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− | + | [[ファイル:16050801.JPG|thumb|400px|トゥドゥル村にある張桂香の遺績碑]] | |
'''英陽郡'''(ヨンヤングン、영양군)は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の北東部に位置する地域。本ページでは英陽郡の料理、特産品について解説する。 | '''英陽郡'''(ヨンヤングン、영양군)は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の北東部に位置する地域。本ページでは英陽郡の料理、特産品について解説する。 | ||
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== 地域概要 == | == 地域概要 == | ||
− | 英陽郡は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]] | + | 英陽郡は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の北東部に位置する地域。郡の北東部は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の[[蔚珍郡の料理|蔚珍郡]]、南東部は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の[[盈徳郡の料理|盈徳郡]]、南部は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の[[青松郡の料理|青松郡]]、西部は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の[[安東市の料理|安東市]]、北西部は[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の[[奉化郡の料理|奉化郡]]と接する。人口は1万7461人(2018年7月)で、この人口は島嶼地区である[[慶尚北道の料理|慶尚北道]][[鬱陵郡の料理|鬱陵郡]]に次いで韓国の全市郡で2番目に少ない。<ref>[http://www.mois.go.kr/frt/sub/a05/totStat/screen.do 주민등록 인구통계] 、行政安全部ウェブサイト、2018年8月14日閲覧</ref>。郡の東部を太白山脈が南北に貫いており、標高1219mの日月山(イルォルサン、일월산)をはじめとした山岳地域である。郡内には朝鮮時代中期から続く同族村(集姓村)が点在し、載寧李氏の一族が住むトゥドゥル村(トゥドゥルマウル、두들마을)や、漢陽趙氏のチュシル村(チュシルマウル、주실마을)、楽安呉氏の甘川村(カムチョンマウル、감촌마을)には貴重な伝統家屋が残る。ほか観光地としては前述の日月山や水下渓谷(スハゲゴク、수하계곡)、ホタルの生息地として特区に指定されたホタル生態体験村(반딧불이생태체험마을)などがある。[[ソウル市の料理|ソウル市]]から英陽郡までは、東ソウル総合バスターミナルから英陽バス停留所まで高速バスで約4時間30分の距離。 |
== 食文化の背景 == | == 食文化の背景 == | ||
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=== ウムシクティミバン(飲食知味方/음식디미방) === | === ウムシクティミバン(飲食知味方/음식디미방) === | ||
− | 『飲食知味方』は1670年頃に書かれた料理書。載寧李氏の一族が住むトゥドゥル村に伝わるもので、1640年にこの村を開いた李時明(イ・シミョン、이시명)の妻、張桂香(チャン・ゲヒャン、장계향)が子孫のために台所仕事の要点を書き残したものである。本書には当時の両班家庭で作られていた料理のレシピが詳細に紹介されているほか、酒類の醸造法や、食品の保管方法についても記されている。その項目は実に146種類にも及び、当時の食文化を知るうえでたいへん貴重な資料である。『飲食知味方』より以前にも料理のレシピを記した文献はあるが、それらはすべて漢文であり、ハングルで記された料理書としてはもっとも古い。 | + | :『飲食知味方』は1670年頃に書かれた料理書。載寧李氏の一族が住むトゥドゥル村に伝わるもので、1640年にこの村を開いた李時明(イ・シミョン、이시명)の妻、張桂香(チャン・ゲヒャン、장계향)が子孫のために台所仕事の要点を書き残したものである。本書には当時の両班家庭で作られていた料理のレシピが詳細に紹介されているほか、酒類の醸造法や、食品の保管方法についても記されている。その項目は実に146種類にも及び、当時の食文化を知るうえでたいへん貴重な資料である。『飲食知味方』より以前にも料理のレシピを記した文献はあるが、それらはすべて漢文であり、ハングルで記された料理書としてはもっとも古い。 |
*体験プログラム | *体験プログラム | ||
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==== 飲食知味方の特徴 ==== | ==== 飲食知味方の特徴 ==== | ||
*飲食知味方の題名 | *飲食知味方の題名 | ||
