コリアうめーや!!第110号
<ごあいさつ>
10月になりました。
どうしても夏の名残を引きずる9月に比べ、
10月になるといよいよ秋本番という気がします。
11月までいくと冬の気配が漂ってくるので、
本当の意味での秋は今こそ楽しむべきかもしれません。
読書の秋、スポーツの秋、そして食欲の秋。
3つすべてを充実させたい今日この頃です。
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
ソウルからちょっと不思議な情報が届きました。
僕が留学生時代を過ごした町に、
どうやら何か異変が起きているようです。
話をいくら聞いても実情がつかめず、
やむなく現地に飛んで確認してきました。
その最新衝撃情報をお伝えしたいと思います。
コリアうめーや!!第110号。
怪情報に右往左往の、スタートです。
<新村はいま回っている!!>
新村(シンチョン)はいま回っている。
そんな情報がソウルから速報で飛んできた。
新村といえばソウルでも指折りの繁華街。
僕が留学生として1年3ヶ月間暮らした町でもある。
「その新村が回っているというのか!!」
と、派手に驚いたところでふと疑問がわいてきた。
「回っているってどういうことだ?」
新村はいま熱く燃えている。
新村はいま激動の渦に飲み込まれている。
新村はいま古い殻を脱ぎ捨て生まれ変わろうとしている
町の表現をするにも色々な比喩がある。
だが、回っているというのはずいぶんおかしな話だ。
町全体がメリーゴーランドになってしまったのか。
あるいは繁華街のド真ん中に観覧車でも出来たのか。
はたまた酔っ払いが大量に目を回しているのか。
「いったいどういうことなのだ!」
ということで、ソウルの新村へ行ってきた。
案内してくれたのはソウルに住む僕の後輩である。
「いま新村の町は大いに回っているのです!」
新村に到着するなり後輩は自信満々に語った。
その表情は得意げであり、また自慢げでもあった。
よくわからないが、何かすごいものが回っているのだろう。
「まずは軽いジャブからいきましょう」
と、後輩が指差したのは1軒のチェーン店である。
英語の看板がかかっており、店自体もまだ新しいようだ。
「く……くりす……なんて店?」
「クリスピークリーム。ドーナツの専門店です」
「ドーナツ!?」
「くふっ。ここは絵本に出てくるお菓子の工場みたいなんですよ」
見ると後輩はとろけそうな笑顔になっていた。
だらしない表情のままトビラをあけ店の中へと入っていく。
「さあ、どうですか!」
ずかずかと店内の奥まで入っていった後輩は、
大きなガラス窓の前で止まり中をのぞきこんだ。
後輩について僕も中をのぞくと……。
「おおおおおおおおお!!」
中で大量のドーナツが作られているではないか。
しかも手作業ではなく巨大な機械でのオートメーション作業。
ドーナツが自動的にどんどん出来上がっている。
ベルトコンベアーのような機械が右から左へと流れており、
そのコース内には油の海があり、液体化した砂糖のシャワーもある。
ドーナツは生地の状態でコンベアーに乗せられ、
コースを回るうちに自動的に揚げられ、砂糖でコーティングされるのだ。
人の手を借りず、自動的にドーナツがどんどん出来ていく様は、
まさに子どもの頃に夢見たお菓子の製造工場そのもの。
初めてこの店を訪れた人は例外なくガラス窓に張り付き、
時間を忘れて見入ってしまうことになる。
「どうですか。回っているでしょう」
「うーん、これはこれですごいけど回っているのかなぁ……」
回っているというよりは、むしろ流れている感じである。
「じゃとにかくドーナツを食べてみてください」
と言って後輩は店員からドーナツを2つ受け取った。
特に注文もせず、ひょいと渡されるようにしてドーナツが出てきた。
「あれ、お会計は?」
「味見なのでタダです」
「え!?」
どうやらこの店独特の戦略らしく、積極的に味見をすすめているようだ。
注文待ちの人、どのドーナツを食べようか思案中の人。
店内にいるすべての人に揚げたてのドーナツをタダで配っている。
それも味見用のカケラなどではなく1個丸ごと。
看板メニューの「オリジナルグレーズド」を配っているのだ。
砂糖を薄くコーティングしただけのいちばんシンプルなもので、
クリスピークリームの1番人気がこれだという。
そしてこのドーナツが信じられないほどうまい!
