コリアうめーや!!第76号
<ごあいさつ>
5月になりました。
ゴールデンウィーク真っ只中です。
あちこちお出かけになっている方も多いことでしょう。
ふと見渡せば、僕の身の回りでも、
韓国へと旅立っていった人がけっこういます。
いやあ、うらやましいですねえ……。
え、僕ですか。あはは。
なーんにも予定ありません。
ええ。連休中ずっとです。はあ……。
なんて力ないため息をついたりして。
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
ちょっと納得のいかない料理を紹介します。
珍しく辛口モードの八田氏ですが、
決して連休どこにもいけないやつあたりではありません。
コリアうめーや!!第76号。
カレンダーをにらみつけながらスタートです。
<悲しみの議政府チゲを一刀両断!!>
ソウルの北。国鉄に乗って1時間ほどのところに、
ちょっと悲しい名前の名物料理がある。
「ああ、あの料理ねえ……」
と、僕などはその名前を聞いた途端、つい苦笑いを浮かべ、
ハードボイルド風の、乾いたため息を漏らしてしまう。
「料理はいいんだけれど、あの名前がね……」
などともったいぶって、あえて一息には語らない。
僕はそこで一呼吸置き、手にしていた両切りのシガレットを苦そうにもみ消す。
憂いを含んだ表情で、薄くにやっと笑い、
「名前が頂けないよね。名前がさ……」
とわざわざ2度つぶやいて、中空に視線を泳がせる。
最後に吐き出した紫煙が、身体をねじらせるように消えていく。
ふ、決まったな……。
というあたりで、斜め45度後方から冷静な突っ込みが入る。
「八田君、タバコ吸わないし、そもそもそういう渋さは微塵もないよ」
あっという間に引き戻される現実。
剥がされる妄想。霧散する空想。
「わかってるの!いいの!背伸びしてみたい年頃なの!」
つかの間のユートピア。脳内だけのワンダーランド。
僕はふてくされながら、渋々とコンピュータの前に戻る。
このまま最後までカッコよく語っていこうと思っていたが、
仕方ないので、普段どおりに話をすすめることにする。
ええと、なんだっけ。
ソウルの北。国鉄に乗って1時間ほどのところに、
ちょっと悲しい名前の名物料理がある。
話はここからだった。
悲しい料理の名前は、議政府(ウィジョンブ)チゲ。
議政府は、国鉄の終着駅があるその土地の名前。
議政府市の名物料理なので、議政府チゲと名付けられた。
いわゆる土地の名前を冠したご当地料理のひとつなのだが、
この議政府チゲには、ひとつ大きな不満がある。
ハードボイルドは失敗したが、言うことはきっちりと言うことにしよう。
まず、議政府チゲとはどのような料理なのか説明しておこう。
その名の通り、議政府チゲはチゲの一種である。
ただし、具として使われる食材が、少し変わっている。
唐辛子やニンニクをきかせた、純韓国風の味付けにもかかわらず、
なぜか洋風食材が大量に使われているのだ。
ランチョンミート、ソーセージ、ベーコン、インスタントラーメン。
これら洋風食材を、牛肉でダシをとったスープに入れ、
さらに野菜、キムチ、豆腐、韓国餅などの韓国食材も加えていく。
そのごった煮具合は、どこか闇鍋的であったりもするが、
食べてみると、意外にもまったく違和感がない。
激辛スープと洋風食材がきっちり調和しており、
「和洋折衷」ならぬ、「韓洋折衷」料理となっている。
と、ここで、あれ?と思った人もいるのではないだろうか。
韓国料理をある程度知る人であれば、
上の説明からは、また別の料理を想像するはずである。
「ねえねえ、八田君。その料理ってさ……」
「はい、なんでしょう?」
「プデチゲのことじゃないの?」
そう、プデチゲ。ご名答。
ソーセージやラーメンが入ったチゲといえば、
10人中、12人がプデチゲと答えることであろう。
料理の内容を見る限り、両者に違いは一切ない。
乱暴な話、まったく同じ料理といっても、差し支えはないのだ。
では、なぜ2種類の呼び名が存在するのだろう。
その疑問を解くためには、まずプデチゲの歴史をさかのぼらねばならない。
プデチゲが誕生したのは1950年代。
時代としては、朝鮮戦争が終結したばかりの、経済的に困窮した時期である。
プデチゲのプデとは、韓国語で軍隊(部隊)のこと。
食料の乏しかった時期に、駐韓米軍の基地から流出してきた食材を、
一般的な家庭料理である、チゲに応用したのが始まりである。
日本の感覚でいえば、味噌汁の実にソーセージを使ったような感覚だろうか。
食べるものがないから仕方なしに、ということで試してみたのだろう。
ところが、これが瓢箪から駒。
