来月発売される新刊の校正作業が佳境です。
通常、原稿は著者や編集者が何度となくチェックをしますが、
それとともに外部の校正者に依頼をして見て頂きます。
毎度思うのですが、プロの校正者というのはすごいんですよね。
著者が気にも留めていなかったような間違いがどんどん出てきます。
僕自身、その繰り返しで少しずつ勉強をしてきました。
で、今回指摘を受けたのが、
「水刺間」は「水剌間」とする例もあるようなので確認を。
というもの。
読み方は「スラッカン」で王様の食事を作る厨房を意味します。
うっかりすると、何が違うのかすら見落としそうですが、
「刺」と「剌」
という違いです。
左は「刺(さ)す」で、右は溌剌(はつらつ)の「剌」。
よく似ていますが、まったく別の漢字です。
僕は今までずっと「刺す」ほうで書いていましたが、
確かに検索をかけてみると「溌剌」のほうも出てきます。
じゃあ、ということで調べ直したところ……。
ネットの百科事典は「刺す」ほう。
また別の百科事典も「刺す」ほう。
念の為、漢字辞典も調べてみましたが、
赤線を引っ張ったところに「スラのラ」と書かれています。
まあ、これだけ調べればまず間違いないとは思いつつ……。
「溌剌」のほうも漢字辞典で調べたところ、
あれれ、こちらにも「スラのラ」が書かれています。
じゃあ、どっちでもいいってこと?
ネットの辞典だけでなく、紙の辞典も引いてみましたが、
そちらは「刺す」ほうだけに「スラ」がありました。
赤線部分は説明で「王様の食べるごはん」と書かれています。
じゃあ、やっぱり「刺す」ほうでいいやと思ったのですが、
なんと、宮中飲食研究院の本は「溌剌」を採用。
いくら辞書がほとんど「刺す」ほうだからといって、
韓国でいちばんの権威と齟齬があるようでは問題です。
困り果てたあげく、佐野師匠に電話。
「師匠、スラのラは刺ですか、剌ですか?」
「よくわからんけど、少なくとも刺すほうではないと思うぞ」
「師匠のご著書は刺すほうになっているようですが……」
「あー、確かにそれはそうなっているかも」
「あと、辞書などでは刺すが優勢ですが、研究院の本は溌剌の剌です」
「んー、もともとモンゴル語だし、姉ちゃんもわからんっていってたな」
師匠も「刺す」じゃヘンだなと思いつつ、
確証がないことから「刺す」を採用していた模様です。
なお、師匠のいう姉ちゃんといえば韓福麗先生のこと。
宮中飲食研究院の院長にして、朝鮮王朝宮中飲食の技能保有者です。
本場の最高権威がわからないなら、もうお手上げですかね。
……とそこでふと思い出したのがこの資料。
1795年に書かれた「園幸乙卯整理儀軌」です。
第22代王の正祖が水原まで出かけたときの公式記録。
そこに食事の内容や、使った食材がすべて記録されているのですが、
それを見たところ、なんと「溌剌」のほうになっていました。
朝鮮王朝の公式記録が「溌剌」なら一定の説得力があります。
ただ、難しいのは必ずしも公式記録が正しいともいえず、
料理名などは当て字も多いので、あまりアテにはならなかったりします。
可能ならば、他の記録も検証してみたいところですが、
残念ながら、僕の手元にあるのは「園幸乙卯整理儀軌」だけ。
とりあえず宮中飲食研究院での表記と朝鮮王朝の記録が一致したので、
現状はそこまでで結論を出し……。
「今後、僕の文章では溌剌のほうを採用します!」
とはいえ、韓国の辞典がほぼ「刺す」を採用しているとなると、
どちらが正しく、どちらが間違いとはいいにくいですね。
変更したはいいけど、いずれまた戻すことがあるかも。
師匠もいっていましたが、スラというのはモンゴル語由来の単語。
肉のスープを意味する「シュルラ」を語源とするのが定説です。
そこから適当な漢字を当てて記録に残したことを考えると、
そもそも漢字で書かない選択肢のほうがよいのかもしれません。
事実、手元にある延世大学の分厚い辞書は漢字表記なし。
小学館の「朝鮮語辞典」にも漢字表記はありませんでした。
うーん……。
なお、この手の漢字表記で揺れる事例は多々あり、
・スンドゥブ(スン豆腐、純豆腐、順豆腐)
・ヤンニョム(ヤンニョム、薬簾、薬念)
・クジョルパン(九折板、九節板、九折坂、九節坂)
といったあたりが代表的。
いずれの例でも、明確な答えはまったく出ません。
韓国料理と漢字の関係は、本当に悩ましいものです。
3 Responses to 韓国料理の表記について重要な変更があります。