コリアうめーや!!第119号
<ごあいさつ>
2月15日になりました。
忌まわしのバレンタインデーが過ぎ去り、
平穏無事な2月が戻ってきました。
え、チョコレートですか?
ええ、もらえませんでしたとも。
当然3月14日にもまるで用がないので、
後は4月14日のブラックデーを待つだけです。
ブラックデーは韓国ならではのイベントデー。
チョコにまるで無縁だった寂しい男女が、
ブラックな気分でブラックな料理を食べる日です。
韓国でブラックな料理といえば、
黒味噌をどろっとかけたジャージャー麺。
衣装もできるだけ黒いもので揃え、
食後はもちろんブラックコーヒーです。
ホームページでブラックデーの集いを呼びかけたら、
かなりの応募があったのでほっとしました。
4月まで毒を吐きながら強く生きようと思います。
コリアうめーや!!第119号。
何かを振り払うように、スタートです。
<2月はキンパプの月なのです!!>
突然だが2月はキンパプの月である。
キンパプとは韓国式の海苔巻きのこと。
日本の海苔巻きともよく似ているが、
味付けや、中に入る具は日本のものとだいぶ違う。
まず大きく違うのはごはんである。
日本の海苔巻きには酢飯を使用するが、
韓国では酢を使わず、ゴマ油と塩で味付ける。
海苔を巻いた外側にもしっかりペタペタと塗る。
かぐわしくも香ばしい風味が特徴だ。
中に入る具も日本とはずいぶん違う。
細巻きはなく、基本的に太巻きだけを作るのだが、
具の数がはるかに多く、また個性的だ。
日本と共通する具は卵焼き、キュウリ、たくあんくらい。
アナゴ、カンピョウ、でんぶなどは入らず、
かわりにハム、ツナ、チーズといった洋風食材が入ったりする。
定番どころではホウレンソウのナムル、炒めたニンジン、
キムチ、牛肉、カニカマボコ、エゴマの葉などが入る。
具の選択は自由だが、具だくさんに作るほうが美味しい。
最低でも6、7種類。多ければ10種類以上を豪快に巻く。
なにしろ韓国料理の味付けは「複合」こそが美学。
個々の素材を活かした味付けよりも、
ビビンバ的に混ざり合った味がよしとされる。
キンパプもこの思想に基づいて作られる。
そのキンパプを2月に食べる。
これは特に韓国でそう決まっているわけではなく、
僕が勝手に考えた決まりごととしてそうなっている。
季節うんぬんを問うなら、むしろ春から初夏だろう。
遠足などのお出かけのお弁当として活躍する料理なので、
ポカポカと暖かくなった5月あたりが旬と言える。
とはいえ季節を問わず、外で食べればいつでも美味しい。
料理そのものとしてはオールシーズンものだ。
ではなぜ2月にキンパプを食べるのか。
ひとつは節分に恵方巻きを食べるという日本の風習から。
関西では馴染み深い風習だとのことだが、
僕の住む東京あたりでは、ここ数年の間で急速に広まった。
どのみち馴染みのない風習なので、
好き勝手にアレンジしてみるのも楽しかろう。
という解釈から、今年の2月3日には、
韓国式にキンパプを丸かぶりするイベントを開催した。
「韓国好きはキンパプを恵方巻きにするのだ!」
という、よくわからない身勝手な理屈をこしらえ、
恵方を向いて願い事をしながらキンパプを食べた。
ご利益があるのかどうかはわからないが、
これはこれとして楽しかったのでよしとしたい。
もうひとつの理由は、2月に友人の誕生日があるから。
留学時代から親しくしているヌナ(姉さん)の誕生日で、
彼女は僕の誕生日に、いつも韓国式のおこわを作ってくれる。
韓国ではお祝いごとのときに作る料理で、これがめっぽう美味しい。
そのお返しとして去年からキンパプを作っている。
ごはん料理のお返しにごはん料理。
脊髄反射にも似た、あきれるほどの短絡的思考だが、
これもこれとして楽しいのでよしとしている。
人が喜ぶから贈るというのではなく、
自分が楽しいから贈る、という本末転倒のプレゼント。
ワガママ極まりない話だが、
長い付き合いなので理解してもらっている(と思う)。
去年はただのキンパプでは芸がないということで、
キンパプに名前を彫り込めないかと工夫してみた。
しばらく悩んで思いついたのが2色ごはんの組み合わせ。
ゴマ油と塩で味付けた白いキンパプ用ごはんと、
オレンジ色のキムチチャーハンという2種類を用意。
海苔で上手に境界線を作り、白地にオレンジの文字を作った。
ひらがなでは難しいのでハングルを使用。
画数の多い文字はやや微妙な出来具合であったが、
まあ読めないこともない、という文字キンパプが完成した。
金太郎飴のように、どこから切っても名前が出てくるという、
世界に2つとないキンパプを作って贈った。
今年はその手作りキンパプ第2弾。
前代未聞の「カニキンパプ」を作ってみた。
地方の祝い寿司などでよくあるアレである。
中の具を巧みに配置し、カニの絵を浮かび上がらせる。
カニをモチーフにした韓国式の飾り寿司を作ろうということだ。
ちなみにカニキンパプを作ることにしたのは、
前回、文字キンパプを作ったときの反省から。
色違いのごはんで文字を書くアイデアはよかったが、
イメージが先行しすぎて、技術が伴わない部分があった。
飾り巻きを作るには、それなりの経験が必要。
自己流で作ることに限界を感じたので、
今回はきちんとしたレシピを探すことにした。
日本式の巻き寿司でも、具をアレンジすればキンパプになる。
見つけたのは「寿司ネット」というサイト。
そこにカニの巻き寿司が紹介されていた。
季節的にも梅の花あたりを作りたいところだったが、
その作り方は書かれておらず、あったのはカニだけだった。
誕生日にカニ。キンパプでカニ。
