コリアうめーや!!第88号
<ごあいさつ>
11月になりました。
今年も残すところ、あと2ヶ月です。
カレンダーに目をやってみると、
「2005年の元旦は土曜日か……」
なんてこともすぐわかるようになりました。
2004年も、いよいよ残りわずかです。
さて、そんな2004年の冬ですが、
八田氏の周りには、ある重大ニュースが飛び込んでいます。
詳細はメルマガの最後に語りますが、
久しぶりに大きな発表をしたいと思います。
もちろんメルマガ本編も気合充分。
コリアうめーや!!第88号。
自宅のキッチンから、スタートです。
<牛丼の喜びは韓国にもアリ!!>
初めて牛丼を食べたのは、高校1年生の頃だった。
クラスメートのひとりが牛丼店でアルバイトを始め、
冷やかし半分で彼の仕事ぶりを見に行ったのである。
午後のヒマな時間帯に店を訪ねると、その友人は、
「おお、よく来たな!」
と、大歓迎で、自慢の牛丼を振舞ってくれた。
カウンター越しに、スチャッスチャッと牛肉を盛り付ける姿は、
なんだか妙に大人びて見え、カッコよかった。
「ようし、食え!」
と、彼がカウンターに運んできたのは、
牛丼の特盛、味噌汁、生卵、お新香、ゴボウサラダというフルコース。
初めての牛丼体験にしては、かなり贅沢な内容である。
だが、このときの僕は、まだ牛丼の食べ方を知らない。
今、思えば牛丼に食べ方も何もないのだが、
生卵をどうすべきかなど、わからないことだらけで内心慌てていた。
「よし、こういうときは誰かの真似をしよう」
すばやく方針を固めた僕は、
同行した友人の姿を横目でちらっと見た。
カシャカシャカシャと熱心に生卵をかき混ぜている。
なるほど。まずは卵をかき混ぜるのだな。
僕も同じように卵をカシャカシャとかき混ぜる。
さて、その次はどうするのだ?
だが、友人はまだ卵をかき混ぜている。
ずいぶん念入りに卵をかき混ぜるものだな、
と思いつつ、僕も同じように卵をかき混ぜ続ける。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ。
1分間くらい、沈黙が続いただろうか。
これはいくらなんでも長すぎだろうと、友人を見ると、
彼も僕の動作を横目でチラチラと見ていた。
なんてことはない。2人とも牛丼は初めてだったのだ。
結局、厨房で働く友人を再度呼び、食べ方を教えてもらった。
初めて食べる牛丼は、とろっと甘い醤油味でとてもおいしかった。
なぜこんな牛丼話が突然始まったかというと、
あまり深い理由はなく、単純に韓国の牛丼話を語りたかっただけである。
牛丼つながりというだけで、わけのわからない前置きになったが、
こうした展開は、今に始まったことではないのでよしとしたい。
問題は韓国の牛丼なのである。
日本の牛丼は、BSE問題の影響を真正面から受け、
いまだ受難の真っただ中にある。
今年の2月から、牛丼チェーンは次々に牛丼の販売を停止。
最近になって一部のチェーンが牛丼を復活させたが、
牛肉の産地が異なるため、以前と同じ味という訳にはいかないようだ。
日本の牛丼が食べられないのなら、
韓国の牛丼に目を向けてみるのはどうだろう。
そう考えた僕は、本棚から1冊の本を抜き出した。
本のタイトルは『96種類、人気粉食』というもの。
粉食というのは、ウドンや餃子など、小麦粉を使った料理のこと。
韓国には普通の食堂とはまた別に、
麺類や軽いごはんものを出す、粉食専門店が数多くある。
この本はソウルにある有名粉食店のレシピを、
そっくりそのまま公開しているというスゴイ本なのだ。
掲載店の中には、僕が留学時代に通った店も含まれている。
そして、その店の人気メニューとして紹介されているのが、
強引な冒頭からもわかるように、韓国式の牛丼なのである。
いや、牛丼と言い切ってしまうと、ちょっと語弊があるかもしれない。
正確な名前で書くと、プルコギトルソッパプ。
韓国には牛丼を連想させる料理がいくつかあるが、
プルコギトルソッパプもその中のひとつといえる。
プルコギは、甘いタレに漬け込んだ牛焼肉のこと。
トルソッパプは、石釜のごはんを意味する。
石焼きビビンバの具が、プルコギに代わったようなものだ。
日本の牛丼が食べられないなら、韓国の牛丼を食べよう。
そう思いたった僕は、休みの日曜日を使って、
本格韓国式牛丼(プルコギ丼)作りにチャレンジしたのだった。
本を広げて、まず材料を見る。
牛肉、ごはん、生卵、タマネギ、ニンジン、
長ネギ、ニンニク、バター、ゴマ。
ここまでは比較的、当たり前の材料が並んでいる。
ニンジンやニンニクが入るのは日本の牛丼と異なるが、
ニンジンは彩り、ニンニクは韓国の必須香辛料である。
驚いたのは、調味料の欄であった。
醤油、砂糖、ゴマ油、サラダ油、コショウ、コーラ。
「うん、コーラ!?」
目でさーっと活字を追いかけていき、
コーラを通り過ぎた瞬間に、ギョッとして視線を戻す。
何かの見間違いかと思ったが、
確かに「コーラ大さじ1」と書かれていた。
「コーラ」を「大さじ1」。
これまでの人生では、あまり耳にしたことのない単位である。
確かに韓国料理では稀にコーラを隠し味として使うとは聞いていた。
だが、実際にレシピとして書かれているとやはり違和感がある。
