コリアうめーや!!第131号

コリアうめーや!!第131号

<ごあいさつ>
8月15日になりました。
日本では終戦記念日、韓国では光復節。
今年は小泉首相の靖国神社参拝を巡り、
さまざまな論議が紛糾しているようです。
毎年8月15日はこんな感じだったかな、
と過去のごあいさつを振り返ってみたのですが、
意外にそうでもなくて驚きました。
このごあいさつで靖国神社の話に触れたのは、
ごくごく初期、2001年の第11号のみです。
あとは新サンマが登場してどうしたとか、
オリンピックが開幕してなんとかみたいな話ばかり。
日韓の食文化理解には貢献しているつもりですが、
相変わらず日韓関係そのものには無縁なメルマガです。
そして今号のコリアうめーや!!でも、
ちょっと妙な角度から日韓の食文化をとらえました。
意外な共通点あり、共通しない点もあり。
主役は地味ですが渾身の力を込めています。
コリアうめーや!!第131号。
スポットライトを1点に絞る、スタートです。

<真剣に考える韓国料理と大根の関係!!>

最近、どうもおかしい。
もしかしたら僕は恋でもしているのだろうか。
何をしていても上の空だったりする。

仕事をしていても手につかないし、
知らず知らずのうちにため息などついている。
窓の外を眺めて「フウッ」なんて似合わないこと甚だしい。

いったい僕はどうしてしまったのだろうか。
寝ても覚めてもキミのことだけを考えている。

ああ、大根、ダイコン、蘿蔔、DAIKON……。

「なんてアホな書き出しは今回で最後にしようね!」

両手でほっぺたをパシンと叩いてギュッと絞り上げ、
目を見て、よく言い聞かせたところで本題に入る。

今回のテーマは韓国料理と大根の関係である。

話の発端は些細なことであった。

居酒屋で季節外れのふろふき大根を食べていたとき、
同席していた友人のひとりがこんなことを言った。

「ホフホフホフ、やっぱり大根はうまいねえ。
 日本野菜の鑑だよね。煮てもうまいし、漬物でもうまい。
 特に大根おろしなんていったら日本人の英知ですよ。
 焼き魚には欠かせないし、しらすおろしにイクラおろし。
 どう? 韓国にも大根おろしはあるの?」

突然、問いかけられた僕は答えにぐっと詰まる。

「うーん、いや、韓国ではほとんど見ないね」
「ないの? じゃ、焼き魚とかはあまり食べないんだ」
「焼き魚自体はけっこう食べるんだけど……」
「サンマとかも?」
「そうね、秋になるとずいぶん食べるね」
「それで大根おろしなしにどうやって食べるの?」
「し、塩で……」
「塩だけで!? それはちょっと寂しいなあ」

いい気持ちで酔い始めていた友人は、
その後、10分間に渡って大根おろしの優秀さを語った。
もちろん僕自身も日本人なのでその優秀さはよく知っているが、
こういう状況になると、立場は韓国代表なのでつらい。

「じゃあ、韓国ではどうやって大根を食べるのさ?」

勢いがついた友人は、イクラおろしを追加注文しながら言った。

「そうねえ、代表的なのはやっぱりキムチじゃないかな」
「ああ、はいはい。あれね。えーと、カクテキ!」
「うん。韓国語ではカクトゥギって発音するけどね」

日本ではカクテキ。正しい韓国語ではカクトゥギ。
より正確に発音するならば、カクトゥギの「ク」を弱めにし、
カットゥギとカクトゥギの中間くらいで読む。

大根をさいの目に切って漬けた歯触りのよいキムチだ。

ただ、韓国に行くと大根を素材に作るキムチは多く、
カクトゥギだけが大根キムチでないことに驚く。

大根を千切りにして作るキムチ、切り干し大根のキムチ、
10センチほどの小さな大根を使って作るキムチがあれば、
間引いた大根の葉のみを使って作るキムチもある。

韓国では「大根キムチ=カクトゥギ」ではない。

というような話を僕が韓国代表として語ると、
それに対して友人はさらに切り返してきた。

「確かに種類は多いかもしれないけどキムチは漬物だろ?
 日本でもたくあんとかべったら漬けとか漬物の種類は多いけど、
 それをあえて大根料理として語ったりはしないよな。
 ふろふき大根みたいに大根が主役の料理はないのかよ?」

