コリアうめーや!!第55号
<ごあいさつ>
日本全国続々と梅雨入りしました。
今年は4月、5月と雨の多い月が続き、
やっと晴れ間が見えるようになったのですが、
これでまた雨の毎日に逆戻りでしょう。
からっと晴れて欲しいとは思いつつも、
憂鬱な梅雨があってこその晴れやかな夏という気もします。
日々傘の心配をする煩わしさはありますが、
夏の太陽を思ってじっと我慢することにします。
さて、今号のコリアうめーや!!では、
ちょっと趣向を変えてみました。
美味しい韓国料理を食べるだけでなく、
その舞台裏にまで切り込んでみたい。
そんな念願かなった工場見学の話です。
ビビンバを語る上で絶対に欠かせないあの器。
コリアうめーや!!第55号。
じりじり焦げつくスタートです。
<コリアうめーや!!的工場見学!!>
ちゅいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!
目の前で、巨大な丸ノコが岩に噛みついていく。
耳をつんざくような高音。空気がビリビリと震えている。
ちゅいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!
丸ノコは超高速で回転しながら岩にくい込んでいく。
少しずつ前後しながら、ゆっくりと岩を切り裂いていくのだ。
頑強な岩と丸ノコの真剣勝負に、僕は目を奪われた。
「この巨大な岩を、まず均等な厚さにスライスしなければならない。普通の刃ではとても切ることができないから、特別なダイヤモンドの刃を使用する。といっても宝石になるダイヤとは違う。一般ダイヤといって、まったく用途の違うダイヤだ。」
工場を経営する社長の息子さん。
現場を取り仕切っている2代目が、僕に説明をしてくれる。
太いまゆ毛に、ごつい輪郭、無愛想な表情。
一見とっつきにくそうだが、話してみるとそうでもなかった。
「この岩は長水(チャンス)というところでとれた蝋石だ。長水産の蝋石が、ビビンバの器として最適だといわれている。」
工場の敷地内には、巨大な岩が無造作に積み上げられていた。
人力では到底動かすことができないくらいの巨大な岩である。
僕は石焼きビビンバの器を作る工場に来ている。
石焼きビビンバは、全州という町で生れた世界的傑作料理。
ギンギンに熱された石の器が、ビビンバをいつまでもアツアツに保つ。
食べ終るまで冷めることがなく、パリパリのオコゲまでついてくる。
これほどまでに機能的かつ魅力的な器は他にない。
石焼きビビンバの魅力は、5割器だといっても過言ではないだろう。
石焼きビビンバを語るためには、まず器を学ばなくてはならない。
そう思った僕は、石焼きビビンバの器を作る工場を見学することにした。
ぎゅいぎゅいぎゅいぎゅいぎゅいぎゅいぎゅい!!
「均等な厚さになった石板を、ここで円形にくりぬく。ようく見てみろ。円形に刃がついているだろう。これはさっきの丸ノコと同じでダイヤモンドの刃だ。」
地面と平行に置かれた石板を、上から円筒状のもので押さえつけている。
この円筒を高速回転させることによって石板をくりぬくのだ。
ぎゅいぎゅいぎゅいぎゅいぎゅいぎゅいぎゅい!!
まるでクッキーでも型抜くかのように、岩をくりぬいていく。
ボコンとくりぬかれた円盤は、巨大なラムネ菓子のようだ。
「あんな岩が、こんなになっちゃうんだなあ……。」
厚さ10センチ、直径20センチの美しい円盤。
僕はそのあまりにも見事な切れ味に、思わずため息が出た。
「円盤状に形を整えたら、今度は中をくりぬく番だ。こっちへ来なさい。」
2代目が笑わない目で、僕を工場内部に案内する。
工場の中には、作業順にそれぞれ機械が設置されており、
担当者がひとりずつついて仕事をしていた。
巨大電子レンジのような機械の前に立ち、2代目は前カバーを開けた。
そこにラムネ菓子状の石板を固定し、再び前カバーを閉じる。
「そのカバーは閉じなきゃだめなんですか?」
「なぜだ。」
「いや、中の写真を撮りたいなと思って……。」
「ふん。開けておいてもいいが、とんでもないことになるぞ。」
「え……?」
「充分に離れてから撮影をしなさい。」
2代目はそういうと、僕を大幅に下がらせた。
「いくぞ。」
ぎゅわぎゅわぎゅわぎゅわぎゅわぎゅわぎゅわぎゅわ!!
