これまでの記事を分類すると、(1)と(3)が延辺料理(朝鮮族料理)の話。(2)が朝鮮料理の話。そして今回は中国料理の話ということになります。
延辺という地域の食文化を語るうえで、もっとも大きな基本軸がこの3種類になるように思います(韓国料理は朝鮮料理に含むとして)。また、朝鮮族という人たちの暮らしを見る視点としても、この三面性が大きなキーワードになると感じました。
朝鮮族であり、朝鮮半島にルーツがあり、中国人である。
そのうえで僕が気になっていたのは、その三面性のうちどの部分に重きを置いているのだろうということでした。すなわち「朝鮮族のアイデンティティはどのようになっているのか?」という疑問。もちろんそんな内面の複雑なことは数日いただけでわかるようなものではなく、世代や環境、個人の考え方によってもいろいろでしょうから、これから書くのは僕の限られた体験によるあくまでも個人的な印象です。それもかなりざっくり適当な。
まあ、無責任な文章ということですが、それでも僕にとっては大きな発見でしたので、危うさを承知でまとめてみたいと思います。
まずは冒頭の写真の説明から。
途中の事情は端折りますが、今回知り合った朝鮮族の女性から食事をご馳走していただくことになりました。僕ら側から見ると、ちょっとした貸しができたような出来事があり、その埋め合わせとして夕食でも、といった流れでした。タイトルではお姉さんと書きましたが、世代的には僕よりも若い主婦の方と想像してください。
連れて行っていただいたのがコチラ。
延吉市内にある四川料理の専門店で、「吉韵小厨(길운소주)」というお店でした。厨房の前に料理がずらりと並んでおり、そこで食べたいものを選んで注文するシステムになっています。動画では目立たないかもしれませんが、料理の脇に料理名を書いた木札があり、それを取って店員さんに渡します。
この店を選んだのはホスト役である朝鮮族のお姉さん。
「何を食べに行きましょうか。四川料理は大丈夫ですか?」
という提案にそのまま乗った形でしたが、ご招待の食事としてまず四川料理が出てきたのは少々驚きでした。この時点で、延吉冷麺や、チャル(羊の串焼き)といった延辺料理の代表格はすでに食べていたため、それとは違うものという配慮があったのかもしれませんが、四川料理って別にわざわざ延辺で食べなくてもいいじゃないですか。本場でもなんでもない。
観光客としての貴重な一食がそれでよいのか、という思いが一瞬よぎりはしたのですが、これまでの経験上、地元民のおすすめには乗っておいたほうが最終的には吉。
なので、そのへんの疑問はすべて飲み込んで……。
やっぱり大正解でしたね。
上の写真は、传统干烧鱼(伝統干焼魚)。四川料理店であるせいか、チョソングル(ハングル)は併記されていませんでした。コイ(鯉)を揚げ煮にした料理で、甘くこってりとした味付け。「四川=辛い」というイメージでしたが、ほっくりとした身に甘いソースが印象的でした。それも揚げてあるので表面はクリスピー。骨もバリバリ。
延辺朝鮮族自治州とはいえ、ここも中国。どこか身内意識が働く延辺料理店、朝鮮料理店とは違って、中国に来たなぁという雰囲気を味わえたのは嬉しかったです。
また、それ以上に大正解だったのが、朝鮮族のみなさん(お姉さんや、そのご友人)が語る中国料理に対する感覚を、食事をしながらなんとなく吸収できたことでした。
辣子鶏。
揚げた鶏肉をこれでもかというぐらいに大量の唐辛子と炒めてあります。これも定番の四川料理らしいですが、こちらは「四川=辛い」というイメージとぴったり合致。尋常じゃなく辛いうえに、山椒のしびれる辛さがダブルパンチで辛い。
なるほど、これが四川料理の辛さかと思いつつ。
その場にいた朝鮮族の3人がかわるがわる、目の前の四川料理や、ひいては56の民族と広大な地域がおりなす種類豊富な中国料理を、誇らしげに語っている姿が印象的でした。
「四川に行けば四川料理がある、上海にいけば上海料理がある」
「中国は広いから国内だけでも食べつくすということが一切ない」
「どこにでも美味しいものがあるし、新鮮な体験ができる」
まあ、そうだろうなとは外国人でも楽に想像できます。
ただ、それを朝鮮族の人たちが語るという部分が僕には意外だったんですね。国籍が中国であるのは理解していたものの、中国料理を自らの文化として語るという姿には理解が及んでいなかった。中国人ではあるけれども、あくまでも自分たちは朝鮮族であって、中国人とは一線を画している。そんな姿を僕は想像していたんだと思います。
でも、違った。
朝鮮族という人たちに対する大きな誤解がこの部分にあったなと思います。
牛カルビとジャガイモの煮物。
これだけ正しい料理名がわかりません。写真に撮ったはずのメニュー一覧に見当たらないので、もしどなたか正しい料理名がわかる方は教えてください。ジャガイモはいったんマッシュしたものをまるめて揚げてあるので食感がふんわり柔らか。牛カルビもとろとろに柔らかく、どことなくカルビチム(牛カルビの蒸し煮、갈비찜)にも似た印象でした。