洋風食材を使用したチゲは、意外にも好評を博し、
一躍人気料理にのし上がって、全国へと広まっていった。
そしてこの異色チゲが生まれた土地こそが議政府である。
議政府はプデチゲ発祥の地。元祖の土地なのだ。
実際、ソウルの街などを歩いていると、
プデチゲ専門店に「議政府」の看板が掲げられているのをよく見かける。
「議政府プデチゲ」はすでにひとつのブランドと化し、
プデチゲの代名詞ともなっているくらいだ。
では、この事実を踏まえて本題に戻ろう。
議政府チゲとは一体なんなのだろうか。
結論から言ってしまえば、議政府チゲとは、
議政府市内のプデチゲ専門店でのみ使われる料理名である。
プデチゲの名で全国に広まった料理を、議政府では元祖のプライドから、
あえて議政府チゲ、または議政府名物チゲと称しているのだ。
僕はここに物悲しさが感じられて仕方ない。
わかりやすく、博多名物のモツ鍋あたりを例にとって説明しよう。
まず「博多モツ鍋」という名前は、全国に轟いている。
日本全国、どこの居酒屋メニューに並んでいてもおかしくはない。
博多名物として、完全に認知された料理だといえる。
だが、博多市はこの現状に満足せず、
博多とモツ鍋のさらなる発展を目指し、料理の名称変更を思いついた。
そして市による大々的な宣言。
以後、博多ではモツ鍋のことを「博多鍋」と称する。
「博多鍋」の専門店が立ち並ぶ名物通りを作り、
観光客の誘致とともに、博多市のアピールに精を出す。
そのためにも、名前はモツ鍋でなく、「博多鍋」でなければならない。
どうだろう。
気持ちはわかるけど、なんだかなあ……という感じではないだろうか。
確かに元祖かもしれないが、そこまで強調されると辟易する。
日本全国でモツ鍋として親しまれている料理を、
あえて「博多鍋」と独占してしまうのは、やはり傲慢にすぎる。
博多モツ鍋でいいじゃないか。
僕なら絶対そう思う。
この「博多鍋」の話はフィクションだが、
これとまったく同じ発想をもって誕生したのが、議政府チゲである。
議政府市はプデチゲの専門店が立ち並ぶエリアを、
1998年に「名物議政府チゲ通り」として正式に制定。
通りの入口には、黄色く目立つアーチ状の看板も設置し、
市をあげて、「議政府チゲ」をアピールしている。
その議政府チゲを食べに、わざわざ出かけたことがあるが、
通りに入るや「議政府チゲ」「議政府名物チゲ」の看板ばかりで驚いた。
プデチゲの名を掲げた看板など、ひとつも見当たらない。
見渡す限り「議政府」の3文字ばかりである。
また、実際に店にも入って食べてみたが、
ソウルで食べるプデチゲと、そこまで違うわけでもなかった。
「うーん。普通にプデチゲとしてうまい……」
というのが正直な感想だった。
本場で食べるという喜びはあるが、それ以上でも以下でもない。
あえて議政府チゲを主張する何か、というのを期待したが、
それは最後まで見出だすことはできなかった。
春川タッカルビ。安東チムタク。全州ビビンバ。
韓国には地方の名を冠した名物料理がたくさんある。
それぞれが土地の自慢であり、その土地を訪れる人には大きな楽しみとなっている。
プデチゲ発祥の街、議政府。
僕はそれをそのままに誇っていいと思う。
「議政府プデチゲ」の名でよいではないか。
無理をしてまで、元祖をアピールする必要はない。
僕は声を大にして言おう。
「議政府市よ。早くプデチゲの街に戻れ」
そしてまたハードボイルド風に言おう。
「議政府市よ……」
え、言わなくてもいい?
はあ、すいません。では、お後がよろしいようで……。
<おまけ>
議政府チゲを名乗った理由のひとつに、プデ(部隊)という戦争を連想させる名前を嫌ったというのがあるようです。市の象徴を軍隊色にしたくない、という気持ちもあったのかもしれません。詳しい経緯はわかりませんが、いろいろな事情があったのかもしれません。
<お知らせ>
議政府チゲの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/
<お知らせ2>
『ハングル・スタートvol3』(宝島社、定価1238円)が発売になりました。表紙はチョン・ジヒョンです。ペ・ヨンジュンの来日リポート、ウォンビンのファンパーティ独占取材など、盛りだくさんな内容です。韓国カルチャーミックスのページでは、八田氏がキンパプのレシピを紹介しています。
http://tkj.jp/tkj/bessatsu/4796640592/
<八田氏の独り言>
博多市は「おお、その手があったか」
などと考えないように。
コリアうめーや!!第76号
2004年5月1日
発行人八田靖史
hachimax@hotmail.com