コリアうめーや!!第83号
<ごあいさつ>
4年に1度の祭典。
オリンピックが始まりました。
テレビのリモコン片手に、寝不足の日々が続きます。
野球、サッカー、柔道、水泳、バレーボール……。
見たい競技はたくさんあり、
チャンネルをかえるだけでも大忙しです。
そのチャンネル移動も、タイミングによっては、
すぐさま喜んだり、悔しがったりしなければなりません。
瞬発力が必要とされる一喜一憂。
ここ数日、感情表現のスピードが、
すごい勢いで向上している気がします。
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
引き続き7月の旅行で拾ってきたネタの紹介です。
港町、釜山で出会った追憶の料理。
僕自身も忘れていた、とある料理との再会です。
コリアうめーや!!第83号。
メルマガ界の金メダルを目指す、スタートです。
<釜山で見つけた5年ぶりの十八番!!>
ふとしたことがきっかけとなって、
忘れていたことを思い出す、ということはよくある。
そして、その思い出した記憶が呼び水となり、
その周辺にある記憶までが、次々と思い出されてくる……。
というのも、至ってよくある話だ。
そう、例えば……。
買い物をしようとスーパーに入った途端、
「そういえば高校生のころ、スーパーでバイトしてたな……」
という記憶に、突き当たる。
頭の片隅に、ポツンと蘇った小さな記憶。
だが、そのポツンはたちまち大きく膨れ上がり、
懐かしくも、情けない思い出が、わらわらとあふれ出てくる。
会社の宴会で、先輩社員に暴言を吐き、
本気のケリをくらって、ゴミ箱にぶちこまれたこと。
売れ残った商品を、勝手に持ち帰り、
仲間うちで大宴会をやって盛り上がったこと。
レジカウンターで働いていた1コ上の先輩に、
酔っ払った勢いでプロポーズしてしまったこと。
そして、当然のように玉砕し、
その後、かなり気まずかったこと。
あんなこと。そんなこと。
できれば思い出したくなかった、こんなこと。
後から、後から、湯水のように湧いて出てくる。
ふとしたことから蘇る、人間の記憶というのは本当に面白い。
そんな面白い経験を、つい先日、
釜山の街で体験してきた。
港近くの繁華街。まわりには映画館。
地下に降りていく1軒の飲食店。
「あれ、この店……?」
どことなく見覚えがある。
この風景、この感じ、この店がまえ……。
おぼろげだった記憶は、徐々に輪郭をはっきりさせていく。
「この店……。ん、ん、ん、この店!?」
そして、あふれ出す記憶。
「あ、この店、昔、来たことがある!」
それは、今をさかのぼること5年前。
友人と1泊2日の日程で、釜山にやってきたときのことだ。
まだろくすっぽ言葉も話せない頃で、
友人に言われるまま、ひたすらついて歩いた旅行だった。
すべてお任せだったせいか、記憶は断片的。
どこをどう回ったのかすらも、よく覚えておらず、
旅行そのもののことも、ほとんど忘れていたくらいだ。
だが、その店を見て思い出した。
僕は確かに、この場所に来たことがある。
あれは1999年11月。
その日、僕は、見事な二日酔いだった……。
「おい、起きろ。出発するぞ!」
キョンス兄貴のがなり声が頭蓋骨に響く。
二日酔いの状況で、この大声は拷問に近い。
僕はベッドの上で、思わず頭を抱えた。
頭はズキズキと痛み、全身にも力が入らない。
断続的に襲ってくる吐き気と、胃痛、腹痛。
へたりきった胃は、まるで酢漬けになったようだ。
「せっかく旅行に来てるんだ。寝てちゃもったいないぞ!」
お、起きるから、少し黙っていてくれ……。
よろよろと身体を起こしながら、僕は心の中でつぶやく。
なぜ、あんなに飲んだのだろう。
痛む頭で、切れ切れになった昨夜の記憶をかき集める。
どうも、焼酎を飲みすぎて悪酔いしたようだ。
「外はいい天気だぞ!」
こんな状態で、天気なんか関係あるか……。
壁に手をかけながら、やっとの思いで身体を起こすと、
半開きのまぶたの向こうで、キョンス兄貴が仁王立ちしていた。
「おはよう。元気?」
キョンス兄貴が僕に尋ねる。
元気もなにも、身体を起こすのがやっと。
その問いに、答える元気すらない。
「駄目そうだな。よし、じゃあ飯を食おう!」
なにが「よし」で「じゃあ」なのかわからないが、
強引な結論を引っ張り出すのは、この人の得意技である。
問答無用。この四字熟語が何よりも似合う人だ。
従って、その飯を食いにいくのに、
「釜山名物の日本料理を食べることにしよう」
と、おかしなことを言い出したとしても、
黙って後についていくよりほかないのである。
僕は痛む頭を抑えつつ、よろよろふらふらと後について歩いた。
キョンス兄貴が案内してくれた店は、
繁華街の中ほどにある、薄暗い地下の店であった。
客の入りはほどほど。地元では有名な店とのことである。
人気のある店らしく、席につくと待ち時間ほとんどなしに料理が出てきた。
「さ、食べよう」
「うす……」
「これが釜山名物の日本料理ワンタンだ!」
「わ、ワンタン……?」
さすがに面食らった。
ワンタン……って、あのワンタン?