酔っ払った勢いからか、友人はやけに細かく絡んできた。
僕も仕方ないなあ、と思いつつ、成り行き上それを考える。

「えーと、大根が主役の韓国料理だろ……」

と、悩んだままその後1週間が経過。
冒頭の恋わずらい云々へと戻るのである。

韓国料理に大根は欠かせない。
ただ、主役となるとこれが実に難しい。

多くの料理において大根のポジションは脇役。

日本料理の場合でもその役割は似ているが、
印象的に主役格といった料理がいくつか存在する。

例えば、おでん。

おでんの大根と言えば、他の食材を圧倒する1番人気。
人気種のアンケート調査でも、たいていは大根がトップだ。
大根のためにおでんがある、と言っても過言ではない。

一方、韓国にもおでんはあるが大根は入らない。

韓国でのおでんは串に刺した屋台料理。
魚の練り物が主役で、具のバリエーションは乏しい。

紙状のピラピラした練り物がジグザグに刺さっているか、
細長い棒状の練り物がブスッと突き刺さっているか。
後はごく稀にコンニャクが見られる程度である。

大根、チクワ、卵、ハンペン、昆布などは一切なし。

韓国におけるおでんは食事でも酒のつまみでもなく、
小腹が空いたときに食べるファストフードなのである。
手早く食べるには、串に刺さった練り物がベストなのだろう。

もちろんこれはこれとして充分魅力的なのだが、
大根の視点から考えるとなると、なんとも寂しい話だ。

実は、かつて1度だけ、韓国でおでんの大根を食べたことがある。
地元に住む日本人の友人が、近所の屋台で大根を注文。

なんと、韓国でも大根を食べるのかと驚いたが、
詳しく話を聞いてみると、それは売り物ではなかった。

「大根はスープの味をさっぱりさせるのに使うのよ
 売り物じゃないから、最後には捨てちゃうものよね。
 食べたいなんていうのはこのお兄ちゃんくらいよ」

屋台のおばちゃんはそう言うとガハハハと笑った。

焼き魚にせよ、おでんにせよ、日本では欠かせない大根だが、
韓国ではまるで重要なポジションに置かれていない。

では、韓国ではどのように大根を食べているのだろう。

主役格となるとほとんど見かけないのが現状だが、
脇に回ってみると、意外なまでに活躍の場は多く幅広い。

まず焼肉。それも牛焼肉でなく主に豚焼肉。

韓国の焼肉はサンチュなどの葉野菜に包んで食べるが、
そこへ薄切りにした大根の酢漬けを1枚はさむといい。

豚肉の脂に適度な酸味と爽やかさを加え、
全体をキュッと引き締めて舌を飽きさせない。
次の1口を促す、絶妙の脇役となる。

そして麺料理の代表としては冷麺。

冷麺のスープは牛肉ベースが一般的だが、
そこにトンチミという大根キムチの汁が加わる。
これまたさっぱりとした風味でスープを引き立てる。

合わせて具にも大根キムチが入ることが多い。
唐辛子を入れない白いキムチを薄切りにして加える。

ついでに言えばキムチにも大根は入る。

自身を主役としたキムチは先ほどいくつか紹介したが、
白菜キムチ、キュウリキムチの中にも具として含まれる。

他にもビビンバに大根の千切りキムチが入ったり、
キンパプ(海苔巻き)に細切りのたくあんが入ったり。
あるいは韓国ではフライドチキンを食べる際に、
出会いものとして、角切り大根の酢漬けが用意される。

