コリアうめーや!!第202号
<ごあいさつ>
8月になりました。
暑い夏が、いよいよ本格化です。
仕事場でもある我が家の2階部屋は、
容赦のない日差しでほとんどサウナ状態。
出来るだけクーラーは使わないようにしていましたが、
さすがに我慢できない日々になってきました。
夏生まれなので、暑さ自体は好きなんですけどね。
仕事に支障が出るのは悩ましいです。
さて、そんな夏の鬱陶しさを吹き飛ばす、
涼やかなニュースをひとつ仕入れてきました。
近年、日本で盛り上がっていたある飲み物が、
ようやく韓国でも火がついて大ブレイク。
日韓共同で新たな時代に突き進んでいます。
韓国料理の中でも久しぶりに来た大きなブーム。
その現状にザクッと斬り込んでみたいと思います。
コリアうめーや!!第202号。
杯を高らかに掲げて、スタートです。
<空前のマッコリブームがやってきた!!>
マッコリをグイッと飲み干した後、
僕は目の前に置かれた皿から料理をつまんだ。
一連の動きを正面のカメラが追っている。
口の中にヒョイっと放り込んで噛み締める。
白菜キムチのほどよい酸味と、茹で豚の濃厚な脂味。
それらが渾然一体となり始めたところで……。
ぐわっ! と鼻を襲う猛烈な臭気。
鼻はおろか、眉間あたりまで刺激に見舞われ、
いつしか涙までもがボロボロと流れてくる。
「もう、これはたまらん!」
という失神寸前の悪夢。
これだけの料理が存在するということ自体、
果てしなく疑問で、限りなく悩ましい。
韓国に詳しい人ならこの描写だけでもピンと来るだろう。
僕が食べたのは全羅道地方の郷土料理、
ホンオフェ(ガンギエイの刺身)である。
エイの仲間は体内に尿素を蓄積しており、
保管しておくと酵素の働きでアンモニアが発生する。
食べて鼻にツーンとくるのはそのためで、
それを和らげるためにキムチと豚肉が添えられる。
その3者の相性が非常によいことから、
サマプ(三合)という別称で呼ばれるのだが……。
そこまでしても、まあ大変に臭い。
僕は口から鼻へと抜ける臭気を早く逃がそうと、
鼻の穴を目いっぱい広げて、フンフン息を抜いた。
その瞬間の気分を表現して……。
「鼻から臭いがぐはーっと抜けていく!」
「鼻の穴がこーんなにも大きくなった気分だ!」
「ああ、ダメだ。もうたまらん!」
などとも叫んでいた。
目の前で構えているカメラはそれを逃さない。
僕の表情と、悶え具合がよほど面白かったのだろう。
事前告知に使う数十秒程度のプロモーション用映像には、
そのホンオフェを食べるシーンが見事に使われていた。
さて、その映像について。
実は韓国のテレビ番組に出演することになった。
6月下旬に7泊8日で韓国出張に出かけてきたが、
その仕事というのが、マッコリにまつわるロケであった。
現在の韓国はマッコリが急速に人気を集めており、
マスコミ各社がこぞって取り上げている状態だ。
僕が出演するのは8月2日放映の「SBSスペシャル」。
3大キー局のひとつSBSが放映する、
なかなか骨太なドキュメンタリー番組である。
時事問題や旬の話題を、多方面から詳細に取り上げており、
今回の企画にも6ヶ月の取材期間を要したとのことだ。
ひとつの番組に6ヶ月! というのも驚きだが、
6ヶ月も前からマッコリに注目していた事実に驚いた。
ここ数年、マッコリは不人気酒の筆頭であり、
・飲むと翌日頭が痛くなる
・飲むと悪酔いする
・若い人は見向きもしない
とのことで消費量も大幅に下がっていた。
60~70年代には酒類全体の8割を占める消費量だったが、
80年代からは焼酎とビールに逆転され、一気に急落。
近年はワイン、日本酒などの外国酒にも圧迫されており、
一時期はその消費量が、3%にまで落ち込んだ。
回復の兆しが見えた2008年ですら5.2%。
マッコリの不人気具合がその数字だけでもよくわかる。
そのマッコリが今年に入って注目を浴びた。
理由はいろいろ分析がなされているが、
まず現在の韓国が国をあげて、
