コリアうめーや!!第156号
<ごあいさつ>
9月になりました。
猛暑の8月を抜けて秋への折り返し地点。
僕の住む東京は涼しさで9月が始まりました。
もちろんこのまま涼しくなることはなく、
天気予報では厳しい残暑を予想しております。
きっとまだまだ暑さと戦わねばなんでしょうね。
たっぷり食べて、しっかりと寝て。
暑さに耐えうる身体を作りたいものです。
ちなみに僕はこの夏、ずっと外回り。
炎天下の中、取材で外を歩き回る日々でした。
今回のテーマは、そんな取材を通して感じこと。
韓国料理の側面に迫ってみたいと思います。
コリアうめーや!!第156号。
ちょっと真剣に考える、スタートです。
<韓国のサービス文化を考える!!>
日々、韓国語を真剣に学んでいた留学時代。
同じ寄宿舎の先輩から、こんな話題を振られた。
「八田くん、ちょっと意見を聞いてもいいかな」
「はいはい。なんです?」
僕は宿題の手を止めて、後ろを振り返る。
同室の先輩は、ある論文を見ながら顔をしかめていた。
どうやら、韓国語にまつわるものらしい。
「飲食店における店員のセリフなんだけどね……」
から始まる先輩の話は次のような内容だった。
飲食店で客が注文した料理がAだったとする。
しかし、店側に手違いがありBという料理を運んでしまった。
当然のごとく、客は注文が違うことを伝える。
そのとき店員がすべき応対はどのようなものか。
「そりゃ、謝って料理を作り直すでしょうね」
飲食店でのアルバイトが多かった僕はそう答えた。
おそらく、どこの飲食店でも同じ対応をすることだろう。
だが、先輩はその一言で余計に悩んだ。
「そうだよねぇ……」
「なにか問題でもあるんですか?」
どうやら、その論文にはケーススタディとして、
韓国人ウェイターがとりがちな対応が分析されていた。
客が注文した料理と違うことを訴えた場合、
「こちらを召し上がっては駄目ですか?」
という対応になりがちであるという。
うーん、なんとも韓国的。
もちろん駄目なら駄目で、再度作り直すのだろう。
だが、作り直すとなると手間もかかるし、時間もかかる。
客のほうも、新しい料理をまた待たねばならない。
ならば、ということなのだろう。
実際、こうした局面で自分が客であれば、
「あ、いいよ。それを食べるから」
という人は意外に多いのではないかと思う。
どうしてもこの料理! という理由でもない限りは、
ある程度の寛容さで受け止めてよいはずだ。
だが、店側からそれを求めるのは言語道断である。
少なくても、日本の飲食店ではそうだと思う。
「そう答える韓国人が多いってことですか?」
「うん、この論文ではそうなっているんだよね」
「まあ、韓国人らしい気もしますが……」
実際、韓国に住んだり旅行した人であれば、
日本の感覚では乱暴とも思えるサービスに出会うはず。
だが、それもまた文化的な差異であり、
日本的な感覚を押し付けては何もならない。
僕は一定の理解を示した意見で返したが、
先輩のほうも、在住歴が長いのでそれは百も承知。
悩んでいたのは、また別の語学的な問題だった。
「もしこの対応が韓国人にとって自然なものならね」
「韓国語を学ぶ僕らも、同じ対応をしたほうが自然なのかと」
「僕ならこの局面で、その韓国語は出てこないなぁ……」
なるほど。
言葉というのは文化の上に成り立つもの。
日本的な感覚で使う韓国語は、仮にそれが文法上正しくても、
自然なものとして聞こえない場合が多い。
例えば、自分が大遅刻した待ち合わせ。
「ゴメン。遅れちゃった! 本当にゴメン!」
とひたすら謝るのは日本人。
ネイティブが使う自然な韓国語では、
「遅くなったらから早く行こうぜ!」
となるだろう。
わざわざ謝ったりなどはしない。
決められた時間などは、多少遅れて当たり前。
この時間感覚をコリアンタイムと呼ぶ。
遅刻してこのセリフがいえたら本当に韓国人だ。
であれば、自分が店員として間違った料理を運んだ場合。
客にそれを食べては駄目からと尋ねられるだろうか。
「たぶん無理だろうなぁ……」
というのが僕と先輩の結論だった。
いくらそれが自然な韓国語だったとしても、
やはり僕らは日本人としての考え方を刷り込まれている。
たとえ意識したとしても、僕にはきっといえない。
ただ、韓国人の名誉のために言っておくと、
僕が実際に飲食店で、そのセリフに出会ったことはない。
実際の局面では、謝って作り直す人も多いだろう。
韓国人だったら言いそうだな、と思ってしまうのは事実だが、
この話は実体験ではなく、あくまでも論文の中の話だ。
さて、ここからが今回の本題。
こんな留学時代の昔話を引っ張り出してきたのは、
ここ最近、韓国料理店のサービスについて考えているから。
実は、この1ヶ月半で東京の韓国料理店を100店回った。
プライベートでも普段から食べ歩いているが、
今回のこのハイペースは、仕事として活動しているからである。
しかも、その100店で終わらず、取材は継続中。