いまにして思えば、なぜこういった料理のチョイスだったのかを少しでも聞いておけばよかったかもしれません。
蒙古炭烧肉(蒙古炭焼肉)。
モンゴル風の炭火焼肉ですね。これらをお姉さんがお店の人とやり取りをしながら注文を決めていたのは見ていましたが、传统干烧鱼、辣子鶏は代表的な四川料理にしても、先ほどの牛カルビとジャガイモの煮物にしても、この料理にしても四川とは関係がなさそう。揚げた牛肉をニラ、ピーナッツと一緒に炒めてあるのですが、チャル(羊の串焼き)のようなスパイスが使われていました。
四川料理の店ではあるものの、延辺っぽさのある料理としてわざわざ注文してくれたのか、あるいは単に自分の好みだったのか。好みだったとすれば日常の食生活がそこに反映してくるわけで……。
「普段、家ではどんな料理を作って食べるんですか?」
「中国料理がほとんどですねぇ」
みたいな会話も新鮮だったり。
朝鮮語を母語としているぐらいなので、キムチチゲ(キムチ鍋/김치찌개)とか、テンジャンチゲ(味噌鍋/된장찌개)みたいな料理が中心かと思いきや、食生活はそこまで朝鮮寄りではないようです。
吉韵小炒皇。
店の名前を冠した「吉韵小厨」式の炒め物。たっぷりの緑豆モヤシに、ニラと細切りの厚揚げが効いていました。うっすらニンニク風味で、油の香りと風味が活きている、シンプルながら後を引く味わいです。
一連の話を聞いていて感じたのは、中国人であり朝鮮族である、朝鮮族であり中国人である、そのどちらが先に立つかは人によって強弱がありそうですが、どちらも共存しているということでした。そして、それが明らかになったことで僕はようやく理解が少し進んだのですが、自らを中国人と考えるということは、北朝鮮であれ、韓国であれ、どちらも「外国」ということなんですね。自らのルーツではあるけれども、いまの政治体制で考えれば「本国」ではない。
そして、それを僕が驚きとして受け止めているのは、普段僕が日本で身近に接している在日コリアンという人たちが、特に帰化をしない限りは日本国籍でないという部分にも起因するのでしょう。そこに感覚的な先入観があった。
「あー、オレ関心なかったんだ……」
とは延辺報告(1)で僕が気付いた最初の驚きですが、それは結局、最後の最後まで尾を引いて、「うん、オレなんにもわかっていなかったな」という感想に終始しました。
まあ、それはそれでよかったのかもしれませんけどね。
コリアン・フード・コラムニストとして多少なりとも朝鮮族の食について語っていたことを考えると、何も知らない大バカヤロウではありましたが、初めて現地に行ってみたことでいろいろとわかったことがありました。いま振り返っても僕が出会った人たちは、何も知らない僕の疑問に対して、ひとつひとつ真摯に答えてくれたと思います。その体験を今後に活かしていくのが何より大事なことでしょう。
上の写真は場面が変わって朝ごはん。
泊まったホテルの近くに早朝から開いているお店がありました。あったかい豆乳に油条(揚げパン)を浸して食べつつ……。
肉まん食べたり……。
エビチャーハンをつついたり……。
牛肉入りの焼きそばや……。
水餃子など、手当たり次第試してみました。
ずいぶん食べはしましたが、それでもお会計は数百円といったところ。アルバイトの時給も10~12元程度ということでしたので、日本円にして200円前後。物価は明らかに安いなと思いましたが、ここ数年で急速に上がっているうえ、生活水準も大幅に向上しているそうです。
そういった経済的な豊かさが自信の裏打ちになっているのか、北朝鮮はともかくとして、韓国や日本についても、先を行く国といった感覚はどうやらなさそうだな、というのもひとつ感じた大きなことでした。
ふとした会話の流れでだったのですが……。
「お子さんが大きくなったら留学とかも考えているんですか?」
「まったく考えないですね。勉強させるなら北京でも上海でもいい大学はいくらでもあるし」
と即答で返ってきたのは驚きました。
これも個人差の部分が大きいような気はしますが、外国人に問われて自分が同じことを自信満々に言えるかと思うとだいぶ悩ましいところです。
明らかに日本の先を行っているような部分もありましたしね。
中国ではQRコードを用いたスマホでの決済が一般化しており、すっかりキャッシュレス化が進んでいました。小規模な飲食店や個人商店にも普及しており、スマホでピッと読み込むだけで支払いが完了します。
いろいろな意味で勢いがあるなぁと思えたのも延辺における収穫でした。
さて、ここまで4回書いてきて次回をラストにしたいと思っております。手探りの部分が多すぎてきちんとまとまるのか自分でも不安ですが……。
次回、「延辺報告(5)~地元市場に潜入してわかった延辺観光の輝かしい未来!」に続きます。
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