コリアうめーや!!第143号
<ごあいさつ>
2月15日になりました。
韓国ではもうすぐ旧正月を迎えます。
今年の旧正月は2月18日。
その前後の期間は、正月連休となります。
今の韓国はちょっと浮かれた雰囲気でしょうね。
帰省の準備をしたり、仕事を急いで片付けたり。
日本に住んでいると旧暦とはほとんど無縁ですが、
韓国には今もしっかり生活に密着しています。
さて、そんな中、今号のメルマガですが、
昨年末の訪韓ネタをまだまだ続けます。
1月末にも韓国に行っておりましたので、
ずいぶんとネタのストックが潤沢になりました。
書き手としては非常に嬉しい限りですが、
あまり寝かしすぎても、鮮度が失われます。
気持ちの熱いうちに、どんどん語りたいですね。
コリアうめーや!!第143号。
運命に翻弄される、スタートです。
<野望実現に向けて韓国のウナギを大探索!!>
「良いニュースがひとつと悪いニュースがふたつあります」
ソウル在住の友人は電話越しにそう言った。
映画やジョークの世界ではよく聞くセリフだが、
こういう場合、どちらから聞くのがよいのだろう。
「悪いニュースは?」
「借りた車で事故を起こし、車が大破しました」
「良いニュースのほうは?」
「僕は無事でした」
「良いニュースは?」
「ライバル社の株価が下がっています」
「悪いニュースのほうは?」
「ウチの株はもっと下がっています」
どちらにせよこの手の話にはオチがつく。
良いニュースも悪いニュースも関係ないのが常だ。
しかも今回は悪いニュースがふたつ。
それは絶対に好ましい話ではないな。
と、僕は瞬間的に覚悟を決めた。
「まず大前提として希望の料理がその店にありません」
「なるほど、それは仕方ないですな」
→悪いニュース
「ただ調理法こそ違いますが、とても美味しそうです」
「ほう、じゃあ行ってみても悪くないか」
→良いニュース
「でしょ。でも今日は休みなんです」
「……」
→悪いニュース
ほらやっぱり最終的には悪い話だった。
教科書通りのオチがついたところで、この話はおしまい。
場面変わって、その電話の3日前。
僕は宴席でひとりの韓国人と話していた。
「故郷はどちらですか?」
「ん? 言ってもたぶん知らないよ」
韓国人に対して故郷を聞く。
これは初対面の人と話すときに有効な話題だ。
韓国の主だった地方都市には行っているし、
郷土料理や特産品などのデータも頭に入っている。
会話のとっかかりとして便利なのだ。
「どこなんです?」
「全羅道の高敞(コチャン)ってところ」
「はいはい、ウナギの美味しいところですね」
「えっ!?」
この瞬間の驚いた顔がたまらない。
あんた、外国人なのになんでそんなこと知ってるの?
そんな表情を僕はニヤニヤと見つめる。
高敞出身の韓国人はひとしきり驚いてみせた後、
故郷のウナギについて上機嫌で語ってくれた。
郷土愛も混じり、詳細かつ熱のこもった説明であった。
僕はまだ高敞のウナギを食べたことがない。
話を聞きながら、いつか必ず食べに行かねばと思った。
場面さらに変わって、その2日後。
つまり最初の電話から数えて1日前。
僕は冒頭の友人とあれこれ悩んでいた。
議題となっていたのは翌日何を食べに行くか。
メルマガのネタ作りに協力してもらう約束をしていた。
「教大前に行ってホルモンを食べるのはどうでしょう」
「いいですけど、それでネタになりますか?」
「うーん、確かにちょっと弱いかも」
チャンスは夕食1回しか残されていない。
インパクトのある料理や、よほど楽しい話題がないと、
話に無理が出てくるし、書いていても筆が進まない。
楽しくスラスラ書くには、ネタ作り時の盛り上がりが大事だ。
特にこの友人は古くからのメルマガ読者であり、
ネタの選定、作り込みに関しては僕以上に厳しい。
「うーん……」
ああでもない、こうでもないと2人で悩みながら、
ふとした流れから、2日前に聞いたウナギの話になった。
「高敞は無理にしても、ウナギというのはどうでしょう」
「あー、確かに面白いかもしれませんね」
韓国でもウナギは高級食材のひとつ。
日式料理店で日本風のウナ丼を出していたりもするが、
韓国らしい食べ方は焼肉と同じスタイル。
