コリアうめーや!!第204号
<ごあいさつ>
9月になりました。
酷暑の8月が去って残暑の秋に。
これから少しずつ気温も下がるのでしょうが、
まだまだしばらくは暑さとの戦いですね。
僕の住んでいる東京は台風の影響もあり、
昨日だけはずいぶんと寒い1日でした。
寒くなるときは一気に寒くなるのが驚きですね。
そして台風一過の今日はまたジリジリとした暑さ。
季節の変わり目は体調も崩しがちなだけに、
みなさんもご自愛頂ければと思います。
さて、そんな季節の挨拶はこのぐらいにして、
今号のテーマを紹介したいと思います。
今年、個人的にハマっている地域、
仁川にまた足を運んで郷土料理を食べてきました。
小さな身体ながら旨味は抜群という青魚。
仁川料理の奥深さを、またひとつ発見した次第です。
コリアうめーや!!第204号。
妙な小話を添えて、スタートです。
<仁川にて韓国式ママカリ丼を発見!!>
8月半ばの暑い暑い1日。
午後イチで半袖のワイシャツを着込み、
東海道線で戸塚まで出かけた。
戸塚駅で降りるのは生涯で2度目。
1度目となった前回はもう14年前で、
僕はその頃18歳の高校生、そして受験生であった。
戸塚駅を利用したのは大学受験が目的である。
そして、その結果は見事に不合格。
合格していれば毎日通っただろう駅だが、
それから14年間、僕にはまるで無関係であった。
そんな僕が正反対の理由で戸塚駅を訪れる。
戸塚駅を最寄りとするその大学で、
1日限りの臨時講師を頼まれたのだ。
人に何かを教えるような立場でもないのだが、
「何をしゃべってもいいから」
という気楽な依頼だったので引き受けた。
学ぶことすら適わなかった大学で教壇に立つ。
やや不思議な気分だったが、それもひとつの体験である。
降り立った戸塚駅の記憶はほとんどなかったが、
少しばかりの感慨があったことを告白しておく。
ただ、感慨はそこまでで、その後はひたすら大変だった。
ここ数年、縁あって話をする仕事が多く、
人前に立って話をすることにもだいぶ慣れてきた。
もちろん上手に話せるようになったとは思っていないが、
終了後に胃がキリキリ痛むようなことはなくなった。
だが、今回の依頼は少しだけ勝手が違った。
「1コマ90分でどんな話でもいいから」
「八田くんなら、やっぱり食べ物の話だよね」
「あ、ちなみに学生はみんな留学生だから」
ん、留学生?
「韓国からの交換留学生が夏休みを利用して来るんだよね」
「日本語はまだまだカタコトの学生が多いから」
「講義はすべて韓国語でお願いね」
か、韓国語!?
いくら人前に立ち慣れたといえども韓国語は別。
雑談で90分間なら、相手もあるのでなんとかなるが、
自分ひとり韓国語で話し続けるというのはしんどい。
しかも一応、講義なので意味あることを話さねばならない。
「た、大変な仕事を引き受けてしまった……」
戸塚駅を降りての感慨は、そんな緊張感のため、
わずか一瞬だけで、時空のかなたに消え去った。
正直、大学受験以上のプレッシャーだった気がする。
ちなみに学生の前で話したのは「日本の韓国料理事情」。
自分の中ではある程度、消化が出来ているテーマだが、
やはり人前で話をするとなると、ぜんぜん違う。
テンパったままなんとか責任時間分は話を続けたが、
学生たちに何が届いたかは、甚だしく疑問である。
終わった後は、過度の緊張で呆然としてしまい、
日もまだ高いうちから、ひとりで飲みに出かけた。
飲んでいても、なかなか心の底がリラックスせず、
ようやく酔いが回ったのは3軒目であった。
さて、そんなボロボロの講義体験であったが、
その中から、さらにスベった話をピックアップしたい。
90分の中にはそれなりにうまくいった部分もあったのだが、
今後に向けての自戒として、ここに書き残しておく。
講義の冒頭で、自己紹介を兼ねるという意味合いから、
僕が最近韓国で食べた料理をいくつか紹介した。
パソコンの画像をスクリーンに映しながら解説。
韓国人でも知らないようなマニアックな料理を並べ、
その料理にまつわる薀蓄などもちりばめていった。
郷土料理を紹介したときなどは、偶然その地方出身の学生がおり、
地元の話を引き出しながら、なかなかいい感じで進められた。
たぶんそんな展開で調子に乗ったのだろう。
準備した小話を披露しようとして思い切り滑った。
大惨事を引き起こした料理はペンデンイフェムチム。
今年僕がハマりにハマっている仁川の郷土料理だが、
いまはその名前を書くだけでも胃がキリキリ痛い。
「けっ、ペンデンイフェムチムめ!」
と妙にやさぐれた気分になる。