揚げたてアツアツは食感が驚くほど柔らかく、
かぶりついたその歯を生地がふんわりと抱きとめるよう。
コーティングされた砂糖がとろりと流れてきて、
同時に卵の香りがぷんぷんと広がる。
「うわ、ドーナツってこんなにうまいんだ!」
というカルチャーショックが襲ってくるほどの味だった。
「どうですか、回るドーナツは? 美味しいでしょう」
後輩が小憎らしいえびす顔で問いかけてくる。
だが、ちょっと待て。美味しかったが回っていたのだろうか。
ベルトコンベアーを流れてはいたが回ってはいなかった気もする。
人の手から機械を経て、再び人の手に戻ってくるあたりは、
循環していると表現できなくもないが……。
「むぅ、これだけで新村が回っているとはいえぬ……」
厳しい表情で僕が言うと、後輩はニヤッと笑って言った。
「ふっふっふ、そうくると思いましたよ。次に行きましょう」
「あ、次もあるんだ。ドーナツだけじゃないんだね」
「もちろんです。新村のあちこちが回っているのです」
次にたどり着いたのは1軒の回転寿司店だった。
「回転寿司は以前から人気でしたが、最近はさらにエスカレートしています」
「うーん、回転寿司ねぇ……」
僕も韓国の回転寿司人気には気付いていた。
日本式の握り寿司に加え、ロール寿司が若い世代の人気を獲得。
専門チェーンが続々と誕生し、繁華街を席巻し始めている。
「最近の回転寿司はなかなかすごいんですよ」
「でも、わざわざ韓国に来て食べるほどのものかなぁ」
「それはまず食べてみてから言ってください」
後輩はどこまでも自信満々である。
実際に入ってみると、確かにかなりの熱気だった。
広い店内は客でぎっしり。板前さんの人数もずいぶん多い。
そして目の前に流れる寿司もなかなかのものである。
握り寿司だけでなく和食の一品料理やロール寿司が豊富。
プリンなどのデザートメニューや果物も回っている。
日本の住宅地に多いファミリー向け大型回転寿司店のようだ。
ものは試しにと数皿食べてみると、これがなかなか悪くない。
エビ、マグロといった定番ネタから、ちょっと仕事をしたあぶり寿司まで、
思わず「むほっ」という笑顔がこぼれてしまう味だった。
特にロール寿司の種類豊富さは、日本人としてもかなり楽しい。
ボルケイノ巻き、クランチ巻き、ゴールデンカリフォルニア巻きなど、
名前からまったく味の想像できないロール寿司がメニューに並ぶ。
せっかくなので店の名前を冠した「縁巻き」を注文してみたところ、
サーモン、とびっこ、エビフライなどの詰まった太巻きが出てきた。
かなり雑多なネタ構成だが、ごはんと海苔のおかげで不思議に調和している。
また、地味ではあるが納豆巻きの存在にも驚いた。
僕が留学していた頃は、韓国で納豆なんて夢のまた夢だった。
今の留学生は自由に納豆を食べることができるのか。
そう思ったら、何か胸に熱いものがこみ上げるようだった。
「どうですか、見事に回っているでしょう」
納豆の余韻に浸っていた僕に後輩が声をかける。
「うん、確かに回っているね」
「回転寿司の店が増え、新村は大いに回っているのです」
お茶のおかわりをしながら後輩が胸を張る。
だが、ちょっと待て。回っているのは確かだが、
これは回転寿司ブームというだけで新村とは特に関係がない。
そこを指摘すると後輩は不適な笑みを浮かべて言った。
「ふっふっふ。ならば最後の切り札を用意しましょう」
「最後の切り札?」
「八田さんの大好きなものが回っているところです」
と言って後輩は勢いよく席を立ち店の外に出て行った。
見るとカウンターには伝票が残されたままである。
「あのやろう……」
やられた感じはあるが、今はそれどころではない。
急いで会計を済ませ僕は急いで後輩の後を追いかけた。
後輩が案内したのは新村のいちばん賑やかなところだった。
居酒屋や焼肉専門店やなどが立ち並ぶ、新村の酔っ払いストリート。
あちこちで歓声怒声が響き渡り、千鳥足の団体同士がすれ違う。
そんな横丁のとある地下の店へと僕らは降りていった。
「さあ、どうですか!」
後輩が指差したのは店の中央にある細長いテーブルだった。
切り株を連想する木製のテーブルで、囲むように10数人は座れそうだ。
だが、いきなりテーブルを見せられても訳がわからない。
