101] 、国立国会図書館デジタルコレクション(コマ番号69/124)、2026年4月6日閲覧</ref>。こうした背景から彦陽邑では牛肉料理が発達したと考えられている。 | ||
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| + | :当初は家庭料理として普及したが、1960年代に入って飲食店でも扱うようになった。1960年代後半に、京釜高速道路の敷設工事を行った際、全国から集まった労働者らが牛肉料理を好んで食べたのがきっかけと語られることが多い。2001年に彦陽邑が編纂した『彦陽邑誌(언양읍지)』によれば、1969年に沈参萬(シム・サムマン、심삼만)が開いた店が元祖であり、「練炭の火で、塩を振った豚肉や牛肉を網焼きにした」ともあって現在のオニャンプルコギと共通する<ref>[https://nl.go.kr/NL/contents/search.do?#viewKey=CNTS-00055358419&viewType=C 彦陽邑誌発刊推進委員会, 2001, 『彦陽邑誌』, 彦陽邑誌発刊推進委員会, P639(コマ番号640/1066)] 、韓国国立中央図書館、2026年4月6日閲覧</ref>。屋号は「釜山食肉店(부산식육점)」で、現在も焼肉店が多く集まる南部里(ナムブリ、남부리)153-2にあった<ref>김선주, 2018, 『울산의 음식 그 맛과 추억을 찾아서』, 울산발전연구원 울산학연구센터, P32</ref>。 | ||
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| + | === クァンヤンプルコギ(光陽式の牛焼肉/광양불고기) === | ||
| + | [[ファイル:23041213.JPG|300px|thumb|クァンヤンプルコギ]] | ||
| + | :クァンヤンプルコギ([[광양불고기]])は、[[全羅南道の料理|全羅南道]][[光陽市の料理|光陽市]]式の牛焼肉。薄切りにした牛肉を、漬け置くことなく提供直前に醤油、塩、砂糖、ゴマ油、ニンニクなどで味付けをし、熱伝導率のよい銅製の網を用いて炭火で焼く。近隣の白雲山(ペグンサン、백은산)は炭の名産地である。炭火の香りをまとわせるのがよいとされ、店によっては肉を広げずにうず高く載せ、肉の隙間に煙がこもるように焼く。市南西部の光陽邑七星里(クァンヤンウプ チルソンニ、광양읍 칠성리)に専門店が集まっており、一帯を「光陽プルコギ特化通り(광양불고기 특화거리)」と呼ぶ。毎年秋には「光陽伝統炭火焼き祭り(광양전통숯불구이축제)」が開催される。 | ||
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| + | *天下一味 馬老火炙 | ||
| + | :朝鮮時代にあるソンビ(儒学者、[[선비]])が流刑に処されて光陽に来た。地域の子どもたちに学問を教えたところ、感謝をした親がソンビにプルコギをご馳走した。これがたいへん美味しかったため、ソンビは罪を許されて中央に戻ったあとも折に触れて思い出した。のちにその見事な味を「天下一味 馬老火炙(천하일미 마로화적)」と評して伝えた。馬老は光陽の旧称であり、光陽の火炙(プルコギ)は天下一の味を意味する。それが現代にまで伝わって、クァンヤンプルコギを称える決まり文句として広まっている。 | ||
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| + | *歴史 | ||
| + | :上記の伝承を史実とするならば、朝鮮時代からクァンヤンプルコギが親しまれていたことになる。実質的には20世紀に入ってからと見られ、元祖店として知られる「三代光陽プルコギチプ(삼대광양불고기집)」は、1930年に「イルン食堂(일흥식당)」として創業した。初代のイ・ソウン(이소은)がクァンヤンプルコギを初めて提供し、2代目のイ・ヨンジョ(이영조)が正式にメニュー化するとともに、1954年には屋号を「光陽プルコギ食堂(광양불고기식당)」と改めた<ref>(재)한식재단, 2012, 『한국인이 사랑하는 오래된 한식당』, 한국외식정보, P44-45</ref>。 | ||