いや、もちろん料理に罪はないのだが。
ペンデンイフェムチムは、サッパという魚の刺身和え。
カタカナで書くとややこしくて仕方ないが、
ペンデンイというのが、和名でサッパという魚を表す。
後に続くフェが刺身、ムチムは和え物という意味だ。
ただ、こうやって分解して説明しても、
大多数の人にはピンときにくい料理ではないかと思う。
そもそもサッパという魚の名前に馴染みがない。
たぶん、ママカリという俗称のほうが一般的だろう。
サッパ=ママカリ(飯借り)。
サッパがあまりに美味しく、ごはんが進んでしまい、
ごはんがなくなって隣の家に借りに行く、というのが由来。
刺身、酢漬け、寿司などの調理法が一般的で、
岡山県の郷土料理としても知られている。
その「飯借り」ネタを披露したくてこんな話を作った。
以下は僕がイメージしていた、予定上のストーリーである。
「えー、これは仁川で食べたペンデンイフェムチムです」
「後ろに小さく写っているこの料理、なんだかわかりますか?」
「はい、これも仁川名物のカンジャンケジャンですね」
カンジャンケジャンはワタリガニの醤油漬け。
贅沢なことに、ペンデンイフェムチムの副菜として、
カンジャンケジャンがおかずについてきていた。
「カンジャンケジャンはとてもごはんに合うことから」
「韓国ではパプトドゥク(ごはん泥棒)と呼ばれています」
「ごはんを盗む! という表現はユニークですね」
「日本にもよく似た言葉があり、このメインのサッパ」
「日本ではママカリ(飯借り)と呼ばれます」
「韓国ではごはんを盗みますが、日本人は礼儀正しいので借りに行く!」
このあたりでちょっと学生の反応を待つ。
「と、日本人の僕がいったら嫌味ですか?」
「いえいえ、実は日本にはごはん泥棒がまた別にあって!」
「カツオの胃の塩辛。これを飯盗といいます!」
うまいことを言った、と満面の笑み。
「なお、胃だけでなく全体の内臓を使った塩辛は酒盗」
「日本人はごはんだけでなく、お酒までも盗みに行くんですね」
「みなさんも機会があったらぜひ盗んでみてください」
思いついたときは小ジャレた話だと思ったが、
いま見ると、何が面白いのか自分でもよくわからない。
そもそも韓国語でのパプトドゥクは盗む対象が違う。
日本語でのママカリは人間がごはんを借りに行くのに対し、
韓国語でのパプトドゥクは料理がごはんを盗むのだ。
盗まれたかのようにごはんがなくなる、という表現である。
実際、当日は目も当てられないほどグダグダだった。
礼儀正しいので借りに行く! で学生の反応を伺うも、
特に何のリアクションもなく、ふーんという無反応。
その一瞬で心が慌て、後のくだりがバタバタの駆け足になった。
こうなっては言いたいことの半分も伝わらない。
慣れない舞台で、妙な色気を出すと確実に失敗する。
これまで何度となく繰り返してきた過ちだが、
教壇という分不相応な舞台で、またも血迷ってしまった。
深く反省し、自分への大きな戒めにしたいと思う。
さて、駄話で不幸な巻き添えを食ったペンデンイフェムチム。
僕のせいで悲惨な話の主人公になってしまったが、
その実力は郷土料理の多い仁川でも、主役級の輝きである。
せめて彼の名誉だけは挽回してあげねばならない。
ペンデンイ(サッパ)は春から初夏にかけてが旬。
仁川の中でも旅客ターミナルのあるエリア、
沿岸埠頭と呼ばれる地域に専門店が集まっている。
タクシーを降りてみると、
「ペンデンイフェムチム通り」
との看板があり、その前に老朽化したビルが建っていた。
韓国の地方都市にありがちな、市場と飲食店の集合体。
決してキレイな雰囲気ではないが、お客さんは多かった。
僕は事前に調べておいた1軒の有名店に入る。
大通りに面した「クムサン食堂」という店だ。
中に入ってひとりであることを告げると、
「食事になさいますか!?」
と厨房から大声で聞かれた。
その「食事」という単語に少し戸惑い、
「ちょっと考えます」
と返事をしてメニューを眺める。
韓国で「食事」といえば1人前の1品料理だが、
それが目当ての料理なのか確信がなかった。
ペンデンイフェムチムは6000ウォン。
ペンデンイ以外にも、ヤリイカ、コノシロ、ヒラなど、
他の魚介を使ったフェムチムもあるようだ。
また、ペンデンイは刺身というメニューもある。
中サイズで2万ウォン、大サイズは2万5000ウォン。
大勢で来て焼酎を飲むなら、まずは刺身であろう。
だが、残念なことにこの日の僕はひとりきりである。
周りの人たちを見渡してみると、
なにやら丼料理を食べている人が多い。