− | : | + | :トゥドゥル村で保管された文書の表紙には、『閨壼是議方(キュゴンシウィバン、[[규곤시의방]])』という題名がつけられている。これは「女性の心得」を意味する言葉であるが、当初からのものでなく子孫によって後日付け加えられたものと見られる。一般的には本文の冒頭に書かれた『飲食知味方』が本書の題名として用いられ、これは「料理の味を知る方法」を意味する。なお、現在の表記法では「음식지미방」となるが、本書には「[[음식디미방]]」と記されており、現在の呼び名もそれに則るのが通例である。 |
*唐辛子の伝来と普及 | *唐辛子の伝来と普及 | ||
− | : | + | :『飲食知味方』の大きな特徴のひとつに唐辛子が一切使われていないことがあげられる。中米を原産とする唐辛子は16世紀後半から17世紀初頭にかけて日本を経由して朝鮮半島に伝わったとされ、もっとも古い記録は1614年に書かれた『芝峰類説([[지봉유설]])』に見られる。『飲食知味方』の執筆年代よりも50年以上もさかのぼるが、まったく触れられていないことから考えると、少なくとも英陽郡の周辺ではまだ一般的な食材でなかったとみられる。『飲食知味方』のレシピは唐辛子普及以前の韓国料理を知るうえでたいへん貴重である。なお、唐辛子が料理のレシピに登場するのは、1766年に書かれた『増補山林経済([[증보산림경제]])』が初めてであり、この時期には普及が進んでいたと考えられる。 |
*現代韓国料理との差異 | *現代韓国料理との差異 | ||
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=== 唐辛子(고추) === | === 唐辛子(고추) === | ||
− | :英陽で生産される唐辛子をヨンヤンコチュ(英陽唐辛子、영양고추)と呼ぶ。高冷地で栽培される英陽産の唐辛子は全国的にも評価が高く、農林畜産食品部が地域の名産品を認証する地理的表示農産物の第5号として英陽唐辛子粉(영양고춧가루)が登録されている<ref>[http:// | + | :英陽で生産される唐辛子をヨンヤンコチュ(英陽唐辛子、영양고추)と呼ぶ。高冷地で栽培される英陽産の唐辛子は全国的にも評価が高く、農林畜産食品部が地域の名産品を認証する地理的表示農産物の第5号として英陽唐辛子粉(영양고춧가루)が登録されている<ref>[http://kpgi.co.kr/page/?mo_id=specialty&id=181&wr_id=179 영양고춧가루] 、韓国地理的表示特産品連合会ウェブサイト、2023年8月31日閲覧</ref>。地域でも主力の農産物として生産されており、英陽郡によれば農家の総所得全体のうち、52%が唐辛子による所得であるとしている<ref>[http://www.yyg.go.kr/redpepper/yy_redpepper/yy_chili 영양고추] 、英陽郡ウェブサイト、2016年4月27日閲覧</ref>。毎年9月には「英陽唐辛子H.O.Tフェスティバル」が開催される。 |
*首比椒(スビチョ) | *首比椒(スビチョ) | ||
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== エピソード == | == エピソード == | ||
*韓食ペディアの執筆者である八田靖史は2015年10月に初めて英陽郡を訪れた。大学時代に卒業論文の重要な資料として『飲食知味方』を読んでいたため、ゆかりの地であるトゥドゥル村を訪ねられたのはたいへん感動的であった。 | *韓食ペディアの執筆者である八田靖史は2015年10月に初めて英陽郡を訪れた。大学時代に卒業論文の重要な資料として『飲食知味方』を読んでいたため、ゆかりの地であるトゥドゥル村を訪ねられたのはたいへん感動的であった。 | ||
+ | *BYC | ||
+ | :[[慶尚北道の料理|慶尚北道]]の[[奉化郡の料理|奉化郡(Bonghwa-gun)]]、英陽郡(Yeongyang-gun)、[[青松郡の料理|青松郡(Cheongsong-gun)]]の頭文字を取って「BYC」と総称することがある。隣接する3地域を韓国の有名な下着メーカーにちなんでまとめた語呂合わせだが、韓国を代表する「奥地」のまとめとして揶揄を含むことが多い。韓食ペディアの執筆者である八田靖史は、その「奥地」度を認めたうえで、それでも「わざわざ目掛けて行くべき美味しい3地域」と勝手な再定義を提唱している<ref>八田靖史, 2022, 『ラジオ まいにちハングル講座 2022年9月号(韓国おいしい町めぐり)』, NHK出版, P96</ref>。 | ||
== 脚注 == | == 脚注 == | ||
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*[http://kansyoku-life.com/ 韓食生活](韓食ペディアの執筆者である八田靖史の公式サイト) | *[http://kansyoku-life.com/ 韓食生活](韓食ペディアの執筆者である八田靖史の公式サイト) | ||
*[http://www.kansyoku-life.com/profile 八田靖史プロフィール](八田靖史のプロフィール) | *[http://www.kansyoku-life.com/profile 八田靖史プロフィール](八田靖史のプロフィール) | ||
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== 関連項目 == | == 関連項目 == |