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| + | *パルガンクッ | ||
| + | :パルガンクッ([[빨간국]])は、キムチのスープ。直訳は「赤いスープ」で、牛ダシのスープにキムチを入れて煮込んだスープを指す。クァンヤンプルコギのシメとして定番になっており、店によってはキムチクッ(キムチのスープ、[[김치국]])とも呼ぶ。好みで焼肉の残りや、パジョリ(白髪ネギの和え物、[[파절이]])、副菜の残りなどを足して味わう。 | ||
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| + | === スナンプルコギ(順安式の牛焼肉/순안불고기) === | ||
| + | :スナンプルコギ([[순안불고기]])は、順安式の牛焼肉。平壌市順安(スナン、순안)区域式の牛焼肉。ピョンヤンプルコギ([[평양불고기]])とも呼ぶ。韓国では多くの場合、薄切りの牛肉に下味をつけず、そのまま焼いてタレにつけると紹介される。ただし、[[北朝鮮の料理|朝鮮民主主義人民共和国]]で発刊された書籍『私たちの民族料理(우리 민족료리)』では、「スナンプルコギは牛肉を薄く切り、みじん切りのネギとニンニク、すりゴマ、梨の汁、砂糖、コショウ、ゴマ油、醤油、牛肉ダシを混ぜて作った薬味ダレを塗り、網の上で焼いて作る」【原文1】と紹介されている。<ref>지명희, 김익천 , 2008, 『우리 민족료리』, 근로단체출판사, P35</ref>と紹介されている。 | ||
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| + | :【原文1】「순안불고기는 소고기를 얇게 저민 다음 다진 파와 마늘, 참깨가루, 배즙, 사탕가루, 후추가루, 참기름, 간장, 고기국물을 섞어 만든 양념장을 발라 적쇠우에서 구워 만든다」 | ||
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| + | === 牛肉以外のプルコギ === | ||
| + | 牛肉のみならず、豚肉や鶏肉、アヒル肉、魚介などをタレに漬け込んで焼く料理もプルコギと呼び、[[テジプルコギ(豚肉の味付け焼肉/돼지불고기)]]、[[オリプルコギ(アヒルの味付け焼肉/오리불고기)]]、[[オサムプルコギ(イカと豚バラ肉の炒め物/오삼불고기)]]、[[ポップルコギ(フグの炒め焼き/복불고기)]]といった料理がある。また、鉄板でなく網で焼く場合は[[ソクセプルコギ(牛肉の網焼き/석쇠불고기)]]と呼ぶ。最近ではプルコギを西洋料理などと組み合わせた、プルコギピザ([[불고기피자]])、プルコギバーガー([[불고기버거]])などの新しい料理も数多く登場している。 | ||
| + | === 派生料理 === | ||
*プルベク | *プルベク | ||
:プルベク([[불백]])は、プルコギペッパン(プルコギ定食、[[불고기백반]])の略。ペッパン([[백반]])は漢字で「白飯」と書いて定食のこと(「[[ペッパン(定食/백반)]]」の項目も参照)。飲食店のメニューなどに用いられる。 | :プルベク([[불백]])は、プルコギペッパン(プルコギ定食、[[불고기백반]])の略。ペッパン([[백반]])は漢字で「白飯」と書いて定食のこと(「[[ペッパン(定食/백반)]]」の項目も参照)。飲食店のメニューなどに用いられる。 | ||
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== 関連項目 == | == 関連項目 == | ||
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2026年4月9日 (木) 22:23時点における最新版