「韓国料理の世界化!」
に力を注いでいる背景がある。
これによって、韓国固有の食文化だけでなく、
伝統酒をはじめとした酒文化にも注目が集まった。
マッコリが見直されたひとつの大きなきっかけだ。
そしてもうひとつ。
ここ数年、日本でマッコリが人気を集めている。
韓流の影響から、日本では韓国料理店がぐんと増えたため、
その波に乗る形でマッコリの消費量も上がっていった。
韓国でいわゆる韓国料理に合わせる酒といえば、
鍋料理でも焼肉でも、まずは焼酎が定番中の定番である。
だが、その焼酎は20度前後とアルコール度数が高く、
しかもストレートで飲むので、日本人にはちょっときつい。
しかも、韓流の支え手となったのは女性が大半である。
アルコール度数が6~9度前後と穏やかで、
口当たりのよいマッコリに人気が集まるのは当然の流れだった。
統計などを見ると、日本へのマッコリ輸出量は、
2004年の2069トンから、年を追うごとにどんどん増加。
2008年は倍以上の4891トンを輸出しており、
それは韓国が輸出する総量の約9割を占めるほどだ。
そんな話題が韓国にも伝わった。
自国の文化が日本で評価されたというニュースは、
韓国人にある種の誇らしい感動を与えたはず。
同時に愛国心をも刺激し、
「我が国のマッコリを見直そう!」
という動きに至った。
加えて、マッコリに乳酸菌が豊富な点など、
健康によい、という部分をメディアがあおったのも大きい。
しばらく前まで「頭の痛くなる酒」扱いだったのが、
急転直下、ウェルビンの申し子として脚光を浴びている。
いまや「マッコリダイエット」なる言葉も誕生し、
若い世代にもその訴求力を発揮し始めている。
といった感じに、マッコリブームの概略をまとめてみた。
番組内ではより詳細な分析がなされているだろうが、
残念なことに、韓国の番組なので日本では見られない。
せっかくなので、体験した一部だけでもここで紹介しよう。
まず印象的だったのはマッコリの醸造場見学である。
これまでも釜山の醸造場を取材した経験はあったが、
作業の工程を追いつつ、詳細に見学したのは初めてだ。
日本でいちばんのシェアを誇る二東(イドン)酒造と、
1929年創業の世王(セワン)酒造の2ヶ所を訪問した。
二東酒造は京畿道の抱川市という場所にあり、
世王醸造は忠清北道の鎮川郡に位置する。
いずれも山や田んぼに囲まれた穏やかな田舎町。
都会の喧騒とは無縁の、のどかでいい場所であった。
工場に見学してみてまず驚いたのは、
工程の大半が手作業によるものだったこと。
老舗で古くからの技術を守る世王酒造はともかく、
海外に進出する二東酒造でもほぼ手作りだった。
行く前は近代的なタンクが並ぶような光景を想像していたが、
実際にはハンアリと呼ばれる伝統様式の甕がずらり。
その甕に熟練の職人たちが手作業で材料を投入していく。
甕の中に、炊き上げたこわ飯、麦麹、水が入り、
木製の櫂に似た棒を突っ込んでしっかり攪拌。
後は気温を一定に保った室内で寝かせるだけである。
わずか1、2日で発酵が始まり、表面がブクブクに沸き立つ。
マッコリは実にシンプルな製法の醸造酒であり、
仕込みからわずか5日ほどで出荷ができる状態になる。
原液に水を加え、適度なアルコール度数に整えたら、
後はボトル詰めや、ラベルを貼る作業が残るのみ。
機械化されているのはこのあたりの工程だけだ。
一連の工程を見学させてもらい思ったのは、
「え、こんなにシンプルなの?」
ということ。
もちろんシンプルなのは作業的な見た目の印象で、
実際には材料の配分や温度管理など、難しさはあるだろう。
だが、もともとマッコリは家庭内で作られてきた大衆酒。
大量生産をする工場でも、基本的な製法は一緒だ。
「心込めて作るだけだよ」
という職人さんのセリフが妙に印象深かった。
そのほか、マッコリをテーマに韓国各地へも出かけた。
冒頭のホンオフェを食べたのは全羅北道の全州市。
