コリアうめーや!!第67号
<ごあいさつ>
12月15日になりました。
今年も残すところあと半月。
いよいよ今年最後のコリアうめーや!!です。
今年1年、お付き合い頂きまして、
本当にありがとうございました。
来年もさらなるパワーアップをして、
韓国のうまいものをどんどんお届けしたいと思います。
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
寒風ふきすさぶ年の暮れに、
ふと食べたくなるあったかい料理を紹介します。
寒い季節に食べておいしい料理なのですが、
本当は夏の季節料理という曰くつきの料理でもあります。
赤くて、辛くて、おいしいスープ。
コリアうめーや!!第67号。
身体を芯からあたためるスタートです。
<冬でも夏でもユッケジャン!!>
ソウルが寒さに覆われている。
ひゅーぴゅるるるーと凍えそうな風が吹いている。
すでに雪も降り積もっている。
寒い寒い寒い寒い寒い寒い。
これからの時期ソウルはやけに寒い。
北国出身の人なら「このくらいなら楽勝だぜ」と胸をはるところだろう。
だが、夏生まれ、軟弱な都会育ち、根性へなちょこの僕にとって、
ソウルの寒さは、全身を尻にして尻込みしたいくらいのつらさである。
なにしろもっとも寒い時期には、マイナス10度を平気で下まわる。
ソウルの中心を流れる漢江が凍ってしまうくらいだ。
特に韓国はオンドルがあるため、室内はとてもあたたかいのだが、
ぽかぽかした室内から外に出ると、それはそれは各段に寒い。
まるで気持ちのすれ違ったカップルくらいの温度差だ。
ドアを開けるなり、猛烈な寒気。
それは、パアンとビンタをお見舞いされたくらいの衝撃である。
瞬間的にほっぺたがリンゴ色になり、外へ出ようという気持ちが9割がた萎える。
あああああ、ダメだ。ダメだ。ダメだ。
今日はもう1日おうちの中でじっとしてよう。
1歩外に出ただけでも上出来じゃないか。
よくやった。よくやったぞ俺。
と言いつつも、外に出なければいけないのは厳然たる事実。
やむなく足を1歩ずつ、1歩ずつ進め、
あたたかい部屋に後ろ髪をひかれながら目的地へと足を運ぶ。
寒さに凍える韓国の冬。
その厳しさを乗り切るのはやはりあったかい食べ物しかない。
あったかいものを食べて、身体の芯からあたたまりたい。
それは人間として当然の欲望である。
そして辛いものというのも重要なファクターだ。
特に唐辛子の辛さは、身体を内側からぽかぽかさせてくれる。
韓国の冬を乗り切るためには、あったかく、辛い料理が不可欠なのである。
僕は寒さに凍えながら、オアシスのような食堂に入る。
そしてメニューを見ながら、命のスープを注文するのだ。
ああ、キムチチゲがいいかな、スンドゥブチゲがいいかな。
テンジャンチゲもいいけど、今日は辛いもののほうがいいかな。
そうやって悩み考えた末、ふと思いあたる料理。
それがユッケジャンだったりする。
キムチチゲ、スンドゥブチゲ、キムチチゲ、スンドゥブチゲ、
スンドゥブチゲ、キムチチゲ、スンドゥブチゲ……むむむむむ。
キムチチゲ、スンドゥブチゲ……うん、ユッケジャン!?
そうだ、ユッケジャンだ。今日はユッケジャンなのだ!
と思い至ったときの喜びといったらない。
他のチゲなどに比べ、食べる頻度こそ多くはないが、
いざ食べることに決めると、これほど胸にぐっと迫る料理はない。
今日はユッケジャンと心に決めた瞬間から
全身が急速にユッケジャンモードへと切り替わる。
もはやユッケジャン以外に考えられない。
ああ、ユッケジャン、ユッケジャン、ユッケジャン。
そのユッケジャンとはいかなる料理であるか。
それを一口に語ってしまうのは簡単だが、
せっかくなのでその歴史からみっちりと紹介してみたい。
なにしろユッケジャンという料理は、
その魅力に反し、かなり後ろ向きな由来から生まれた料理なのだ。
今でこそ冬のオアシス料理であるが、かつては真夏に食べる料理であり、
ひょんなことから生まれた代用品料理でもある。
韓国で真夏に食べる料理といえば補身湯(ポシンタン)。
ユッケジャンは補身湯の代用として生まれた。
補身湯とはいわゆる犬肉の鍋のこと。
犬肉を辛いスープでじっくり煮込んだ料理だ。
「補身」という文字が入っているように、
韓国では身体の調子を整えるスープとして捉えられている。
夏の暑い時期に犬肉を食べるのは、夏負けを防ぐ効果があるとされ、
それはちょうど日本で土用の丑の日にウナギを食べるのに似ている。
ところが、この犬肉を食べるのには抵抗感を覚える人も少なくない。
人間のよきパートナーとして犬を愛する人にとっては、
心が痛んで食べられないというのも至極頷ける話である。
こうした考えはなにも現代に限ることではなく、
韓国では古くから犬肉を食べてきたが、忌避する人も多かった。
盛夏、じりじりと太陽に焦がされる季節。
体調管理の難しい時期に少しでもスタミナをつけるため、
人は犬肉を食べて体力を回復させる。
