コリアうめーや!!第63号
<ごあいさつ>
涼しくなってきました。
残暑の記憶が日に日に薄れていきます。
一昨日よりも昨日、昨日よりも今日。
日々気温が下がっていく感じです。
木枯らしに震える季節ももうすぐですが、
反面あったかい料理がおいしい時期でもあります。
秋の喜びから、いよいよ冬の喜びへ。
先日ついに、今シーズン初の熱燗を飲み、
一緒におでんなどつまんでしまいました。
いやいや、うまかったですねえ。
本格的な冬ももうすぐそこです。
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
ちょっと変わった麺料理を2種紹介したいと思います。
ひとつは色の変わった麺料理。
もうひとつは不思議な融合の麺料理です。
コリアうめーや!!第63号。
2倍お得なスタートです。
<緑か鶏か、新旧交代麺バトル!!>
ぶっちゃけて言ってしまうが、
僕はソウルをよく知らない。
おいしい店や、雰囲気のいいカフェ、
ゆったりとくつろげる映画館なども知らない。
ホテルやエステ、観光スポットの情報にも疎い。
ソウルについて聞かれても基本的に困る。
「ねえ、八田くん。明洞あたりでおいしい焼肉屋さんないかな?」
「え、えーっと、家に帰って調べてみるね」
「ソウルでオススメのホテルってどこ?」
「う、うーんと、ホテルはほとんど泊まったことないなあ……」
「市庁の近くに泊まるんだけど、評判のいいエステある?」
「さ、さあ……」
「もしかしてソウルのことよく知らない?」
「う……」
僕はソウルに留学していたが、極端に出不精な留学生だった。
留学生時代のほとんどを新村(シンチョン)という町だけで過ごし、
旅行者が訪れるところにはほとんど行かなかった。
そんなわけで僕はソウルを知らない。
ただし、その反面。
僕の過ごした新村にだけは異常に詳しい。
1人前5000ウォン(約500円)の破格値でプルコギを食べられる店。
いきなり30人の団体で行っても入れるビアホール。
日本語の歌がとにかくたくさん歌えるカラオケボックス。
突然便意を催したときに行く、きれいなトイレとそこへ至るまでの近道。
グーグルの検索よりも素早く答えてみせる自信がある。
そんな新村の達人として、
ぜひとも紹介しておきたい麺料理がある。
今回はその話をしよう。
先日、韓国に行ったときのこと。
新村で暮らす留学生と、学校の近くで昼食をとる機会があった。
留学生の女の子は僕に言った。
「お昼はカルグクスなんかいかがですか?」
「おおっ、いいねえ」
その瞬間、僕の脳裏に1軒の店がパッと浮かんだ。
この近辺でうまいカルグクスの店といえばあそこしかない。
「あそこのカルグクスはおいしいよね」
「あれ、ご存知なんですか?」
「当たり前じゃない。僕だってずっと暮らしてたんだからさ」
と、僕はBカップの胸を張ってみせた。
女の子はちょっと不思議そうな顔をしたが、特に何も言わなかった。
僕は頭の中でかつての記憶を掘り返す。
あのカルグクスおいしかったな。
そういえば、ずいぶん長いこと食べていないな。
あの麺が独特なんだよな。
そうだ! あの店は麺が独特なのだ。
カルグクスというのは、小麦粉で作った麺料理のこと。
カルは包丁、グクスは麺で切り麺という意味になる。
日本のうどんとよく似ているが、
鶏肉や貝、または煮干などであっさりとしたスープを作るのが特徴。
またスープで麺を煮るため、できあがりに少しとろみがある。
僕が留学生時代によく通ったその店は、
カルグクスの麺が、なんと緑色をしていた。
麺の中にホウレンソウとケールが練り込んであるのだ。
香り、味からはほとんど野菜の雰囲気を感じさせないものの、
栄養価が高く、目にも鮮やかなのである。
「あそこのカルグクスうまいよねえ。楽しみだなあ」
僕はひとりごとのように言い、
ニコニコしながら女の子の後ろをついていった。
学校を出て、目の前の坂をくだり、
最初の十字路を左。しばらくまっすぐ行って……。
あれ、あれれ? 左に曲がらないの?
「ここの2階です」
そう言って、女の子は最初の十字路の角にある建物に入っていった。
え、だってカルグクスでしょ。
学校のそばで、お昼ごはんで、カルグクスでしょ。
あの緑のカルグクスのことじゃないの?