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プルコギ(불고기)は、牛焼肉。
概要
プル(불)は火、コギ(고기)は肉を表す。実際の発音はプルゴギがより近い。広義には焼肉全体を指すが、単にプルコギと呼んだ場合は、薄切りの牛肉に味付けをして焼いたものを指すことが多い。醤油、砂糖、清酒、ゴマ油、刻みネギ、みじん切りニンニクなどを混ぜ合わせた薬味ダレで下味をつけ、タマネギ、春菊、タンミョン(春雨、당면)などとともに網や鉄板などで焼いて食べる。少量の煮汁で煮るように炒めることもある。ナシやリンゴなどの果物の果汁を下味に用いる場合もあり、全体的に甘い味付けになっている。韓国には専門店があり、焼肉店のメニューにも並ぶほか、家庭料理としても作られる。トゥッペギプルコギ(1人前の土鍋プルコギ/뚝배기불고기)の場合は、定食店、フードコートなどでもメニューに並ぶ。
プルコギとノビアニ
- プルコギとノビアニ(宮中式の焼肉/너비아니)はいずれも牛焼肉を意味する。ノビアニは19世紀末に書かれた料理書『是議全書(시의전서)』(現著者不詳)など朝鮮時代の文献にも見られ、宮中料理としても作られた。これに対し、プルコギの名称は1922年に小説家の玄鎭健(憑虛生のペンネームで掲載)が、雑誌『開闢(第22号)』に書いた小説「堕落者」が初出とされる[1]。
- 1958年に方信栄(パン・シニョン、방신영)が書いた料理書『高等料理実習(고등요리학습)』には、ノビアニの調理法が掲載されており、レシピに「参考」として付記する形で「標準語ではノビアニと言うか、またはコギグイ(焼肉、고기구이)と言う。俗称ではプルコギと言うが、品のない呼び方だ」(丸ガッコ内は訳注)[2]と述べられている。近代の焼肉料理について詳細な文献調査を行ったイ・ギュジン(이규진)の研究によれば、料理書にプルコギの名称が登場するのは『高等料理実習』が初めてである[3]。プルコギが料理名として単独で料理書に載るのは1972年刊行の『生活料理:東洋料理(생활요리:동양요리)』(韓晶恵著、集賢閣)まで待たねばならない。その理由についてイ・ギュジンは、「『プルコギ』という名称がノビアニの『俗称』かつ『品のない呼び方』と考えられていた」ため、「学者や料理研究家が料理書に書く際、プルコギではなくノビアニを採用してきた」と指摘し、「プルコギが完全に大衆化した1972年になって初めて独立した名称で料理書に登場したと考えられる」と述べている[4]。
- プルコギはノビアニの大衆的な呼び名として普及するとともに、1960年代以降はユクス(ダシ汁、육수)と絡めながら炒め煮るユクスプルコギ(육수불고기)の登場など独自の進化を遂げる。現在ではノビアニがプルコギのルーツとして、薄切りの牛肉を網や鉄板で焼いた料理を指すのに対し、プルコギは野菜やキノコなどの具を足したり、炒め煮にしたり、牛肉に代えて鶏肉、豚肉、魚介を用いるものなど、より幅広い意味合いで用いられる。
種類
専門店のプルコギは、中央の盛り上がった鉄板でユクス(ダシ汁、육수)と絡めながら焼くユクスプルコギ(육수불고기)と、網焼きにしたソクセプルコギ(牛肉の網焼き/석쇠불고기)に大別される。前者はソウル市で普及したことからソウルプルコギ(ソウル式の牛焼肉/서울불고기)とも呼び、後者は蔚山市蔚州郡のオニャンプルコギ(彦陽式の牛焼肉/언양불고기)や、全羅南道光陽市のクァンヤンプルコギ(光陽式の牛焼肉/광양불고기)が代表的である。
- 韓国3大プルコギ
- ソウル市のソウルプルコギ(ソウル式の牛焼肉/서울불고기)、蔚山市蔚州郡のオニャンプルコギ(彦陽式の牛焼肉/언양불고기)、全羅南道光陽市のクァンヤンプルコギ(光陽式の牛焼肉/광양불고기)を韓国3大プルコギと呼ぶ。ソウルプルコギが中央の盛り上がった鉄板で煮汁と絡めながら焼くのに対し、オニャンプルコギは両面焼きの網に挟んで焼き、クァンヤンプルコギは薄切りの牛肉を網の上に載せて焼く方式である。ソウル市はかつて漢陽(ハニャン、한양)と呼ばれ、オニャン、クァンヤンにも「陽」の字がつくことから、韓国3大プルコギを「三陽プルコギ(삼양불고기)」とも総称する。
