今回のタイトルは僕にとって長年の悩みでした。
忠清南道に行って「百済」を食べるにはどうすればよいのか。
これだけだとやや説明が足りませんが、僕が韓国の地方を食べ歩いているのは、突き詰めて言うと「メシで地域を語る」という作業のためです。あれがうまい、これがうまいという情報ももちろん大事ですが、そこに背景を加えてその土地を知る。ひいては韓国を知るという作業に魅力を感じています。それを記事として書くことも、トークイベントの場で語ることも、グルメツアーとして一緒に食べに行くこともありますが、どれも伝えたいことの根本は同じです。
この土地にはこういった地理的特徴があり、歴史的な背景があるから、こういった料理が発達した。それを実際に味わって胃袋に収めることで、韓国の地理も、歴史も、文化も知ることができると考えています。
どこに地域に行ってもその作業は同じなのですが、長らく僕にとって課題だったのが忠清南道。韓国の中西部に位置するこの地域は、かつて百済という国が栄え、日本とも濃密な交流をしました。扶余(プヨ)、公州(コンジュ)といったかつての都を中心に、観光客にも人気のエリアですが……。
「その百済を象徴するようなメシがない!」
というのがタイトルの意図するところ。
これまでは「百済=仏教国」のイメージからヨンニプパプ(蓮の葉包みごはん、연잎밥)を推していましたが、名物としてはかなり新しいもので、もっとほかに何かないのかというのをずっと考えていました。
毎年秋に行っている三進トラベルのまんぷくツアーは、昨年の終了時から忠清南道と決まっていました。僕にとっては大きなプレッシャーです。忠清南道を旅するうえで、百済を無視することはできません。
なので、今年は1年かけて忠清南道と向き合ってきたのですが、これが面白いものでじっくり腰を据えるとやっぱり見えてくるものがあるんですね。百済を象徴するようなメシがないのではなく、僕が見えていなかっただけ。
まず、その1は「農業王国」というキーワード。
忠清南道の北部には広大な礼唐平野が広がり、百済の時代から稲作を中心とした農業で栄えました。
百済は四世紀末頃に、すでに高い農業技術を誇っていた。その中でも稲作は三国の内で最も発達していた。(中略)百済でこのように稲作が発達したことは、中国華南地方の水準の高い稲作法を導入して彼らに見合った農法に改良したことにあった。
姜仁姫著『韓国食生活史 原始から現代まで』(藤原書店)P106より
それが現代まで続いており、忠清南道における米の生産量は全羅南道に次ぐ第2位(2015年、韓国統計庁「2015年米生産量調査結果」資料より)。2012~14年まではトップです。もちろん米だけでなく、野菜、果物もよくとれますし、キノコもたくさん栽培されています。
実際に忠清南道を訪れるとわかるのですが、山がなだらかで平地が多く、景色の中に広大な田畑が溶け込んでいます。その中にはるか悠久の百済を見たとき、途端に世界が広がったようで鳥肌が立ちました。
忠清南道で食べる「百済」その1はその潤沢な農作物です。
上の写真、百済の時代に熊津(ウンジン)呼ばれた公州は栗の名産地。栗をふんだんに使った韓定食が味わえます。
公州の次に都となった扶余には、扶余8味と呼ばれる特産品があります。
それがイチゴ、メロン、スイカ、ミニトマト、栗、キュウリ、マッシュルーム、シイタケの8品というだけでも、果物、野菜、キノコが自慢という土地柄がよく伝わるかと思います。扶余のスイカは近年、日本でも輸入していたりしますね。
そんな扶余で見つけたのが、写真のチョングッチャン(納豆汁、청국장)。
見た目は一般的なチョングッチャンと変わりませんが、ここにはなんと特産品であるミニトマトの粉末が混ぜ込まれています。
また、そのチョングッチャンとセットで出てくるのが、こちらのテジトゥルチギ(豚肉の炒め物、돼지두루치기)。丸ごとのスルメイカを加え、ハサミで切って味わうという迫力も見事ですが、味付けに加わっているのがやはりミニトマトです。