と思った瞬間、テーブルの内側に秘められた異変に気付いた。
「ん……んんん……ん! ああっ!!」
木製テーブルは表面を透明なアクリル板で覆われており、
そのすぐ下には、白い川のようなものが流れていた。
テーブルの外周に沿って、内側に流れるプールを作った感じ。
そしてそこを流れる液体は、どう見ても韓国で親しまれているあの酒。
「こ、この白い川はまさか……」
「そう、マッコルリが流れているんです」
後輩は鼻の穴を500ウォン玉サイズに広げて言った。
マッコルリとは韓国で庶民の酒として親しまれるどぶろくのこと。
そのマッコルリが川となってテーブルの中を流れていた。
テーブルの表面はアクリル板で覆われているものの、
ところどころに穴が開いていて、そこからひしゃくですくうことができる。
流れている酒量はかなり豊富で、ちょっとやそっとでは尽きそうにない。
店のシステムを教えられてさらに驚いた。
なんとこの店は飲み放題が基本なのである。
1人4000ウォンを支払うことで4時間自由に飲むことができる。
その間は流れゆくマッコルリを汲み放題、飲み放題。
自分の器に酒がなくなったら、川から汲んで飲めばよいのだ。
その光景はまるで現代に登場した養老の滝のよう。
汲めど尽きない酒の川。呑兵衛にとっては極楽のような店だ。
「どうですか。酒が回っているでしょう」
後輩が満面の笑みをたたえて言う。
「うんうん、回っているねえ」
僕もこの状況では笑わずにいられない。
あまりの喜びに顔の筋肉が知らず知らず緩んでいく。
「新村は大いに回っているのです」
「うん、新村は大いに回っているねえ」
そして僕と後輩は笑顔のまま、回る酒を心ゆくまで堪能した。
今回確認した結果、新村は確かに色々なものが回っていた。
ドーナツ、回転寿司、そして回転するマッコルリ。
中には微妙なものもあったが、ここまで揃えば認めてもいい気がする。
どれもが魅力的であり、同時期に同じ町で人気を得ているのは本当に不思議だ。
今後こうした回転料理ブームは徐々に拡大するのだろうか。
流行の最先端である新村がこの状況なら全国進出も決して夢ではない。
いま新村は回っている。
今後は韓国全土が回るかもしれない。
コリアうめーや!!はここに予言をしよう。
2006年は回転料理の時代だ!
<おまけ>
新村回っているお店データ
店名:Krispy Kreme新村店
住所:ソウル市西大門区滄川洞18-5
電話:02-362-1470
HP:http://www.krispykreme.co.kr/(韓国語)
店名:寿司縁(スシエン)
住所:ソウル市西大門区滄川洞123-234
電話:02-365-3223
HP:なし
店名:泡石亭(ポソクチョン)
住所:ソウル市西大門区滄川洞52-157
電話:02-332-5538
HP:なし
<お知らせ>
回転料理の写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/
<お知らせ2>
新しい本が出ることになりました。タイトルは『一週間で「読めて!書けて!話せる!」ハングルドリル』。前作の『3日で終わる文字ドリル 目からウロコのハングル練習帳』に続く内容として、ハングルの習得から韓国語の超基礎編にまで突入した初心者向けのテキストです。韓国語を始めたいと思っている人、始めかけてあきらめた人、『目からウロコのハングル練習帳』でハングルを覚えて次のステップに進みたい人などにオススメできる本です。相変わらず筆者である僕の写真があちこちに登場し、全体的にふざけた感じの本になっておりますが、肝心の内容は真面目なものなのでご安心ください。発売日は10月25日。出版社は学研。CDがついて定価は1260円(税込)と、前回よりもお買い得になっております。書店で見かけたら、ぜひ手にとってやってください。宜しくお願いします。
<八田氏の独り言>
このメルマガでは色々なブームを予見してきました。
ですが当たったことは1度もありません。
コリアうめーや!!第110号
2005年10月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com