最終的に200店ほどをまとめてひとつの本にする。
東京の韓国料理店を紹介するガイドブックを制作中だ。
ここ最近の韓国ブームで、都内には韓国料理店が急増。
店舗の増加で、店ごとの差別化も図られるようになり、
1冊のガイドブックとして充分まとめられる量になった。
味のほうも本場と遜色ないような店がどんどんできており、
ポイントごとに見れば本場以上という店も少なくない。
高級食材を惜しげもなく使った韓国料理や、
他国料理の技術で、さらに磨き上げた韓国料理など。
ただのアレンジや創作ではない新韓国料理も多い。
当然、そういった店ではサービスもグレードアップし、
テーブルにつく際に椅子を引いてくれたりもする。
「韓国料理ってこんなんだったかなぁ……」
と本場を思い出し、戸惑ってしまうほどである。
これまで韓国の飲食店におけるサービスというは、
日本的な感覚では、多少悪くて当たり前というのが常識だった。
食堂に入ると、従業員は寝転がってテレビを見ており、
客がやってくると、「いらっしゃい」の声もなくテレビを消す。
調理担当らしき人はそのまま無言で厨房へと消え、
ホール担当のお姉さんは、同じく無言のまま水を運んでくる。
客の前に立っても笑顔などまったくない。
「あ、あの、キムチチゲをひとつ」
と注文すると、また無言のままきびすを返し、
「キムチチゲひとつ!」
と厨房の中に大声で叫んで注文を通す。
食事に来たのか、怒られに来たのかもわからない。
これは店の選択を間違ったなぁ、と後悔していると、
それでも意外に料理は美味しかったりするから不思議だ。
愛想は悪いけど便利だし、まあまあ美味しいからいいや。
という気持ちで何度か店に通っていると、
そのうち、お姉さんの無愛想こそ変わらないものの、
「どうぞ」
と食後にヤクルトを1本ひょいとくれたりする。
「あ、ありがとうございます!」
なんて、妙に嬉しかったりするのが韓国のサービスだ。
着席時に椅子を引くようなサービスとは次元が違う。
それよりも韓国の店にあるのは「情」である。
サービスとはまた違う、情が韓国の飲食店にはある。
例えば、料理のボリュームなどがその典型例。
「お兄ちゃん、たっぷり食べていきなよ!」
とごはんが超大盛りになって出てくるのが韓国の情。
学生街の定食店にも似た人情が、韓国では頻繁に見られる。
もともと客をたっぷりの食事でをもてなすのは韓国の基本。
テーブルいっぱいに料理を並べるのが当たり前で、
その量は「お膳の足が折れるほど」と表現される。
食べきれないほどの料理を出すのが歓待の証なのだ。
飲食店でも主菜とともに、キムチやナムルなど、
数多くの副菜がついてきて、これらはお代わりも自由。
最近でこそ、生ゴミが増えると問題視もされているが、
テーブルに並ぶ料理の数は、もてなしの心に比例している。
こうしたもてなしの文化が飲食店にも当てはまるのは、
基本的に韓国の飲食店が、家庭の延長線上にあるからだろう。
韓国の飲食店は、多く女性が切り盛りしている。
飲食店の料理もおふくろの味であり家庭の味。
凝ったサービスで応対するよりも、
来た客にたっぷり食べさせるのがもてなしとなる。
店の規模にかかわらず、韓国料理店はその傾向が強い。
そういった韓国料理店に慣れていた身としては、
日本にできた新しいタイプの韓国料理店には驚くしかない。
デートに使えるオシャレな韓国料理店。
特別な日に利用できるちょっと高級な韓国料理店。
接待にも使える落ち着いた韓国料理店。
そんな店がいま都内にはどんどん増えている。
もちろんその流れは都内に限らないだろう。
韓国料理のイメージは着実に変わりつつある。
サービスの行き届いた店も、そのうち当たり前になるはずだ。
そんな東京の韓国料理店を取材しながら、
「韓国のサービスも変わってゆくのだろうか」
ということをふと思った。
もちろん現在進行形で変わっているだろうし、
すでにサービスの整った店もたくさんあるだろう。
韓国の飲食店事情も急速に進化している。
ただ個人的には、旧来的な店もなくなって欲しくない。
行き届いたサービスではなかったとしても、
情にあふれた韓国食堂の姿はやはり魅力である。
ビビンバを混ぜずに食べ始めた日本人旅行客の元に、
さっと駆け寄り、問答無用でぐるぐるとかき混ぜてくれる。
そんな韓国的な姿も、旅行で出かける楽しみのひとつだ。
場の雰囲気も一緒に味わうのが料理。
いろいろあってよいのだ。
<お知らせ>
仕事が忙しくHPの更新ができません。
落ち着いたら、まとめて更新したいと思います。
http://www.koparis.com/~hatta/
<八田氏の独り言>
ガイドブックは11月頃発売予定。
韓国通のスタッフが集って作っています。
コリアうめーや!!第156号
2007年9月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com