薬味ダレを塗ったウナギを網で焼き、
サンチュやエゴマの葉で包んで食べる。
薬味ダレにはコチュジャンが入っているので、
甘くこってりしつつも、韓国らしいピリ辛。
日本式の食べ方とはまた違った美味しさが楽しめる。
韓国料理としてはそれなりに意外性もあるし、
日本では身近な食材だけに、違いが際立つかもしれない。
充分メルマガのネタにもなりうる素材である。
というような話から、友人がこんなことを言った。
「ウナギといえばひとつ夢がありまして」
「うん、どんな?」
「あの赤いのをごはんに乗せたら美味しいだろうなと」
「なるほど、赤いウナ丼……」
と、ここでピンと来た。
うん、ゴロがいいじゃないか、赤いウナ丼。
韓国料理に対する新たなアプローチだ、赤いウナ丼。
ていうか純粋に美味しそうだぞ、赤いウナ丼。
この瞬間、どうしたことか2人とも妙に興奮し、
怒涛の急展開で「赤いウナ丼製作隊」が結成された。
ということで、ここから赤いウナ丼話が始まるのだが、
悲しいことに、冒頭で書いたジョークの1件がある。
このとき僕らは、どうせ食べるなら美味しい店と、
知り合いの新聞記者に電話で問い合わせをしていた。
絶対にオススメ! と自信満々に教えてもらった店が、
希望通りの品もなく、そして店も休みだったのだ。
その瞬間の衝撃といったらない。
呆然という単語は、まさに僕らのためにあった。
ちなみに希望通りの品がないというのは、
赤い薬味ダレがなく、塩味のみということ。
韓国で塩味のウナギというのは極端に珍しい。
肉もそうだが、塩で出すのは素材に自信があるからだろう。
そんなウナギなら、赤くなくとも食べてみたい。
だが、無常にもその日は定休日なのである。
泣く泣く諦めて第2候補の店へと向かったのだが、
今にしてみれば、暗雲はこの時点でたちこめていた。
第2候補となったのは、ネットで評判がよかった店。
星5つまでの5段階評価で、4、7の高得点を叩き出していた。
レビューを見ても、絶賛意見ばかりである。
タレに漢方薬を加えているのが特徴で、
ただでさえ精のつくウナギをさらに健康的にしてある。
独特のタレも素晴らしいとされていた。
塩味のウナギも捨てがたいが、重要なのは赤いウナ丼。
店に着く頃には、しっかり気持ちも切り替わっていた。
「ウナギ、ウナギ、漢方ウナギ!」
だが、不幸というのは基本的に続くものである。
「はーい、お待たせしました」
と、ウナギが運ばれてきた瞬間。
僕らは呆然ではなく、今度は愕然となった。
「こ、これは……」
「まるで赤くないですね……」
「どう見ても茶色……」
運ばれてきたウナギには独自のタレが塗られていた。
そのタレは韓国で定番のコチュジャン味ではなく、
五香粉を加えたような、独特のソースだった。
韓国でも、日本でもなく、むしろ中国よりの風味。
「なるほど……」
ネットで評価が高いのもわかる気がする。
他店に比べ、この店ならではのオリジナリティがある。
タレが奇抜なうえ、漢方薬を使って健康にもいい。
それは間違いなく韓国人のツボをついた料理だ。
だが、我々の目的は「味」よりも「色」である。
ウナギを目の前に、ただただ固まるばかりであった。
「八田氏、どうします……」
「うん……」
「これじゃ、ネタになりませんよ」
「なりませんね」
とりあえずごはんを頼んで漢方ウナ丼にしてみる、
ということも考えたが、それではネタとして意味不明だ。
「かくなる上は……」
「かくなる上は?」
「もう1軒行きましょう!」
掟破りのウナギハシゴ大作戦。
2匹目のドジョウならぬ、2軒目のウナギである。
そして到着したのは、僕が留学時代によく遊んだ町。
弘大(ホンデ)と呼ばれる賑やかな学生街である。
留学時代はよくこの町でよく飲み歩いており、
初めて韓国式のウナギを食べたものこの弘大であった。
つまり韓国のウナギは、ここが僕にとっての原点である。
留学時代に1度行ったきりの店ではあるが、
そのときの楽しかった記憶は鮮明に残っている。
狭くて汚い店だが、なかなかに雰囲気もよかった。
そして何よりも赤いウナギであるのは間違いない。
赤いウナ丼製作隊にとってはそこが何よりも重要。
店に着く頃には、赤いウナギの記憶でいっぱいだった。