僕は瞬間的に動揺し、慌てふためき、そしてアタフタした。
「え、え、え、え……」
と全面的に「え」だけの人になり、
挙動不審にキョロキョロしながら、後について階段を上がる。
「ここです」
と女の子が指差したのは、
ずいぶんと高級そうな鶏料理専門店であった。
「と、鶏料理……?」
「ええ、ここのパンゲククシがおいしいんです」
「ぱ、パンゲククシ……?」
パンゲククシとは一体なんぞや。
聞いたことすらない料理名であった。
女の子の説明をもとに理解すると、
どうやらパンゲククシは次のような料理であった。
まず「パンゲ」とは「半鶏」の韓国語読みである。
サムゲタン(参鶏湯)という有名な料理があるが、
これは若鶏の腹にもち米や高麗人参、ナツメなどを詰めて煮込んだものである。
その若鶏を半分だけ使ったものがパンゲタン(半鶏湯)。
小さい若鶏といえども1匹食べるのは多すぎる。
そんな人のために開発されたのがパンゲタンなのだ。
その「パンゲ」に「ククシ」が加わる。
この「ククシ」とは安東地方の方言で「麺」を表す。
カルグクスの「グクス」と意味は同じだ。
「パンゲ(半鶏)」に「ククシ(麺)」が加わるとはどういうことか。
小さい若鶏といえども1匹は多すぎる……はずだったのに、
それが一般的になると、今度はその空いたスペースが気になってくる。
じゃあ、まあ麺でも入れてみようかということになり、
いつの間にかボリュームが以前と同レベルに逆戻りする。
それがパンゲククシだ。
「へえー、そんな料理があったんだねえ……」
と僕が感心していると、
そのパンゲククシが目の前に登場した。
パンゲククシの登場は迫力に満ちていた。
半分とはいえ若鶏が入るのだから、基本的に器は大きい。
ぐらぐらのスープから、ぶわーんと湯気が立っており、
湯気の向こうには白い麺がたっぷりとのぞいている。
見るからにボリューム1万ボルトである。
僕はその迫力にやや動揺しつつも、
しっかりと箸を握って、パンゲククシに挑んでいく。
ずる、ずるずる、ずるずるずるずる……。
「おおっ、これはうまいっ!」
瞬間的に、脳みそから真剣勝負指令が出される。
と同時に麺をすする効果音が、
「ずるずる」から「ずぞぞっずぞぞっ」に変わる。
目の前を行き交う箸のスピードは5割増しになり、
スピード1万5000ボルトである。
まずスープがうまい。そして麺がうまい。
だいたい鶏のダシがブリブリに出ているところへ、
麺をぶちこむのだから、これがまずいわけがない。
唐辛子ベースの辛い調味料がどろりとかけられており、
こいつをスープに溶かしていくとさらにパンチのきいた味になる。
パンチ2万ボルトである。
一心不乱に麺をすすっていくと、麺の下から半身の鶏が姿を現した。
箸でつかもうとすると、身がホロリと柔らかくほぐれる。
ホロリ3万ボルト……ええい、しつこい。
ともかくじっくりと煮込まれているようであった。
「おいしいでしょう」
女の子が僕に言った。
僕はすすった麺を口にぶらさげたまま、
うんうんと何度も頷いた。
確かにパンゲククシはおいしかった。
半身の鶏を骨だけにして、
スープのあらかたを飲み干したところで僕は尋ねた。
「この店って、いつからあるの?」
「うーん、けっこう最近じゃないですかねえ」
そうだろう、そうだろう。
少なくとも僕のいた時期にはなかった店だ。
この界隈でカルグクスといえば緑のカルグクス。
それがかつての常識であった。
時代は変わっていくものだなあ……。
と僕は思った。
僕は留学生活を送った新村という町だけは異常に詳しい。
安くておいしい店や、団体で入れるビアホール。
いいカラオケボックスや、きれいなトイレ。
グーグルの検索よりも素早く答えてみせる自信がある。
だが、その知識も今は昔。
正しく言い直そう。
僕は留学生活を送った新村という町だけは異常に詳し……かった。
とほほーっ。
<お知らせ>
パンゲククシの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/
<お知らせ2>
『八田式「イキのいい韓国語あります。」韓国語を勉強しないで勉強した気になる本』がソウルでも買えるようになりました。光化門にある教保文庫の日本語書籍コーナーで販売されています。またコリアうめーや!!では、書籍に関するいろいろな情報をアップしています。まだご購入されていないかたは、ぜひ参考下さい。
http://www.koparis.com/~hatta/news/news_000.htm
<八田氏の独り言>
緑のカルグクスもうまいです。
個人的には「緑のたぬき」よりも高評価。
コリアうめーや!!第63号
2003年10月15日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com