コリアうめーや!!第132号
<ごあいさつ>
9月になりました。
まだまだしばらく残暑は続きますが、
9月と聞くと秋への意識が生まれ始めます。
ジリジリした太陽とも、むわっとくる熱気とも、
そろそろお別れのときがやってきました。
今後は夏の名残を楽しみつつ、
涼しくなる秋を待ちたいと思います。
秋の味覚なども思い浮かべるにいい時期ですね。
シーズン初サンマはいつになるのか。
マツタケを食べる機会には恵まれるのか。
夏も秋もないほど忙しい毎日ではありますが、
できるだけ季節感とともに過ごしたいものです。
さて、今号のメルマガですが、
ちょっと苦い昔話をしてみようかと思います。
あのとき、あの日の、あの後悔。
コリアうめーや!!第132号。
鰯雲を遠い目で見つめながら、スタートです。
<苦い後悔の味ソモリクッパプ!!>
何かの弾みで昔の痛い記憶が蘇り、
あいたた、と落ち込むということはよくある。
その失敗が軽ければ、フッという苦笑いですむが、
人生の汚点クラスになると笑ってもいられない。
その時点で目先の仕事をすべて放り出し、
どこかそのへんの居酒屋に入って1人酒。
日本酒の冷やあたりをあおりながら、
記憶が消え去るほどグデングデンに酔うのがよろしい。
韓国料理好きとしては居酒屋よりも韓国料理店に行きたいが、
こういう1人でのヤケ酒となると韓国料理店は向かない。
そもそも韓国料理は基本的に1人が似合わない。
韓国人もまた、1人で食事をするというのを好まない。
1人で食事をしていると、友達のいない人だと思われてしまうので、
むしろ恥を忘れに行って、さらに恥をかくようなものだ。
かと言って誰かを伴って行けば、おそらく絡み酒になる。
1人で鬱々と飲むには、日本の酒がいちばんだろう。
一方で、そこまでベロベロに酔う必要のない恥もある。
口の端で苦笑いを作っておしまいにできるほどでもないが、
2日酔いの翌日を含め、2日を無駄にするでもない。
そのくらいの中恥、中後悔はむしろ開き直るのがベスト。
思い切ってネタにしてしまい、人前にざあっとさらしてみる。
すると何かぱぁっと気が晴れたような心境となり、
中恥、中後悔が、なんだかどうでもいいものに思えてくる。
というような強引な理屈から今回の話は始めてみたい。
ちなみに引き金となったのは前々号のメルマガ。
韓国の優秀なるタン料理について書いたことをきっかけに、
3年前のちょっと悔しい記憶がよみがえってきた。
苦笑いですませるにはちょっと後悔が大きく、
かといって泥酔して忘れたいほどのものでもない。
記憶の傷を大きくえぐり、人前にさらけ出してみよう。
話はその後悔をする、少し前から始まる。
僕は3年前当時、韓国の地方をテーマに旅していた。
舞台は韓国の東北部、江陵(カンヌン)という海辺の町。
韓国の中でも抜群に豆腐のうまい町で、
僕はそれを目的として、厳寒の時期にやってきていた。
江陵の豆腐はニガリのかわりに海水を用いる。
海のきれいな東海岸だからこそなせる技で、
味わいは驚くほど濃く、豆腐へのイメージがガラッと変わった。
ミネラルを豊富に含んだ、甘み豊かな豆腐なのである。
そして、江陵での感動はそれだけではなかった。
こちらは予定外、予想外の美味だったのだが、
江陵の朝市で食べたソモリクッパプが素晴らしかった。
豆腐で満足していたところへの不意打ちパンチ。
「え、こんなに美味しい料理だったのか!?」
市場の一角で、衝撃の余りしばし地蔵になった。
ソモリクッパプとは牛の頭を煮込んだスープ。
そこにごはんを加えて食べる、クッパの一種である。
ソモリというのが「牛の頭」を表している。
白濁したスープの中に白いごはんが沈み、
アクセントとして刻みネギ、タデギ、白ゴマ。
タデギは唐辛子をベースにしたペースト状の調味料で、
このタデギと粗塩で自分の好みに味付けていく。
スープにはうまみだけで味はついていないのが普通だ。
料理法はシンプルに材料を煮込むだけだが、
スープを一口すすると、その味わいの複雑さに驚かされる。
