コリアうめーや!!第191号
<ごあいさつ>
2月15日になりました。
僕の住む東京はここ数日妙に暖かく、
ポカポカとした春の陽射しです。
すでに花粉が舞い散り始めたとの情報もあり、
嬉しくもあり、悲しくもありという感じ。
寒さが和らぐのは本当に嬉しいんですけどね。
また涙と鼻水の季節がやってきます。
月末にまたソウル出張に出かける予定ですが、
そのまま初夏まで住み着きたいぐらい。
かゆい目、鼻づまりと戦うのはこりごりです。
さて、そんな愚痴めいたことをつぶやきながら、
今号のメルマガではちょっとした珍料理を大紹介。
昨年末の韓国取材で仕入れてきた話を、
料理の由来とともにまとめてみます。
コリアうめーや!!第191号。
頭を柔らかくしつつ、スタートです。
<慶州で発見、冷温逆転の麺料理!!>
例えて曰く……。
と書いたところで筆が止まった。
何に例えるべきか思い浮かばなかったのだ。
あるものを別の何かに例えるという表現は、
文章を容易にする反面、その内容が問われる。
極端でも、ひとりよがりでも、マニアックでもダメ。
かといって、あまりにステレオタイプでもダメという、
表現者の技量が問われる部分なのだ。
という言い訳のような前提の上で。
僕が悩んでいるのは、温度を逆転させた料理。
料理の世界には温かい料理を冷たくしてみたり、
あるいはその反対だったりという工夫がある。
料理や食材の意外な一面を引き出せるし、
季節感を裏返しに楽しめるメリットもある。
例えば、冷やしラーメン。
温かいスープで食べるべきラーメンをあえて冷やし、
清涼感を演出するとともに夏向けの装いに変える。
真夏でもラーメンを食べたいが、つけ麺の気分ではなく、
また冷やし中華を食べたい訳でもない。
そんな欲求から生まれた温冷逆転料理である。
あるいは、にゅうめん。
夏の風物詩でもある素麺をあえてダシ汁に浸し、
温かく、消化にもよい麺料理として別の魅力を引き出す。
軽めのボリュームなので夜食にもちょうどいい。
これまた理想的な冷温逆転料理である。
これを踏まえて。
僕が悩んでいるのは「冷→温」で逆転し、
かつ、にゅうめんよりも意外性があるものという存在。
素麺は夏場に冷たくして食べることが多いものの、
温かいにゅうめんもそこまで珍しい料理ではない。
「え、それを温めて食べるの!?」
という反応が理想的。
にゅうめんではちょっと弱いのだ。
ちなみに逆の例だとこんなものが挙げられる。
・冷やしオデン
・冷やしカレー
・冷やしカツ丼
・冷やしタンタンメン
・冷やしタイ焼き
いずれもネットで検索すると出てくる。
冷やしたぬきそばや、冷製パスタにはない意外性が、
これらの料理には詰まっていると思う。
だが、逆はなかなか思い浮かばなかった。
・温やっこ
→湯豆腐など温かい食べ方も一般的
・温野菜のサラダ
→世に広く知れ渡り過ぎている
・トマトのオデン
→意外性はあるが、トマト自体は煮込みにも使う
・アイスクリームの天ぷら
→温かいのは外側だけでアイスに影響しない
・焼きリンゴ
→アップルパイなど温かい料理も豊富
ということでいずれも脳内ボツになった。
唯一、最後に残った候補が……。
・ホットビール
だったのだが、その驚きは伝わるだろうか。
ともかくもそういう冷温逆転料理を韓国で発見してきた。
そういう話がしたいのだ。
江原道江陵市の草堂豆腐。写真右の豆腐は温めてあり、温やっこ風。
発見場所は古都として名を馳せる慶州。
かつて新羅の王都として栄えた町で、
街中に古墳や寺などがわんさかと存在する。
世界遺産にも指定される、韓国有数の観光地だ。
旅行シーズンには国内外から多くの人が訪れるが、
ひとつ悩ましいのが、食にまつわる問題であった。
「慶州は素晴らしい観光地だが食の魅力に欠ける」
とは以前から指摘されてきた問題点である。
もともと慶州の属する慶尚道エリアの料理は、
粉唐辛子を多用する、辛く、濃い味付け特徴。
隣の全羅道に比べると、韓国内での評価も低い。
ただじっくり探索していくと、個性的な郷土料理もあり、
印象だけで低く評価するのもよくないとも思う。
今回、慶州で発掘してきたのもB級料理ではあるが、
他地域では見かけない個性が発揮されていた。
第187号のメルマガでもちらっと書いたが、
慶州の食は、もう少しきちんと調査をすれば光ると思う。
うまく行けばますます魅力的な観光地になるはずだ。
ちなみにこれまで広く知られた慶州名物といえばこんな感じ。
・皇南パン(アンコ入りの饅頭)
・校洞法酒(もち米を原料とした醸造酒)
・サムパプ(ごはんの葉野菜包み)
・ヘジャンクク(蕎麦粉のムク※と豆モヤシのスープ)
・メットルスンドゥブ(石臼で豆をひいた柔らかい豆腐の鍋)
・ソンカルグクス(韓国式の手打ちうどん)
※デンプンをゼリー状に固めた料理の総称
ここに僕は、
・温チョルミョン
という料理を付け加えたい。
「温」を付けたように温かいチョルミョン。
韓国語でも「オンチョルミョン」と発音する。
アンコがぎっしり詰まっている皇南パン。
校洞法酒は蔵元でしか買えない幻の酒。
大豆を石臼でひいて作るメットルスンドゥブ。
チョルミョンはもともと冷たい麺料理で、
サンチュなどの生野菜とともにサラダ感覚で食べる。
味わいは酸味と甘味を利かせたピリ辛味。
場合によっては、韓国版冷やし中華などとも称される。