よくよく見ると一口メモのところに、
――プルコギを作るときにコーラを入れると、甘味が加わる効果のほかに、
牛肉特有のにおいを消し、肉質を柔らかくする効果もある――
と書かれていた。
どうやらそれなりにきちんとした意味があるようだ。
「このレシピは大丈夫だろうか……」
と一瞬疑ったが、気を取り直して調理を始める。
まず材料を食べやすい大きさに切り、
ついで、各種調味料を混ぜ合わせていく。
プルコギは下味に漬け込んでから焼くものなので、
この調味料作りが味の重要なポイントとなる。
せっかくなので、その配合も書き記しておこう。
みじん切りニンニクを大さじ1。
醤油大さじ1と1/2。砂糖は大さじ1/2。
そして、コーラが大さじ1。
コーラを混ぜた瞬間、ボールの中がシュワシュワに泡立った。
料理というよりも、化学実験をしているような気分になる。
「本当にこれで大丈夫なんだよな……」
またも不安になって味見をしてみたが、意外にもかなり本格的な味だった。
焼いた肉と一緒でなくとも、プルコギの味だとすぐにわかる。
コーラの味もきちんとするが、これは確かにプルコギの味だ。
「へえ、なかなかやるもんだな……コーラ」
思わずコーラのボトルをしげしげと眺めてしまった。
先を急ごう。
混ぜ合わせた調味料に、牛肉とタマネギを投入。
味がよく染み込むように、手で揉んで全体を馴染ませる。
韓国料理は「手」の味が重要。丹念に揉みこんでゆく。
肉の下ごしらえがすんだら、これをよく熱したフライパンで炒める。
ニンジン、長ネギに、牛ダシのスープも大さじ1加え、
若干多目の水分で、クツクツ煮る感じに炒める。
このあたりはきちんとレシピに従った。
その甲斐あってか、この段階でかなり食欲をそそる感じだ。
そしていよいよ石釜ごはんの準備。
石釜の底にバターを塗り、ごはんを盛り付ける。
表面を平らにならした上で、フライパンのプルコギを移し、
最後の仕上げとして、中央に卵黄をひとつ落とす。
後はオコゲを作るべく、コンロにかけるだけである。
火にかけてしばらくすると、ジリジリジリという音が聞こえてきた。
「くうー、うまそうだぁ」
見ると、韓国で食べたプルコギ丼にそっくりである。
店のレシピがそのまま収録されているとはいえ、
正直、ここまで忠実に再現できるとは思っていなかった。
記憶の中の姿そのままで、思わず目頭が熱くなる。
興奮したまま、器を食卓に持っていく。
キッチンを出ると、ジリジリという音がよりはっきりと聞こえた。
プルコギ特有の、ほんのり甘い香りもたまらない。
写真を撮るのももどかしく、スプーンを手に突撃である。
まずは真ん中の卵をプチッとつぶす。
流れ出る黄身が全体に行き渡るよう大きく攪拌。
底の方に抵抗感があるのはオコゲができている証拠。
かき混ぜるたびに、湯気と香りが乱れ舞う。
まずは混ぜ役だったスプーンを、
口でぬぐいがてら、一口目として放り込む。
アツアツのごはんが口に入ってくると同時に、
卵のまろやかな食感と、上品な甘さがふわっと広がった。
「ああ、これだ。この味だ……」
留学生時代の記憶が、一斉に蘇ってくるようだった。
少しばかりの牛肉と、数種類の野菜。
調味料の種類もさほど多いという訳ではなく、
調理に特別な技術がいることもない。
ごくごく単純な料理だが、これが絶妙の味に仕上がっている。
なるほど。これが店の味というものか。
プルコギ丼を夢中で食べながら、妙に感心してしまった。
日本の牛丼が食べられないので、韓国式の牛丼を作ってみる。
この試みは予想以上の成果を収めたようだ。
牛丼の完全復活までには、まだまだ時間がかかると思われる。
僕はその間、心の隙間を韓国式牛丼のほうで埋めてみたいと思う。
しばらくの間なら、自作プルコギ丼でつないでいけそうだ。
ただ、牛丼復活にあまり時間がかかるようであれば、
プルコギ丼のほうに心を奪われてしまうかもしれない。
なにしろ自宅で作るプルコギ丼はかなりの出来だったのだ。
日本牛丼の奮起を、心から期待する。
僕は日韓どちらの牛丼も大好きなのだ。
ああ、牛丼に幸あれ。
<お知らせ>
プルコギ丼の写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/
<お知らせ2>
昨年7月に出版した本に続き、2冊目の本を出すことになりました。今度は韓国語をこれから始めたいと思っている方を対象とした、ハングルの練習帳です。それもただの練習帳ではなく、どうせ勉強するのなら楽しく勉強しようじゃないかと、さまざまな角度から工夫をこらした本です。言葉遊びや、パズルのような練習問題、前代未聞の作り話など。基本となる内容は大真面目でありつつ、味付けの部分で遊びの要素を多く取り入れてみました。ハングルを楽しく勉強したいという方には、ぜひオススメしたい本です。出版社は1冊目と同じくGAKKEN(学研)。オール2色刷り。定価1470円(税込)。今月末には全国の書店に並ぶ予定です。
<八田氏の独り言>
今月末に出版なのに、まだ追い込み作業をしています。
今日は最後の校正をしに行く予定。頑張ります。
コリアうめーや!!第88号
2004年11月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com