コリアうめーや!!第275号
<ごあいさつ>
8月15日になりました。
盛り上がったロンドン五輪もついに閉幕。
テレビにかじりついた17日間でした。
……なんてことをしれっと書きながら、
実はこの挨拶を閉幕前に書いています。
お盆の連休に備えた進行なんですけどね。
この号が無事配信される頃には、
気になる競技の結果も出ているということ。
しばし先の未来を楽しみにしつつ、
今号のメルマガでは視点を過去に向けてみます。
25号刻みで続けている、あの恒例企画。
時計の針をキリキリと戻して語ります。
コリアうめーや!!第275号。
ダミ声が遠くに聞こえる、スタートです。
<あの日あの時あの人と……11>
美味しいものを食べた思い出がある。
あの日あの時あの人と、一緒に食べた味わい深い思い出がある。
いまをさかのぼること12年。
韓国でヨタヨタ、留学生活を始めた僕にとって、
よき友人に恵まれたのは、本当に幸運なことであった。
韓国語では人に恵まれることを「人福」と呼ぶが、
その頃もいまも、僕は本当に「人福が多い」。
発端は、韓国に渡って3日目からすでにあった。
当時の日記を引っ張り出してみると、
3日目のページには、こんなことが書かれている。
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なんという幸運だろうか。まるで天に祝福されているよ
うだ。全世界の神々が僕の前にひざまづき、あまたの美
女が僕の頬にキスをしている。僕は黄金の冠をかぶり深
紅のマントをはおり、ビクトリーロードとバージンロー
ドをスキップで進み高らかに笑う。下々の民が僕をあが
めそしてたたえ歓喜の歌を合唱する。さらにさらに……
(留学時代の日記、1999年9月22日より)
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一字一句たがわず、抜き出して思うのは、
「こういうのが面白いと思っていたんだよねぇ……」
という若い自分への諦観である。
この頃、僕がセコセコ書いていた文章のほとんどが、
小さな事象を、極限まで大きく見せる努力で成り立っている。
それ以前に、これが日記だというのも、限りなく痛い。
また、それを充分承知で公に披露しているのだから、
いまの僕だって、冷静に見ればかなり痛い。
まあ、何が幸運だったのか、話を進めると、
「住むところが見つかった!」
というただそれだけのことであった。
どこに住むかのアテもなく留学にやってきて、
不安混じりだったのが、偶然にもそれがすぐ解決した。
天の祝福も、美女のキスも、バージンロードも、
「住むところがすぐ見つかってラッキー!」
という一文を水増ししたものに過ぎない。
まことにもって大げさな文章ではあるものの、
当時の僕にとっては渾身の表現であった。
まだ、そんな単語は世になかったと思うけど、
さぞかしドヤ顔で書いていたに違いない。
さらに、この日記を読み進めていくと、
3日目のページには、多くの出会いが詰まっている。
この日、見つかった「住むところ=寄宿舎」のメンバーや、
韓国語の習得をおおいに助けてくれた友人たち。
そのひとりに、キョンス兄貴がいる。
僕の文章を長いこと読んでくれている人なら、
どこかでこの名前を目にしているかもしれない。
端的に表現するなら、キョンス兄貴とは、
無鉄砲と、無計画と、無理難題を僕に押しつける恩人。
僕のことを弟としてかわいがり、韓国語と韓国文化、
そして、韓国人との付き合い方をスパルタ式に教えてくれた。
そんなキョンス兄貴とのエピソードを、
いくつかランダムに紹介してみよう。
1、番傘編
~国際電話~
「ハタくん、いつ韓国に来るんだっけ?」
「明日です」
「そうか、ちょうどいいな!」
「……(嫌な予感)」
「ハタくん、日本には伝統的な傘があるだろ!」
「はあ、番傘とかああいうやつですか?」
「それを買ってきてくれ、6本!」
「え!?」
空港でなんとか観光客用の番傘を探し、
最終的には舞踊を教えている大学教授の元に届けた。
2、カムジャタン編
「このカムジャタン、ひと味足らんな!」
「ダシが薄いんじゃないんですかね?」
「いや、ニンニクが足らん!」
「……(嫌な予感)」
「ハタくん、ニンニクをもらってきなさい!」
「はーい」
~店員に声をかける~
「すいませーん。ニンニクちょっと頂けますか」
「ウチはニンニク使わないんだよね」
「あ、そうなんですか?」
「兄貴、ここはニンニク使わないらしいです」