ソウルプルコギ(ソウル式の牛焼肉/서울불고기)
オニャンプルコギ(彦陽式の牛焼肉/언양불고기)
- オニャンプルコギ(언양불고기)は、蔚山市蔚州郡彦陽邑(オニャンウプ、언양읍)式の牛焼肉。薄切りの牛肉に醤油、ゴマ油、砂糖などで下味をつけ、両面焼き用の網で挟み、炭火の上で何度もひっくり返しながら焼く。いわゆる、ソクセプルコギ(牛肉の網焼き/석쇠불고기)の一種である。彦陽邑は古くからセリの名産地であり、サンチュなどの葉野菜に包む際、一緒に加えてシャキシャキとした瑞々しさを楽しむ。彦陽市外バスターミナルの近くに焼肉店が集まっている。
- 歴史
- 彦陽邑では日本統治時代に牛市場が開かれて賑わい、周辺地域で飼育された牛の集散地となった。1915年の朝鮮総督府調査によれば、当時の蔚山郡では1万4976頭の牛を飼育しており、近隣の釜山市や、慶尚南道金海市、密陽市と比べてもはるかに多い[5]。1921年の調査でも、畜牛数、生産数ともに慶尚南道でもっとも多い[6]。こうした背景から彦陽邑では牛肉料理が発達したと考えられている。
- 当初は家庭料理として普及したが、1960年代に入って飲食店でも扱うようになった。1960年代後半に、京釜高速道路の敷設工事を行った際、全国から集まった労働者らが牛肉料理を好んで食べたのがきっかけと語られることが多い。2001年に彦陽邑が編纂した『彦陽邑誌(언양읍지)』によれば、1969年に沈参萬(シム・サムマン、심삼만)が開いた店が元祖であり、「練炭の火で、塩を振った豚肉や牛肉を網焼きにした」ともあって現在のオニャンプルコギと共通する[7]。屋号は「釜山食肉店(부산식육점)」で、現在も焼肉店が多く集まる南部里(ナムブリ、남부리)153-2にあった[8]。
クァンヤンプルコギ(光陽式の牛焼肉/광양불고기)
- クァンヤンプルコギ(광양불고기)は、全羅南道光陽市式の牛焼肉。薄切りにした牛肉を、漬け置くことなく提供直前に醤油、塩、砂糖、ゴマ油、ニンニクなどで味付けをし、熱伝導率のよい銅製の網を用いて炭火で焼く。近隣の白雲山(ペグンサン、백은산)は炭の名産地である。炭火の香りをまとわせるのがよいとされ、店によっては肉を広げずにうず高く載せ、肉の隙間に煙がこもるように焼く。市南西部の光陽邑七星里(クァンヤンウプ チルソンニ、광양읍 칠성리)に専門店が集まっており、一帯を「光陽プルコギ特化通り(광양불고기 특화거리)」と呼ぶ。毎年秋には「光陽伝統炭火焼き祭り(광양전통숯불구이축제)」が開催される。
- 天下一味 馬老火炙
- 朝鮮時代にあるソンビ(儒学者、선비)が流刑に処されて光陽に来た。地域の子どもたちに学問を教えたところ、感謝をした親がソンビにプルコギをご馳走した。これがたいへん美味しかったため、ソンビは罪を許されて中央に戻ったあとも折に触れて思い出した。のちにその見事な味を「天下一味 馬老火炙(천하일미 마로화적)」と評して伝えた。馬老は光陽の旧称であり、光陽の火炙(プルコギ)は天下一の味を意味する。それが現代にまで伝わって、クァンヤンプルコギを称える決まり文句として広まっている。
- 歴史
- 上記の伝承を史実とするならば、朝鮮時代からクァンヤンプルコギが親しまれていたことになる。実質的には20世紀に入ってからと見られ、元祖店として知られる「三代光陽プルコギチプ(삼대광양불고기집)」は、1930年に「イルン食堂(일흥식당)」として創業した。初代のイ・ソウン(이소은)がクァンヤンプルコギを初めて提供し、2代目のイ・ヨンジョ(이영조)が正式にメニュー化するとともに、1954年には屋号を「光陽プルコギ食堂(광양불고기식당)」と改めた[9]。
- パルガンクッ
- パルガンクッ(빨간국)は、キムチのスープ。直訳は「赤いスープ」で、牛ダシのスープにキムチを入れて煮込んだスープを指す。クァンヤンプルコギのシメとして定番になっており、店によってはキムチクッ(キムチのスープ、김치국)とも呼ぶ。好みで焼肉の残りや、パジョリ(白髪ネギの和え物、파절이)、副菜の残りなどを足して味わう。
スナンプルコギ(順安式の牛焼肉/순안불고기)