料理でなく、麺そのものもチョルミョンと表現し、
単語の意味としては「しこしこした歯触りの麺」となる。
誕生したのは、今年僕がイチオシにしている仁川で、
ある製麺所が冷麺作りに失敗したところから生まれた。
舞台となったのは1970年代の仁川市中区。
京洞に位置する「クァンシン製麺」という工場で、
冷麺の太さを決める、穴の口径を間違えたのが原因だった。
「なんだか太い冷麺が出来てしまったなぁ」
「捨てるのも、もったいないですよね」
「近所で食堂をやっているばあさんのところに持っていきな」
「はい、わかりました」
という経緯だったとかなんとか。
持ち込まれたのは同じく中区仁ヒョン洞に位置する、
「マンナダン」という粉食店(軽食堂)とのこと。
すでにこの店はないが、ここでチョルミョンと名付けられ、
それが少しずつ仁川市内で広まり話題となった。
全国区の料理に発展したのは、東仁川駅前の新浦市場。
「シンポウリマンドゥ」というチェーンの粉食店がメニューに取り入れ、
店が全国展開する過程で、チョルミョンも広まったとされる。
いまやチョルミョンは夏場の風物詩的な存在であり、
また鍋料理などへのトッピングとして麺だけも使われる。
些細なミスをただの失敗とせず、食文化の1ページを彩る、
新たな味に仕立て上げた人たちの功績は大きい。
そしてそのチョルミョンが遠く離れた慶州でまた生まれ変わる。
それもまた痛快なエピソードではないだろうか。
東仁川駅前にある新浦市場。
新浦市場にある「シンポウリマンドゥ1号店」。
慶州でオンチョルミョンを出すのは「明洞チョルミョン」。
いろいろと調べてみたところ、特に慶州の郷土料理という訳でなく、
この店が独自に開発し、好評を得た料理とのことだ。
韓国では何かひとつ流行すると、2匹目のドジョウを求め、
次々に同業他店が増えるが、今のところその様子はない。
地元でも知っている人だけが通う店、という感じだ。
大多数の人にとっては、ただの「珍料理」に過ぎないのだろう。
店に入ってみると、メニューはチョルミョンばかり4種類。
・ムルチョルミョン(冷スープ)
・ピビムチョルミョン(辛いタレでスープなし)
・オデンチョルミョン(温スープ、オデン乗せ)
・ユブチョルミョン(温スープ、刻み油揚げ乗せ)
温かいスープは下の2種類だけだが、
さりげなく、ムルチョルミョンも珍しい。
ちなみにムルチョルミョンは忠清北道が有名なのだが、
それはまたいずれの機会に取っておくとしよう。
ピビムチョルミョンがいわゆるチョルミョンの普通型。
あえて混ぜるという意味の「ピビム」とつけるのは稀である。
オデンかユブか迷いつつ、結局ユブのほうをチョイス。
出てきたのは冷麺と同じステンレスの器で、
麺とともに、ウドン風のスープで満たされていた。
具には刻んだ油揚げと春菊、溶き卵が加えられている。
なお値段はいずれも4000ウォンであった。
スープをすすってみると穏やかな味わい。
煮干、昆布系の淡いスープで、当たり前だが温かい。
ピビムチョルミョンと同じ、甘く酸っぱいコチュジャンダレが、
ポトンと落とされており、食べる過程で混ざっていく。
麺の食感がまた独特である。
チョルミョンは強靭なコシが持ち味の麺だが、
それがスープで和らげられ、プヨプヨモチモチしている。
ウドンとも、ラーメンとも違う不思議な食感。
弾力とコシが同居しているが、微妙に相反する感じもある。
「こ、これは食べたことのない食感!」
讃岐うどんが恋人同士の同居であるとしたら、
オンチョルミョンは野郎同士のルームシェア風。
だが決して、家庭内別居ほどの距離感はない。
相思相愛の一体感ではないが、妙な団結力を感じる。
いちばん近いのは日本の焼肉店で食べる温麺だが、
冷麺よりも太いため、やはりそれとも異なる。
オンチョルミョンにしかない、独特の食感であろう。
油揚げのほか春菊も入るユブチョルミョン。
麺を温かくして食べるとまた違った食感が生まれる。
考えてみると不思議な話だ。
チョルミョンは粉食店で誕生した料理。
その粉食店は冷麺も、温かいウドンも扱うのが普通だ。
辛いタレで混ぜて食べるのが定番の麺料理とはいえ、
冷たいスープも、温かいスープもすぐ身近にある。
それを組み合わせようと考える人がなぜいなかったか。
たぶん固定観念による盲点の料理なのだろう。
「この料理、こうしたらどうかな?」
という探究心は食文化を豊かにする。
そしてそのチャンスは意外と身近に転がっているのだ。
いずれ、この店にもまた足を運んで、
どんなヒントから、思いついたのか尋ねてみたい。
仁川生まれ、慶州育ちのあったかチョルミョン。
興味のある人はぜひ試してみて欲しい。
<お知らせ>
仕事が忙しくHPの更新ができません。
落ち着いたら、まとめて更新したいと思います。
http://www.koparis.com/~hatta/
<八田氏の独り言>
慶州以外のエリアでもごく稀にあるとか。
もしご存知の方がいたらぜひ教えてください。
コリアうめーや!!第191号
2009年2月15日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com
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