「牛の頭とはこんなにもうまいのか!?」
僕は呆然としつつ、店頭の調理スペースを見つめた。
店主とおぼしき男性をはじめ、数人がせわしげに働いている。
市場の路地に面した店の入口でグツグツ煮立つ大釜。
その手前に大半が煮崩れたような、牛の頭が置かれていた。
角が片方だけ残った牛の頭部。
普通ならギョッとするような光景ではあるが、
料理に感動してしまった今、どこか崇高とすら思える。
スープの中には細かい肉片もたっぷり入っていた。
これは煮込んだ頭部の肉を具として入れているのだ。
皮に近いゼラチン質の部分があれば、赤身っぽい部分もある。
一口に牛の頭といっても、味わいはひとつではない。
僕は夢中になってスープを飲み、肉を噛みしめ、
柔らかくなった米をずるずるとすすりこんだ。
ソモリクッパプのうまさに目覚めた瞬間であった。
そしてこの話が次の町と引き継がれる。
僕が次に移動したのは韓国の中央部に位置する、
京畿道の昆池岩(コンジアム)という名の小さな町。
ソウルから南へ車で1時間程度。
朝鮮時代には地方からソウルを目指す旅人たちが、
ソウルに向けて最後の宿をとった古い宿場町だ。
ソモリクッパプはそんな旅人をもてなす料理として発達。
まだ交通網の発達していない時代の話である。
旅人たちは栄養価の高い肉のスープで胃袋を満たし、
最後のひとふんばりに備えたのであろう。
その料理が現代まで脈々と伝えられ、
現在は地域の郷土料理として広く知られている。
昆池岩はソモリクッパプの町だ。
僕は江陵からソウルに戻ってきたその夜。
親しい友人と会って、ソモリクッパプの感動を伝えた。
その友人が教えてくれたのが昆池岩である。
「ソモリクッパプを語るなら昆池岩にも行け」
「わかった昆池岩にも行こうじゃないか」
僕は次の目的地を昆池岩と定め、バスに乗り込んだ。
昆池岩のバスターミナルに着いたのは夜だった。
出発した時間が遅かったため、あたりはすでに真っ暗だった。
僕はだいたいの目安となる地図を持ってきていたが、
バスターミナルの位置がなく、現在地がよくわからない。
「さて、どうする……」
あたりを見回すと、前の通りにタクシーが止まっていた。
夜も遅いことだし、あれに乗って近くまで行こう。
ここからのやり取りは以前にも書いたことがあるので、
ホームページを見ている人なら見覚えがあるかもしれない。
だが重要な局面なので、ここでもしっかり書こうと思う。
僕は地図を運転手に見せながら尋ねた。
「この店に行きたいんですが、わかりますか?」
運転手はライトをつけ、その地図を覗き込んだ。
「ああ、ここかあ。タクシーで行くとずいぶん高くつくよ」
「え、そんなに遠いんですか?」
「我々は基本料金を2000ウォンもらうんだよね」
「はあ……」
「ここからだとその基本料金がもったいないだろ」
「は……?」
「歩いて行ったほうがいいよ」
「…………」
「そこの路地を50メートルほど行けば看板が見えるから」
今思えば笑い話だが、そのときは恥の極みであった。
ミラーごしに見えたあきれ顔が今も忘れられない。
今思うと、この時点で歯車は狂い始めていた。
しかも50メートル先の看板がいくら探しても見つからなかった。
タクシーの運転手が何か勘違いをしたのか、
単純に僕の探し方、歩き方が悪いのか。
あたりは暗く、同じ道をぐるぐる歩くハメにもなった。
ソモリクッパプの専門店はいくつかあるものの、
ガイドブックに記載された有名店が見当たらない。
「えーい、もうここでいいや!」
と最後は半ば捨て鉢になって1件の店へ突入。
街道沿いのその店は、少なくとも外観は歴史ある店に見えた。
扉を開けて入ってみると客は少なく、奥の座敷が少し賑やかな程度。
雰囲気から察するに、閉店間際に来てしまったようだ。
「ご注文はいかが致しますか?」
店の若い女の子が注文を取りに来た。
僕はビールとスユク、そしてソモリクッパプを頼む。
スユクはこうしたスープ料理の専門店に、
必ず用意されているサイドメニュー。
煮込んだ肉を薄切りにして酒の肴とするのだ。