- スナンプルコギ(순안불고기)は、順安式の牛焼肉。平壌市順安(スナン、순안)区域式の牛焼肉。ピョンヤンプルコギ(평양불고기)とも呼ぶ。韓国では多くの場合、薄切りの牛肉に下味をつけず、そのまま焼いてタレにつけると紹介される。ただし、朝鮮民主主義人民共和国で発刊された書籍『私たちの民族料理(우리 민족료리)』では、「スナンプルコギは牛肉を薄く切り、みじん切りのネギとニンニク、すりゴマ、梨の汁、砂糖、コショウ、ゴマ油、醤油、牛肉ダシを混ぜて作った薬味ダレを塗り、網の上で焼いて作る」【原文1】と紹介されている。[10]と紹介されている。
- 【原文1】「순안불고기는 소고기를 얇게 저민 다음 다진 파와 마늘, 참깨가루, 배즙, 사탕가루, 후추가루, 참기름, 간장, 고기국물을 섞어 만든 양념장을 발라 적쇠우에서 구워 만든다」
牛肉以外のプルコギ
牛肉のみならず、豚肉や鶏肉、アヒル肉、魚介などをタレに漬け込んで焼く料理もプルコギと呼び、テジプルコギ(豚肉の味付け焼肉/돼지불고기)、オリプルコギ(アヒルの味付け焼肉/오리불고기)、オサムプルコギ(イカと豚バラ肉の炒め物/오삼불고기)、ポップルコギ(フグの炒め焼き/복불고기)といった料理がある。また、鉄板でなく網で焼く場合はソクセプルコギ(牛肉の網焼き/석쇠불고기)と呼ぶ。最近ではプルコギを西洋料理などと組み合わせた、プルコギピザ(불고기피자)、プルコギバーガー(불고기버거)などの新しい料理も数多く登場している。
派生料理
- プルベク
- プルベク(불백)は、プルコギペッパン(プルコギ定食、불고기백반)の略。ペッパン(백반)は漢字で「白飯」と書いて定食のこと(「ペッパン(定食/백반)」の項目も参照)。飲食店のメニューなどに用いられる。
種類
プルコギには次のような種類がある。
- タップルコギ(鶏肉の網焼き、닭불고기)
- テジプルコギ(豚肉の味付け焼肉/돼지불고기)
- トゥッペギプルコギ(1人前の土鍋プルコギ/뚝배기불고기)
- ポソップルコギ(キノコと牛肉の鍋、버섯불고기)
- ポップルコギ(フグの炒め焼き/복불고기)
- ソクセプルコギ(牛肉の網焼き/석쇠불고기)
- オリプルコギ(アヒルの味付け焼肉/오리불고기)
- オサムプルコギ(イカと豚バラ肉の炒め物/오삼불고기)
脚注
- ↑ 小說 墮落者 (前號續) 、韓国史データベース、2026年1月6日閲覧
- ↑ 方信栄著『高等料理実習』, 奨忠図書出版社, 1958(P84)(コマ番号102/182) 、韓国国立中央図書館、2026年1月6日閲覧
- ↑ 이규진, "근대 이후 100년간 한국 육류구이 문화의 변화", 이화여자대학교 대학원, 2010(P27) 、韓国国立中央図書館、2026年1月10日閲覧
- ↑ 이규진, "근대 이후 100년간 한국 육류구이 문화의 변화", 이화여자대학교 대학원, 2010(P33) 、韓国国立中央図書館、2026年1月10日閲覧
- ↑ 朝鮮総督府, 1916, 『朝鮮彙報 (16)』(大正5年6月1日号), 朝鮮総督府, P79 、国立国会図書館デジタルコレクション(コマ番号47/171)、2026年4月6日閲覧
- ↑ 朝鮮総督府慶尚南道 編纂, 1922, 『道勢一班』(大正5年6月1日号), 慶尚南道, P100-101 、国立国会図書館デジタルコレクション(コマ番号69/124)、2026年4月6日閲覧
- ↑ 彦陽邑誌発刊推進委員会, 2001, 『彦陽邑誌』, 彦陽邑誌発刊推進委員会, P639(コマ番号640/1066) 、韓国国立中央図書館、2026年4月6日閲覧
- ↑ 김선주, 2018, 『울산의 음식 그 맛과 추억을 찾아서』, 울산발전연구원 울산학연구센터, P32
- ↑ (재)한식재단, 2012, 『한국인이 사랑하는 오래된 한식당』, 한국외식정보, P44-45
- ↑ 지명희, 김익천 , 2008, 『우리 민족료리』, 근로단체출판사, P35
外部リンク
- 制作者関連サイト
- 韓食生活(韓食ペディアの執筆者である八田靖史の公式サイト)
- 八田靖史プロフィール(八田靖史のプロフィール)