「ウナギ、ウナギ、思い出のウナギ!」
だが、不幸というのは面白いまでに続くものである。
「はーい、お待たせしました」
と、ウナギが運ばれてきた瞬間。
僕らは愕然を通り越して、真っ白な灰になった。
「こ、これは……」
「またも赤くないですね……」
「な、なぜだ……」
飛びかけた意識をギリギリのところでつなぎとめ、
店のおばちゃんに、懇願にも似た口調で問い質す。
「あの、赤いウナギもありますよね!」
「え?」
「これじゃなく、赤いタレのほうに変えてください!」
「あー、ウチやってないのよ」
ウ・チ・や・っ・て・な・い・の・よ?
「え? だって昔食べたときは赤かったですよ!」
「うん、昔はね。でも何年か前から醤油ダレだけにしたの」
瞬間、目の前の景色が、ぐにゃりとゆがんだ。
赤いウナギがない。煮切り風の醤油ダレしかない。
聞けば、昔は醤油ダレと赤い薬味ダレの両方を作っていたが、
赤いほうはあまり出ないので、止めてしまったとのこと。
赤いウナ丼製作隊にしてみれば死刑宣告のような話だ。
「醤油ダレのほうが美味しいわよ」
店のおばちゃんは冷静にそう言い放った。
もはや黙って醤油ダレのウナギを食べるしかない。
網で焼きながら食べるウナギは香ばしく、実に美味しかった。
脂の強いウナギも、サンチュで包めば爽やかに食べられる。
美味しい。実に美味しいが、切ない美味しさだ。
そして、ごはんを頼みウナ丼も作ってみた。
ステンレスの器に盛ったごはんと焼きたてのウナギ。
赤くはないが、これも韓国式の即席ウナ丼だ。
スプーンで混ぜて食べると実に美味しい。
肉厚なウナギと、こってりとしたタレの甘さ。
あったかいごはんに、この両者が合わないはずがない。
だが、その中にほんのりとした塩味を感じたのは、
赤いウナ丼製作隊が流した、涙の味だったのかもしれない。
夢、破れたり。
赤いウナ丼の野望は、いまだ達成されず。
<お知らせ>
ウナギの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/
<お知らせ2>
『魅力探求!韓国料理』が好評発売中です。
高く評価して頂き、業界誌から仕事の依頼なども来ました。
予想外のところで仕事の幅が広がっています。
ラジオ出演も拙いながら無事に果たしました。
喜ばしいことに、講演の依頼なども頂いております。
皆様、本当にありがとうございます。
アマゾンなどでも好評予約受付中です。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4093103984/
※中身が見たい方は小学館の立ち読みページをどうぞ!
http://tachiyomi.webshogakukan.com/mekuri/4093103984.html
※韓国の中央日報で「魅力探求!韓国料理」が紹介されました!
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=83446&servcode=400
※北海道新聞で「魅力探求!韓国料理」が紹介されました!
http://www5.hokkaido-np.co.jp/books/new/visit.html
※統一日報で「魅力探求!韓国料理」が紹介されました!
http://www.onekoreanews.net/news-bunka03_070124.cfm
※読売新聞で「魅力探求!韓国料理」が紹介されました!
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20070125bk03.htm
※「魅力探求!韓国料理」が共同通信社から配信されました!
http://koriume.blog43.fc2.com/blog-entry-405.html
<八田氏の独り言>
赤いウナ丼とセット緑のナントカ丼も欲しい。
緑のカツ丼、天丼、牛丼があったら教えてください。
コリアうめーや!!第143号
2007年2月15日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com