大根は韓国料理全般にまたがって活躍する名脇役だ。

というあたりまで考えたのが1週間の成果。

脇を彩る大根の素晴らしさはずいぶん思いついたが、
それでも主役級と言えそうな料理は見つからない。

以下に紹介する3品は苦しみの中からやっと見つけたもの。

韓国料理を食べ歩いた中で、特に印象的だった大根料理。
厳密には大根が材料に含まれる料理である。

1品目の料理はコドゥンオチョリム。

料理名を直訳するとサバの煮物となるが、
この料理は大根を欠かすと魅力が半分以下になる。

日本で言うなればブリ大根的な料理。

韓国ではブリのかわりに新鮮なサバを用い、
唐辛子をたっぷり加えてピリ辛に味付ける。

柔らかく煮込まれたサバ自体も美味ではあるが、
この料理の真髄はやはりサバの旨みを吸った大根である。

多少大きめくらいの大根を口の中へと放り込み、
抵抗なく崩れるところを追い討ちのように噛み締める。

瞬時、ジュワッとにじみ出てくる大量の煮汁。

大根の繊維1本1本の間を縫うようにして、
サバの大群が泳いでいるような錯覚にすら陥る。
大根を美味しく食べる至福の韓国料理だ。

同様の料理にタチウオと煮込んだカルチチョリムがあり、
こちらもやはり大根を美味しく食べることができる。

サバとタチウオはいずれも済州島産が有名で、
現地では郷土料理のひとつとしても人気を集める。
済州島に行ったらぜひ食べておきたい料理だ。

2品目は韓国の中東部、安東(アンドン)の郷土料理。
安東はかつて両班や儒学者を多数排出した由緒ある土地で、
他地方には見られない独特の料理を数多く残している。

中でも異色な存在なのが安東シッケという飲み物。

名前の通り、安東地方のシッケということなのだが、
通常シッケと言えば、ごはんに麦芽を加えて発酵させたもの。
甘酒にも似た雰囲気で、米のジュースとも表現される。

全国的にも親しまれている庶民的な飲み物だが、
あくまでも米を原料として飲み物で他の食材は入らない。

ところが、どうしたことか安東においてのみ、
角切りにした大根を入れ、唐辛子やショウガも加えるのだ。
一見甘さとは相反しそうな食材ばかりだが、
これが実に不思議な清涼感でまとまっている。

ショウガの香りと唐辛子のぴりっとした辛さ。
そして大根のカリカリとした食感が妙な面白さを加える。

シッケが持つさっぱり感を、より際立たせたような印象。
なぜうまいのか、自分の味覚を疑う美味であった。

3品目は済州島の市場で食べたピントク。

くるくる巻いた餅という意味で、これも郷土料理である。
餅と言いながらも、実際はソバ粉を使ったクレープという雰囲気。
中に薄く塩味をつけた大根の千切りを巻き込んで作る。

これを食べたのは、地元民しか行かないような在来市場だった。

現地では冠婚葬祭の席に欠かせないとも聞くが、
観光客としては、あまり見かけない料理であると思う。

市場ではひとりのおばあちゃんが細々と作って売っていた。
地べたにゴザを敷き、携帯コンロとフライパンで焼くスタイル。
露店とも言えない規模の小さな個人営業の商品である。

市場歩きのついでにと、買って歩きながら食べたのだが、
あまりのうまさにとって返し、もうひとつ買って食べた。

外側はもっちりした食感でソバの香りがぷんぷん。
噛み締めると、ジャッキリ賑やかな歯触りの大根が登場する。
どこまでも素朴ながら、意外に気のきいた組み合わせだ。

郷土料理の多い済州島の中でも特に印象的だったが、
その後、済州島を2度訪れつつも見つけることが出来ない。
いつかぜひもう1度食べたい済州島料理のひとつだ。

という以上の3品が1週間悩み抜いた白眉。
いずれもが韓国大根料理の傑作だと信じている。

ただ、どれも大根が重要な役割を果たしてはいるが、
寂しいことに、料理名にすら大根という名前は登場しない。
それぞれに大根の魅力を活かした料理ではあるが、
やはり大根が主役の料理とまでは言えないと思う。

大根は韓国の食文化に広く貢献する野菜である。
相手を問わず、数多くの食材と手を結ぶ貴重な野菜でもある。
奥ゆかしさゆえに、地味な存在のまま埋もれているが、
その功績はもっともっと高く評価されていいと思う。

だからこそ僕はここに叫ぼう。

大根に未来を! 大根に光を!
そして大根に主役の道を!

現在、大根が置かれている地位は不当に低い。
それこそが大根の魅力と言ってしまえばそれまでだが、
花道となる料理もひとつくらい欲しいではないか。

韓国料理を代表する大根料理が見たい。

大根が主役の座を獲得するその日まで。
僕は大根の応援団長として頑張る所存である。

<お知らせ>
大根料理の写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/

<八田氏の独り言>
大根足、大根役者と比喩表現でもマイナスな大根。
韓国語でも女性の足は大根足(ムダリ)だったりします。

コリアうめーや!!第131号
2006年8月15日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com



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