全州は韓国でも珍しいマッコリ一大消費地であり、
市内にはマッコリタウンがいくつも形成されている。
そのマッコリタウンでは地元の人たちと交流しながら、
マッコリを酌み交わしておおいに盛り上がった。
ホンオフェを食べたシーンでは見事に撃沈しているが、
全羅北道はこれまでも紹介したように美食の宝庫とされる。
特に感動したのがオスとメスを1尾ずつ焼いてもらったニシン。
白子とカズノコをつまみにマッコリがさらに進んだ。
移動して、慶尚南道の南海郡。
南海は狭い土地を有効利用した棚田で有名。
急角度の山肌を、段々に切り開いて作った田んぼの姿は、
それだけでも目を奪われる美しい光景であった。
その村の一角で、農作業を行うかたわら、
自家製のマッコリを作っているおばあさんがいる。
小さな台所で作る、本当に手作りのマッコリ。
その出来立てを飲ませてもらった。
市販されているマッコリよりも味は粗いが、
そのぶん甘味、酸味など、より自然な味わいがする。
また、そのマッコリと一緒に出して頂いた、
同じく自家製のカラシナキムチがたいへん美味だった。
キムチをひと切れ食べて、マッコリをぐびり。
美味しいキムチとの組み合わせは王道と知った。
さらに、京畿道城南市。
ソウルの南に位置する清渓山という山に登った。
マッコリはかつて農作業の合間に飲んだ酒であり、
現代でもある種、スタミナドリンク的な扱いをされている。
肉体労働に従事する人が、休憩中に飲んで元気を蓄積し、
厳しい重労働に耐えた、という側面があるのだ。
その影響から、韓国の登山道にはマッコリ屋台が並ぶ。
もちろんたくさん飲むと酔っ払って危険なので、
飲んでも軽く1杯、喉を潤す程度に留めるのが普通。
頂上で飲む人もいるが、たいていは下山してから本格的に飲む。
だが山に登りながら、周囲の登山客にインタビューすると、
凍らせたマッコリを背負いながら、登っている人が何人もいた。
韓国の登山とマッコリは、切っても切れない関係らしい。
これまた韓国らしい独特の文化で衝撃的だった。
最後にソウル。
ソウルではマッコリを扱う飲食店を巡った。
全国各地のマッコリを集めて飲ませる専門店があれば、
オリジナルのマッコリカクテルを並べる店もあった。
路地裏の古い居酒屋にも、何軒か足を運んだ。
このあたり、詳細に報告をしたいところだが、
実はその直後、某ガイドブックの取材でも足を運んでしまった。
そのガイドブックが出るまでは情報を漏らせないので、
秋以降になったら、また少しずつ紹介したいと思う。
以上、ずいぶん駆け足になってしまったが、
僕が体験してきた、マッコリ文化の一端である。
短い期間ではあったが、本当にいろいろなことを学んだ。
中でも文化的な要素をたくさん吸収できたのが大きい。
マッコリはそれ単体でも大きな魅力を持っているが、
やはり背景も一緒に語ってこそ、その魅力が真に伝わる。
マッコリが一般的になってきた今だからこそ、
そのあたりにも踏み込んでいかねばと強く感じた。
そして、その機会は今後増えていくはず。
韓国でのマッコリブームがメディアに乗るとともに、
それを受けた日本のメディアも、すでに動き出している。
それは既存のブームとは性格の違う新たなブーム。
日本のマッコリブームと韓国のマッコリブームが絡み合い、
さらにダイナミックな形で展開していくことだろう。
どのように融合し、どう盛り上がっていくのか。
マッコリを日々愛飲するひとりとして、
その成り行きを興味深く追いかけてみたい。
<お知らせ>
仕事が忙しくHPの更新ができません。
落ち着いたら、まとめて更新したいと思います。
http://www.koparis.com/~hatta/
<八田氏の独り言>
ロケ中の大半は酔っ払っておりました。
アホな姿で映っていたら申し訳ありません。
コリアうめーや!!第202号
2009年8月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com