そこに必然性はないが、かわいらしさはある。
何故カニなのか、という疑問は胸の中にぐっと閉じ込め、
カニキンパプ作りに取り掛かった。
カニキンパプを作るにあたり選んだ具は6種類。
キンパプとしては少なめだが、図柄の関係上多くもできない。
卵焼き、ハム、ツナ、スライスチーズ、キュウリ、エゴマの葉。
キンパプらしさを表現する、必要最小限のメンバーを揃えた。
本来ならばここに、たくあんあたりも入れたいところだが、
無理をしてカニのイメージを壊しては元も子もない。
これらの具とパーツの組み合わせは以下の通り。
・ハム → 目
・卵焼き → 胴体
・キュウリ → ハサミ
・その他 → 足
ハムはキンパプ用の細長いものを、さらに細くして2本使用。
卵焼きは両脇を切り落として、細長い直方体にする。
キュウリはタテ方向に4分の1カットで、これも2本使用。
V字の切り込みを入れて、断面がハサミ型になるようにする。
下ごしらえのひとつひとつが完成形に影響するので、
いつになく細かく丁寧に作業を進めていった。
文章で作り方を解説するのは難しいが、
イメージを伝えるためにも、少しずつ書いていくことにする。
下ごしらえが終わったら、まずは足部分から作る。
使用するのはツナ、スライスチーズ、エゴマの葉の3種類。
これらの薄い食材を、海苔ではさんで足にするのだ。
2分の1に切った海苔の、タテ半分に薄く具を敷き、
パタンと畳んで細長い「海苔の板」を作る。
3種類の具で同じことをし、3つの板が出来たらこれを重ねる。
間にごはんを敷き詰め、海苔、ごはん、海苔、ごはんの順でドッキング。
細長い層状のものが出来たら、これを包丁でタテに切る。
横から見ると、全部で6本の足が出来たことになる。
これにキュウリのハサミを2本足して足は8本。
カニは10本足が正式だが、レシピの段階ですでに8本だった。
10本まで作ってしまうとうまく収まらないのかもしれない。
あるいはタラバガニだと思えば8本で正しい。
胴体は断面を真四角にした卵焼きを海苔で巻いて使う。
この胴体の両脇に、6本の足と2本のハサミを配置し、
上に目玉のハムを乗せると、全体の形が出来上がる。
間にはバランスがとれるよう上手にごはんを埋め込み、
最後に大きな海苔で全体をぐるっと巻いて完成だ。
こうして書いてみると簡単なことなのだが、
実際に作ってみると、難しいことだらけであった。
しかも中を欲張りすぎたのか、やけに太いキンパプになった。
微妙にごはんの量が多かったのかもしれない。
無骨なまでに大きなキンパプを見て、少々不安になる。
「うーん、中はきちんとカニになっているだろうか……」
切ってみなければ成否はわからないので、
期待と不安を混じらせながら、包丁を入れてみる。
ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ……。
中の具とごはんを包丁が静かに切り裂いていく。
そして、緊張の一瞬。
固唾を飲んで、真ん中から切り口を開いてみると、
色鮮やかな図柄がひょこんと顔を出した。
「カニ…………カ、カニ???」
思わず断面にぐぐっと顔を寄せる。
これが目。これが足。ハサミが少々ずれたようだ。
カニに見えなくもないが、胸を張ってカニとも言いがたい。
全体的にどこかへにゃっとゆがんだ感じ。
「むう、これはカニでよいのだろうか……」
自分の作ったカニをしばし呆然と眺める。
最初にイメージした状態とは、若干のズレがある。
しばらく眺めていて、何かに似ていると気付いた。
何だろう。ずいぶん昔に、見た記憶があるような……。
えーと、えーと、えーと……。
「カニ、カニ、カニ…………あ、インベーダー!?」
インベーダー、インベーダー!
懐かしのゲームキャラにどこか似ている。
大発見だ。カニはデッサンが狂うとインベーダーになる!
驚愕の事実を発見し、一瞬大喜びしたが、
よく考えてみると、まったく喜んでいる場合ではない。
せっかくの誕生日プレゼントがこんなことでよいのか。
実に悩ましいが、出来てしまったものは仕方がない。
強引に言い張ればカニに見えないこともないはず。
結局カニキンパプとしてそのままプレゼントした。
ヌナ(姉さん)には喜んでもらったが、
それはこれまでの長い付き合いと、
「こいつ仕方ねえなあ」
という諦めにも似た優しさがあったのだと思う。
インベーダーに似たカニキンパプは、
誕生日祝いの席で、みんなの胃袋にしっかり消えていった。
2月は年に1度キンパプと真剣に向き合う月。
付き合わされる人たちにしてみれば災難なことだが、
僕はこれからも、まだまだキンパプを作るつもりである。
文字キンパプ、カニキンパプと続いて来年はどうしよう。
もうちょっと修行してまともなキンパプを作りたい。
調べてみたら、飾り巻きのレシピをまとめた本もあるようだ。
それを購入して1年間コツコツと特訓をしようか。
ああ、今から来年の2月が待ち遠しい。
<お知らせ>
カニキンパプの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/
<お知らせ2>
今年から新たにブログを始めました。
日々食べている韓国料理の記録を残しています。
http://koriume.blog43.fc2.com/
<八田氏の独り言>
待ち遠しいと言いつつ2月はあと半月あります。
別の挑戦が出来ないか、ひそかに思案中です。
コリアうめーや!!第119号
2006年2月15日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com