「では、隣の店からでももらってこい!」
「え!?」
店員の目を盗んで、隣の店へ行き、
刻みニンニクを入手して、カムジャタンに投入。
3、釜山旅行編
「ハタくん、旅行に出かけるぞ!」
「はあ、いつですか?」
「明日だ。友達が釜山に出張している!」
「……(嫌な予感)」
~翌日~
「おはようございます……あれ、どうしたんですか?」
「チケットが取れなかった!」
「あー、昨日の今日じゃ仕方ないですよ」
「よし、釜山まで立って行くぞ!」
「え!?」
当時のセマウル号には立席という切符があり、
結局、僕らはソウルから釜山まで立って行った。
だいたいにして、いつもこんな感じである。
無鉄砲で、無計画な、無理難題に悩まされつつも、
それは結果として、僕を韓国の暮らしに馴染ませた。
キョンス兄貴との出会いは、日本人が韓国で出会う、
カルチャーショックのほぼ凝縮形であった。
そんなキョンス兄貴とはよく酒を酌み交わした。
酒といえば焼酎、常に一気という人なので、
どの宴会でも、たいていベロベロに酔っ払った。
酔いながら、日本語と韓国語のチャンポンで語り合い、
僕は少しずつ韓国語を自らのものにしていった。
印象的な宴会がひとつある。
韓国に留学して1ヶ月ちょっとが経過し、
ようやく生活のリズムに慣れてきた頃。
キョンス兄貴をはじめ、たくさんの韓国人と、
盛大な宴会に臨み、そして酔っ払った。
1次会は学生街の居酒屋であった。
・パジョン(ネギのチヂミ)
・ケランマリ(卵焼き)
・コルベンイムチム(ツブ貝の和え物)
といった料理を肴に焼酎を飲む。
さんざん食べて飲んだら、すぐ2次会に移る。
2次会はサムギョプサル(豚バラ肉の焼肉)専門店だ。
当然、飲むのは引き続いて焼酎である。
焼酎の連続一気に酔っ払ってきた僕は、
普段とは立場が変わり、キョンス兄貴に絡み始める。
「兄貴、飲んでないじゃないですか!」
「なんだと?」
「ぐっと空けて飲んでください!」
「がははははは、ボフッ!」
ボフッとは、兄貴が右フックを放った効果音。
もちろん本当に当てる訳ではなく、ただのネタだが、
僕はそれを受けて、顔面に直撃したフリをする。
「うぐっ、コッピ!」
コッピとは、韓国語で鼻血のこと。
顔面に直撃して鼻血が出ましたよ、というセリフだ。
マヌケなやり取りだが、それが僕らの間では流行していた。
一連の流れを踏んだ後、乾杯をして互いに一気。
「わはは、さあ兄貴もう1杯!」
「だははははは、ボフッ!」
「うぐっ、コッピ!」
そして、乾杯。
「今日の焼酎はやたらうまいですね!」
「やかましいわ、ボフッ!」
「うぐっ、コッピ!」
都合、5度目の右フックが飛んだところで、
僕はバランスを崩し、イスごと後ろにひっくり返った。
どうやら本気で酔っ払ってしまったらしい。
このあたりから、もう記憶は飛んでいる。
その後、聞いたところによると、
泥酔した僕は、他の客にまで絡み始めたらしい。
といっても、まだたいした語学力はないので、
習ったばかりの自己紹介をひたすら繰り返していたそうだ。
焼酎グラス片手に、他の席へ近づいては……。
「アンニョンハセヨ!」
「日本から来ました八田靖史です!」
「はじめまして! かんぱーい!」
さぞかし、他の客も迷惑だっただろう。
幸いにも学生街とあってノリのいい客も多く、
妙な日本人を好意的に迎えてくれた。
僕はそこでも大量の焼酎を飲み干して、
記憶が飛ぶどころか、前後不覚で酔いつぶれた。
無鉄砲で、無計画な、無理難題を突き付けるキョンス兄貴も、
さすがに心配して、寄宿舎まで送ってくれた。
そして、翌朝。
頭痛とともに目を覚ますと、もう兄貴の姿はなかった。
身体を引きずるように、詫びの電話を入れると、
兄貴はゲラゲラと笑っていた。
「次はもっと気合いを入れて飲むように! ボフッ」
「うぐっ、コッピ」
電話越しに飛んできた右フックを受け止め、
僕の留学生活は、この後も快調に進んでいった。
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<八田氏の独り言>
あの頃は本当によく焼酎を飲みました。
4次会など、ザラだった頃です。
コリアうめーや!!第275号
2012年8月15日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com
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