であるなら、それはどう考えても中華料理である。
釜山名物の日本料理、というのもおかしな表現だが、
それがワンタンというのは、さらに輪をかけておかしな話だ。
どんぶりの中をのぞくと、透明なスープ。
刻みネギ、豆モヤシ、ノリなどが浮かぶ下には、
ぴらぴらしたワンタンがたっぷりと沈んでいた。
「ほ、本当にワンタンだ……」
スプーンを手にとってスープを一口すすってみる。
口の中にぷんと広がったのは、煮干の香り。
塩と醤油で、あっさりとした味がつけられている。
なるほど。これなら、確かに日本料理といえなくもない。
「釜山のワンタンはどう?」
「うまいですね。うまいですが……」
煮干の臭いが鼻につきすぎる。
二日酔いの身としては、ちょっと苦しい。
結局、2口、3口すすったところで、
僕はあきらめてスプーンを置いた。
みんながおいしそうにワンタンをすするなか、
僕はただじっと固まったまま、死んだ魚の目をしていた。
今日はもう駄目だな。おとなしくしていよう。
と思ったそのとき、視界の脇に妙なものが目に入った。
赤いスープ。キョンス兄貴のスープが真っ赤に染まっている。
「なんすか、それ?」
「うん?」
「スープ。赤いじゃないですか」
「ああ、これか。唐辛子を入れたんだ」
見ると、テーブルの上に粉唐辛子の入れ物が置かれている。
これを好みで入れて食べよ、ということのようだ。
「ちょっと食べてみるか?」
キョンス兄貴が、自分のどんぶりを差し出した。
スプーンを伸ばして、それをすすってみると……。
「あ……うまい!」
鼻につくほどだった煮干の強烈な風味が、
唐辛子を入れることによって、いい具合に中和されている。
煮干の旨みだけで若干寝ぼけ気味だった味も、
唐辛子の刺激でキリッと引き立った感じだ。
「韓国人は唐辛子をバサバサ入れるんだ!」
僕の「うまい」という言葉に喜んだのか、
キョンス兄貴は、さらに唐辛子を入れてみせた。
また、無駄なやせ我慢を……。
とも思ったが、今は真似をする一手である。
僕も、負けじと、スプーンに大さじ3杯ほど、ざらざらと投入した。
不思議なことに、味は格段によくなった。
唐辛子が入ってピリピリしたスープが心地よい。
くたびれた胃が、少しずつ動き出したようだった。
薄い皮のワンタンも、舌に滑らかで食べやすい。
中に入った具が少量であるのも、ちょうどバランスがよかった。
皮の占める割合が多いので、ぴらぴらした舌触りがより際立っている。
口に入れた瞬間に、つるっと胃まで流れ落ちてゆくようだ。
最初は3口であきらめたワンタンだったが、
ふと気がつくと、1人前すべてをたいらげていた。
そして、驚くべきはもう1点。
会計を終え、店の階段を上ったとき、
僕は自分の変化に気がついた。
「あ、あれ?」
「なんだ、どうした?」
「なんか二日酔い、治ったみたい……」
店に入るまで、鉛のように重かった僕の身体は、
唐辛子ワンタンを食べて、まったく別物のように軽くなっていた。
確かに、唐辛子には発汗作用、代謝効果などがあり、
胃液の分泌も促すので、二日酔いには効果があると言われる。
だが、ここまで劇的に効果が現れるのは稀である。
僕の身体は、1度裏返して洗濯したかのように、
キレイ、サッパリ、スッキリの状態になっていた。
「うん、そのために連れて来たんだからな!」
キョンス兄貴は、満足そうに胸を張った。
今、思いついた理屈に違いなかったが、
感謝の気持ちを込め、僕は何も言わなかった……。
以上が、蘇ってきた記憶である。
記憶の底に眠っていた、ワンタンの思い出。
そのワンタンを、僕は5年ぶりに食べてきた。
店はそのときとほとんどかわりなく、
ワンタンの味もかわっていないようだった。
煮干の風味はあいかわらず強く、ワンタンはぴらぴらしている。
僕はテーブルの上にある唐辛子を、
3杯ほどざらざらと投入した。
5年前の秋が、目の前に戻って来た気がした。
<おまけ>
釜山名物として知られるワンタンの歴史は、1947年「元祖18番ワンタン」という店が開業したことに始まります。もともと中国の料理であるワンタンですが、「元祖18番ワンタン」の創業者が植民地時代に日本で食べ、それを解放後に釜山へ持ち帰って始めたとのことです。中国、日本、韓国と渡ってきたワンタン。1杯3~400円で食べられる庶民の味ですが、その中には歴史の姿が刻まれています。今日8月15日は終戦記念日。韓国では光復節と呼ばれる、解放記念日です。
<お知らせ>
ワンタンの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/
<八田氏の独り言>
二日酔いに唐辛子ワンタン。
なかなか効きます。
コリアうめーや!!第83号
2004年8月15日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com