チョングッチャンのほうは実際、ミニトマトと言われてもあまり明確には感じられず、うま味がアップしているかなという程度。でも、テジトゥルチギのほうはピリ辛ソースの中に、ミニトマトの気配がしっかり感じられます。
なぜこんな料理が生まれたかというと、飲食店を経営している方がミニトマトの農家であるから。ミニトマトを使ったいろいろなチャレンジのひとつとして、こういった料理を出しているということでした。ただ、それもまだ模索段階であり、メニューには一切ミニトマトの文字がありません。
こちらはヨンコッチャ(蓮花茶、연꽃차)と、ヨンコッパン(蓮花饅頭、연꽃빵)。
先ほども書きましたが「百済=仏教国」のイメージから蓮を使った商品は、忠清南道でだいぶ浸透してきた感があります。唐津(タンジン)の白蓮マッコリなんかもそうですし、今回、扶余で見つけた写真の2品もそうですね。中でもオリジナルのヨンコッパンは、蓮の花だけでなく蓮の葉粉末も練り込まれて生地がほんのり緑。清涼な風味が松の実入りのあんことよく合いました。
カフェ自体はオープンして4年目と新しいですが、
「ヨンニプパプを最初に開発したのも僕だけどね」
というただならぬ実績のオーナーだったり。店で使っている蓮はすべて自ら栽培。ヨンニプパプに続く新たな名物を目指してヨンコッパンを開発し、普及に力を注いでいるのだそうです。
今回、扶余を取材していちばん面白かったのが「進化」かなと。
百済自体は7世紀に滅びた古い国ですが、その百済にまつわる観光は近年になって目覚ましいスピードで進化を遂げています。というのは、韓国の西側地域が東に比べ、インフラ整備や経済政策などの点で冷遇されてきたところに理由があります。ようやく手が入ってきて、それが機能し始めてきた感じ。
よく扶余のイメージとして使われる百済金銅大香炉なんかも発見は1993年と比較的最近ですしね。エリアこそ忠清南道ではありませんが、益山(イクサン)の弥勒寺址石塔から百済時代の舎利容器が発見されたのも2009年でした。
「現在進行形で新しい百済がどんどん発見されている!」
というのは一般的な観光インフラや食についても同じこと。
それがミニトマトを使った料理であり、蓮花茶と蓮花饅頭であり、はたまた上の写真にある熟成牛だったり。韓国でもドライエイジング(乾燥熟成)がブームですが、2011年頃からいち早く取り入れ全国区にしたのが扶余のとある焼肉店でした。熟成牛自体が扶余や百済と直接リンクするものではありませんが、いまや扶余で食べたい名物料理のひとつとして台頭。
「現在進行形で新しい料理がどんどん発見されている!」
という部分は百済の歴史を楽しむ視点とも共通するのではないかと思います。
従って、忠清南道で食べる「百済」その2は新名物。今回の取材のみならず、まだまだ掘ればいろいろ面白そうな名物に出合えそうなので、機会を作ってまた足を運んできたいと思っています。
さて、ここからさらにその3へと続けたいところですが、なんだかやたら話が長くなってしまったのでいったんここで切ります。その1、その2はいわば内陸編であり、次に語るべきは西海岸編。これもまた長くなりそうですが、海のメシにも百済を読み解く大事な視点が含まれています。
後編をしばしお待ちください。
なお、これらの「百済」を味わうまんぷくツアーは現在大好評募集中ですが、9月9日(金)までのお申込みで割引になるサービスもあります。後編もできるだけ急いで書くつもりですが、お申込みをご検討中の方は早めのご連絡をおすすめします。
また、これらの取材成果は忠清南道を紹介する観光冊子「CN-Story」としてツーリズムEXPOジャパンの会場で無料配布を予定しています。9月24日(土)には14時から韓国ブースで、同じく執筆者の加来紗緒里(ジャヨンミ)さんと忠清南道を語るトークイベントも実施(こちらも無料)。お時間ある方はぜひご来場ください。また、慶尚北道を紹介する姉妹編の観光冊子「GB-Story Vol.2」の取材発表会も9月22日(木、祝)に行います。