だが、自分はその犬肉を食べることができない。
どうするべきだろうか……。
こうした悩みを抱える人は、特に地位の高い人に多かったようだ。
犬肉食をけがれたものと捉える考え方もあり、
宮廷では公然と犬肉を食べるのがはばかられていたとも聞く。
そうした中で、犬肉の代用食が生まれるのはごく自然な流れではないだろうか。
宮廷の料理人は頭をひねって、代用料理を考え出す。
そうだ、犬肉がダメなのであれば、かわりに牛肉を使ってみよう。
料理人は犬肉を牛肉で代用し、補身湯を作ってみた。
当時、補身湯はもっとストレートに狗醤(ケジャン)と呼ばれていた。
その狗醤に犬肉の代用品として牛肉を使ったスープ。
当時も今も「肉」といえば「牛肉」のことである。
「肉」の1字を足して「肉狗醤(ユッケジャン)」。
かくしてユッケジャンというスープが誕生したのである。
ユッケジャンは狗醤をベースにして料理を作ったため、
宮廷料理にしては珍しい、唐辛子の入った辛いスープになっている。
韓国の宮廷料理には唐辛子の入った辛い料理がほとんどない。
これは唐辛子が一般的に使われるようになった18世紀以前に、
宮廷料理がほぼ完成していたためである。
18世紀末に書かれた『京都雑志』にある狗醤の記述には、
ネギやタケノコなどの具が入って、唐辛子で辛く味付けた料理とあり、
またごはんを入れて食べると汗をかいて暑気払いになると書かれている。
これを踏襲した結果、ユッケジャンも具だくさんで辛い料理になった。
現在では細く裂いた牛肉をメインに、
豆モヤシ、ワラビ、芋茎、長ネギ、青唐辛子などたくさんの野菜を入れる。
また最後に溶き卵を流し込んで、味に柔らかさを加える。
栄養価が高く、味の面でも魅力たっぷりの料理である。
辛いスープをすすりながら、野菜もたっぷり食べられる。
そしてこれがまたごはんによく合うのだ。
薀蓄がずいぶんと長くなった。
古い歴史をぐちぐち語らずとも、
ユッケジャンはとても魅力的な料理だ。
頭を切り替えて、目の前のユッケジャンを楽しもう。
「はーい、こちらユッケジャンです」
目の前にユッケジャンの大きな器がドンと置かれる。
まず目に飛び込むのがそのたっぷり具合。
普通のチゲよりも一回り大きい器に盛られることが多く、
具だくさんで、かつ汁もたっぷりなのである。
スープをひとすすりすると、唐辛子の辛さが、
口唇から口の中、喉、食道、胃とピリピリ刺激していく。
牛のダシがしっかりと出ており、舌に残る旨味が心地よい。
このスープをしばらくすすって、身体を中まであたため、
しかるのち、おもむろに箸を手に取って具へと向かう。
ユッケジャンの魅力はこの具を箸でつかむ瞬間にもある。
チゲなどとは違い、具に豆モヤシ、ワラビ、芋茎などの細モノが多い。
この細モノがあたかも短い麺のようにも見える。
この細モノ一派を汁の中から、ワシッとつかみとり、
口の中へと放り込む。あーんと大口でだ。
細くてシャキシャキした豆モヤシ、柔らかく煮込まれたワラビ、
そして今は妙に懐かしい味となった芋茎が独特の風味を醸し出す。
これらの野菜が辛いスープとからまってとてもおいしい。
ユッケジャンの幸せ、ここに極まれりである。
もともとは夏に食べる代用品料理だったユッケジャン。
今では韓国人ですら、そんな歴史は知らない人のほうが多い。
歴史云々は横においといて、とにかくうまいのがユッケジャンである。
真夏に汗をだらだら流しながら食べるユッケジャンもよし。
寒い冬に身体を芯からあたためつつ食べるユッケジャンもよし。
季節をまたぐスイッチヒッター。
それがユッケジャンだ。
<お知らせ>
ユッケジャンの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/
<お知らせ2>
今月学研から発売された『耳から入る韓国語』(監修:川口義一、著者:谷沢恵介・白尚憙)という本に八田氏がコラムを書きました。この本は「耳から入る」ことに特化したユニークな韓国語入門書で、「サランバンソンニムとお母さん」という韓国の物語を繰り返し聞くことによって韓国語習得を目指すという本です。興味のある方は、書店でぜひ手にとってみてください。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9977673047
<お知らせ3>
『八田式「イキのいい韓国語あります。」韓国語を勉強しないで勉強した気になる本』は好評発売中です。ホームページでは裏話、ブックレビューなどを紹介しています。
http://www.koparis.com/~hatta/news/news_000.htm
<八田氏の独り言>
18日から3泊4日で韓国に行きます。
お目当てはなんと牛のサムギョプサル。
コリアうめーや!!第67号
2003年12月15日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com