このスユクをつまみながらひとしきり飲み、
仕上げに食べるスープの味わいはまさに格別である。
ごはんも入っているのでお茶漬け的な感覚でもある。
とはいえスープ自体がこってり濃厚な肉の味わいなので、
豚骨ラーメンとお茶漬けの中間的ポジションと言うべきか。
ただ、この日は雰囲気的に長居できそうにない感じ。
食べ始めてしばらくすると、厨房で片付けが始まってしまった。
ビール1本ではホロ酔いにもならないが、
僕はそのままシメでありメインのソモリクッパプを食べた。
その味わいについては詳細に語るのを控えよう。
なにしろ僕の歯車はすでに狂い出しているのだから。
さて、事件が起こったのはここからである。
僕は会計を済ませて店を出る際に、
隣町である利川(イチョン)への行き方を尋ねた。
その日は利川で1泊し、さらに地方を目指すつもりだった。
もちろん到着したバスターミナルに行けばよいはずだが、
念の為ということで、地元である店の人に確認した次第である。
ところが、この一言が意外な展開へと導いた。
「あ、じゃあ、あたしと一緒に行きましょう」
と、先ほど注文を取りに来た女の子が言うではないか。
女の子はエプロンをさっと脱ぎ、帰り仕度を始める。
話を聞いていると、どうやらこの店のお嬢さんで、
自宅がちょうど利川の町にあるとの話だった。
どうやら僕を外国人と見て、案内をかって出てくれたらしい。
僕は思わぬ展開に動揺しつつも、女の子と一緒に帰ることになった。
バスの座席に並んで座り、僕と彼女は少しずつ会話を交わす。
最初は食べたソモリクッパプのことについてなど。
店の人とお客さんというような会話だったが、
やがて打ち解けてくると色々な話をするようになった。
どこから来たのか。なぜわざわざ昆池岩に来たのか。
僕は江陵での体験も含め、今回の旅の目的について話した。
彼女は大学生くらいの年齢だろうか。
突然の事態に最初は気持ちが慌てふためいていたが、
少し落ち着いてくると、
「この子、かわいいな……」
ということなどを考えていた。
昆池岩から利川まではバスで30分ほどの距離。
彼女は1人旅というのが珍しいようで、
今後のコースなど、あれやこれやと質問してきた。
韓国人は1人で食事をする人も少ないが、
1人で旅行に行こうという人もまずいない。
「1人で旅行していて夜は退屈じゃないですか?」
「うーん、まあひとりはひとりで楽しいよ……」
韓国人の旅行に対する考え方を知っている僕は、
ちょっと言葉に詰まりながらもそう答えた。
さて、後悔のポイントとはここである。
そうか、そこで誘えばよかったんじゃん!
と気付いたのはバスターミナルで別れてから。
彼女は少し手前のバス停で下りなければならないようだったが、
僕の下りるバスターミナルまでついてきてくれた。
彼女は僕の宿泊する場所を心配してくれたのだろう。
バスターミナルに着くと、あっちのほうに旅館がたくさんあり、
食事をするのだったらこっちの道が便利だと教えてくれた。
ささっとひと通りのことを説明したかと思うと、
「じゃあ、旅行を楽しんでくださいね」
と言い残し、ひらりといなくなってしまった。
僕は彼女が消えていった繁華街方面を見ながら、
名前も聞かなかったことに気付いた。
「1人で旅行していて夜は退屈じゃないですか?」
のタイミングで、一緒に遊んでよ、の一言が言えれば、
僕の旅もまた違ったものになっていたのだろう。
その夜、僕は利川の安モーテルで退屈な一夜を過ごし、
翌朝、また次の町へとバスで出かけたのだった。
<お知らせ>
ソモリクッパプの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/
<八田氏の独り言>
不器用ですから、というのはカッコいい人が言うもの。
カッコ悪い人が不器用なのは、ただ悲惨なだけです。
コリアうめーや!!第132号
2006年9月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com