見た目、フェドッパプ(刺身丼)のような感じ。
なるほど、とピンときた僕は、
「ペンデンイフェムチムはごはんと一緒ですよね」
と一応確かめてから注文をした。
返答はまさにその通り。
この店ではペンデンイフェムチムこそが「食事」であり、
飲み目的でなく、食事目的の人はみなこれを頼む。
目の前に並んだのは7つの器。
ペンデンイフェムチムが皿に盛られて1品。
より大きな丼にキビが混ざったごはんが入って1品。
ごはんが丼で出てくるというのは、混ぜろということだ。
ざるに入ったサンチュも、一緒に出てきており、
これはちぎって入れろ、という意味だと推測した。
ほかには白菜キムチ、茎ワカメのナムル、菜っ葉入りの味噌汁。
そして小話のネタになったカンジャンケジャンがつく。
1人前の食事にしてはなかなか贅沢なラインナップ。
ひとしきり眺めて、また写真も撮ってから、
まずメインのペンデンイフェムチムに箸を伸ばしてみた。
本来ならいきなりごはんと混ぜるのが作法だろうが、
初めての料理だけに、そのままの味も試したい。
ペンデンイの刺身に、キュウリ、タマネギなどの生野菜。
それらを混ぜ合わせたところに、甘酸っぱいタレを加えている。
タレには粉唐辛子も入っているので、全体は真っ赤だ。
まず感じられたのはやはりタレの甘味、酸味、辛味。
噛み締めていく中から、ひょこんと魚の旨味が顔を出す。
小さな青魚ということで、よくコハダと比較されるが、
食べてみるとサッパとコハダはやはり風味が違う。
おぼろげな輪郭から、浮かび上がってきたのはママカリ漬けの味。
少しざらっとした食感ながらも身を噛み締める旨味があり、
旬の青魚が持つ、脂の味も充分に楽しめる。
「なるほど、これは美味しい!」
日本でママカリの異名を取るだけあって、
ごはんとの相性もさすがに抜群だった。
思えば、ペンデンイフェムチムという料理名。
これはあくまでもサッパの刺身和えであり、
ごはんと一緒に食べるという要素は含まれていない。
にもかかわらず本場ではそれが「食事」と呼ばれ、
ごく当然のこととしてごはんが一緒に出てくる。
そこには、
「この魚はごはんに合うのだ!」
という日韓の不思議な共通性が透けて見える。
その事実に気付いた僕は、ひとりニヤニヤしつつ、
目の前のごはんをスプーンでかっ込んでいった。
さて、ペンデンイフェムチムの話は以上である。
いまこうして文章でその体験を振り返ってみるに、
余計な小話はせず、ストレートにその魅力を語ればよかった。
そんな後悔がふつふつと心の底から沸いてくる。
いや、そもそも韓国料理でなくともよかったかもしれない。
冷静に考えて、相手は韓国から来た留学生である。
自分の守備範囲にこだわって韓国料理の話をしたが、
むしろ築地市場の話でもしたほうがよかった気がする。
築地市場はどんな韓国人にも喜ばれる魔法のスポットだ。
そんな風にいまも反省の日々ではあるが、
実は90分間話をして、ひとつだけ嬉しかったことがある。
それは講義が終わって、教室からぞろぞろ出て行くとき。
ひとりの女子学生が僕にひと声かけていった。
「先生、パク・ヘイルに似てますね!」
びっくりして一瞬声が出なかった。
パク・ヘイルといえば『殺人の追憶』や、
『グエムル~漢江の怪物~』に登場する人気俳優。
エンタメに疎い僕でもその名前は知っている。
うまくいかなかった講義体験ではあったが、
そんな一言でもなんだか救われた気持ちになるもの。
3軒ハシゴをした後、酔っ払って家に帰り、
「女子大生にパク・ヘイルに似てるっていわれた!」
と妻に満面の笑顔で報告をした。
だが、妻は極めて冷静である。
「パク・ヘイル? それ褒め言葉でもなんでもないよ」
「イケメン俳優じゃないし、そもそもまったく似てないし」
「あはは、そんなんで浮かれてたんだー!」
救われた気持ちは一瞬で打ち砕かれ、
結局、落ち込んだままの講義体験となった。
後は不貞寝を決め込むばかりである。
<お知らせ>
仕事が忙しくHPの更新ができません。
落ち着いたら、まとめて更新したいと思います。
http://www.koparis.com/~hatta/
<八田氏の独り言>
パク・ヘイルの作品は『人魚姫』を見ました。
いい男だと思うんですけどね。僕が似ているかは別として。
コリアうめーや!!第204号
2009年9月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com
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