ぴしゅんぴしゅんぴしゅんぴしゅんぴしゅんぴしゅん!!
「どひゃあぁぁ!!」
石板は電子レンジの100倍くらいのスピードで回転した。
同じくダイヤモンドの刃で、上から削っていくのだが、
それと同時に大量の水がかけられる。
石板が高速回転をしているので、当然のごとく水はあちこちに弾け飛ぶ。
削られた石粉混じりの濁水が、ぴしゅんぴしゅんと大量に飛んできた。
自分のデジカメを守るだけでも精一杯。
危なく泥ネズミになるところだった。
「カバーを閉じないとそうなる。だから必ずカバーをかけるのだ。」
2代目はそういうと、緑色の前カバーを閉じた。
電子レンジはゴウンゴウンと音を立てながら、黙々と器の内部を削った。
しばらくしてできあがったのは、円形のすずりみたいなものだった。
内部は丸く削られているものの、外側はまだ角張ったままだ。
段々と器らしくなってきたが、作業はまだ続いていく。
「今度は外側を削る作業だ。横向きに固定し、回転させながら削っていく。」
身体と正対するように、底を背にして器を固定する。
機械のスイッチを入れると、器は時計回りに高速回転を始めた。
器の底にあたる部分に棒状の器具をあてると、
面白いように角がとれて滑らかになっていく。
ぎゅわうんぎゅわうんぎゅわうんぎゅわうんぎゅわうん!!
微妙に角度を変えて、底をさらに丸く削っていく。
器のふちの部分も、面取りをするように、削っていく。
ぎゅわうんぎゅわうんぎゅわうんぎゅわうんぎゅわうん!!
みるみるうちに、という言葉が最も適当であろう。
ついさっきまで無骨な巨大岩石だったにもかかわらず、
ふと見れば、ここではもう食堂で見るビビンバの器と変わらない。
さながら手品を見せられたような、ほわんとした驚きが僕を包んだ。
「さあ、仕上げだ。こっちへ来なさい。」
2代目は機械から器を外し、最終行程の作業場へと向かった。
しゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃり。
最後は全体を砥石や紙やすりで滑らかにする作業である。
食器として使い勝手よく仕上げ、これでビビンバの器は完成となる。
「どうだ、けっこうな手間がかかるだろう。」
2代目は完成したビビンバの器を手にし、初めてにっこりと笑った。
「この器ひとつに、6人の手が必要になる。岩石をフォークリフトで運ぶ人、均等な厚さに切断する人、それを円盤状にくりぬく人、器の内部を削る人、外側を型取る人、全体を滑らかに仕上げる人。たった1つの器だが、それを作るのは簡単なことではない。」
僕はひとつ大きく頷いた。
「例えばこの器ひとつを、ウチでは5500ウォンで卸している。最近は安い中国産が輸入されていることもあって値段を下げているが、景気のよかった頃は7~8000ウォンで卸していたこともある。そのへんの食堂で食べる石焼きビビンバ1人前よりも、器のほうがよっぽど高い。これを韓国の諺で、腹より臍のほうが大きいという。」
2代目は少し複雑な表情で笑った。
僕は出来あがった器を見て思った。
韓国には美味しい石焼きビビンバを出す店がたくさんある。
たくさんの人たちが、美味しい美味しいといって食べている。
だが、その美味しいという賞賛のほとんどは、料理人や店に贈られるものだ。
器を作った人たちへの賞賛は聞いたことがない。
石焼きビビンバというのは非常に特殊な料理である。
器なくして石焼きビビンバという料理は存在しえない。
そして、その器を作るためには、大変な手間がかかるのだ。
韓国に行って、本場の石焼きビビンバを食べる。
オコゲまでしっかり堪能した後の「ごちそうさま」は、
縁の下の力持ちにも、奉げて欲しい。
<お知らせ>
工場見学の写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/
<お知らせ2>
「韓国料理好きに100の質問」という企画を行っています。
回答者を広く募集しておりますので、よかったらご協力ください。
http://www.koparis.com/~hatta/question/question_000.htm
<八田氏の独り言>
工場見学をシリーズ化できればと思っています。
食に関わる、色々な工場を見て回りたいです。
コリアうめーや!!第55号
2003年6月15日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com