コリアうめーや!!第106号
<ごあいさつ>
8月になりました。
カレンダーをめくるだけで気分が高揚してきます。
1ヶ月まるまる休みだった子どもの頃の影響か。
はたまた照りつける太陽のエネルギーか。
1年の中でもっとも暑い月であり、熱い月でもあります。
そして恥ずかしながらワタクシ、明日2日が29歳の誕生日。
夏生まれ、夏男の僕にとっては、最高に元気が出る特別な月です。
生ビール!スイカ!ウナギ!流し素麺!
花火!プール!高校野球!夏休みの自由研究!
暑苦しいほどのパワーで夏の喜びを謳歌したいと思います。
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
前号に引き続き7月のソウルで見つけてきた新料理の報告です。
どんどん進化する韓国料理の姿をごらんください。
コリアうめーや!!第106号。
衝撃に次ぐ衝撃の、スタートです。
<豚の背骨焼肉は実在するのか!!>
ビックリ水のような一言というのがある。
ビックリ水、または差し水。
麺類を茹でる際に、吹きこぼれを防ぐ目的で入れる冷水のこと。
グツグツゴボゴボの状態を一瞬で沈める働きをもつ。
男A「総務課のAさんってキレイだよな」
男B「はいはい、あのピッとした目の人ね。俺も好き!」
男A「なんでも最近韓国にハマってて韓国映画とか見てるらしいぜ」
男B「いいねえ。俺誘って一緒に行っちゃおうかな!」
男A「バカ俺が先に誘うんだよ!」
男B「なんだよ。どっちだっていいだろ。早いもの勝ちだ!」
男A「俺が先だよ」
男B「いや俺だ!」
男C「ていうか、お前らが誘っても駄目だろ」
男A「…………」
男B「…………」
男A「仕事しようか」
男B「うん」
沸騰直前の脳みそを、瞬時に冷却するセリフ。
人はそれを会話のビックリ水と呼ぶ。
そんな会話が今回のソウルでもあった。
とある焼肉店へ友人と2人で行ったときの話。
チーズを巧みに利用した、感動的な豚焼肉が出てきた。
八田「これはうまいですね!」
友人「うん、チーズがいいな。これは」
八田「このチーズ只者じゃないですね。何だろう、このチーズ」
友人「これはたぶんチェダーチーズだろうな」
八田「すごい! 食べてわかるんだ」
友人「この味はたぶんそうだな。店員に聞いてみるか」
八田「すいませーん、このチーズの種類は何ですか?」
店員「チーズ? ただのピザ用チーズですよ」
八田「…………」
友人「…………」
八田「焼酎もう1杯飲む?」
友人「うん」
会話のビックリ水は韓国にも存在する。
たぶん全世界に存在するのだろう。
ちなみに、この会話が今回のオチ。
これでもいちばん面白いところなので、
鼻で笑って蛇足の本文へと突き進んでもらいたい。
第2幕、冒頭編がここから始まる。
「そうだ、八田くん。トゥンカルビって知ってる?」
韓国から出張でやってきたトトロさんが言う。
トトロさんは僕が留学生のときに出会った友人。
日系企業に勤めるエリートビジネスマンだ。
「いえ、初めて聞く名前ですが……」
「最近ソウルで流行っているらしいんだよ」
「らしい?」
食にうるさいトトロさんにしては珍しく曖昧な表現だ。
「いや、俺もまだ食べたことはないんだよ。話に聞いただけ」
「トゥンカルビですか……。どんな料理です?」
前号で書いたキムチチムに、トゥンカルビ。
ちょっと行かない間に、新しい料理がどんどん生まれている。
日本にいて、いちばんつらいのがこういうところだ。
「うん、何でも豚の背骨を焼くらしい」
韓国語で「トゥン」は背中という意味。
背中にあるカルビということだろうか。
「それうまいんですかね?」
「さあ、とにかく人気はあるって話だよ」
「んじゃ、次ソウル行くとき連れていってください」
「おお、もうちょっと調べておくよ」
僕は家に戻った後、インターネットで調べてみたが、
トゥンカルビについての詳細な情報は見つからなかった。
まだまだかなりマイナーな料理であるらしい。
だが、トトロさんが人気だというなら間違いはないはず。
これは隠れた美食を見つけたか。
僕はコンピュータの前で1人にやっと笑った。
ここで少し豚の背骨について解説を入れておきたい。
日本ではせいぜいラーメンのスープを取るくらいだが、
韓国には豚の背骨といえばアレ、という有名な料理がある。
その料理というのがカムジャタン。
豚の背骨をじっくり煮込んで作ったスープに、
ゴロゴロのジャガイモ、エゴマの葉などを入れた鍋料理だ。
唐辛子で辛く仕立てたスープが、冷えた焼酎によくあう。
そして重要なのが豚の背骨を具としても食べること。
背骨まわりにこびりついた肉を、はがしてはがして食べるのだ。
量にするとさほどではないが、この骨まわりの肉がうまい。
みんな骨と骨の隙間までほじくって食べるほどだ。
そのカムジャタンの肉を焼いて食べるという。
ありふれた食材と、ありふれた調理法だが、
両者を組み合わせると意外な料理になる。
これはもしかすると瓢箪から駒なのかもしれない。
僕は大きな期待を胸にソウルへと向かった。
ソウル滞在2日目。
トゥンカルビの店はトトロさんが調べてくれた。
専門店はたくさんできているが、鐘閣(チョンガク)にある店が評判らしい。
店名は漢字で久而敬之と書き、韓国語ではクイギョンチと読む。
店に入って早速トゥンカルビを注文。
と同時に、メニューで見つけたもう1つの珍しい豚焼肉も頼む。
「9mmチーズサムギョプサル」
サムギョプサルとは豚のバラ肉のこと。
厚さ9mmという部分にこだわりがあるようで、
旨みと食感のバランスがいちばんよいとウンチクが書かれていた。
どうやらトゥンカルビと並ぶこの店の2枚看板らしい。
まずはメインであるトゥンカルビを食べ、
続いてチーズサムギョプサルを食べることにした。
ここで、まず最初の驚き。
店員さんがやって来て手袋を渡される。
妙に薄手で、色気も素っ気もない真っ黒な手袋。
「なんですか、これ?」
「しかも片方ずつしかくれなかったな」
男2人、左手だけに黒い手袋をはめて呆然とする。
石川啄木ではないが、思わず手をじっと見つめてしまう。
なんともシュールな光景である。
この微妙な空気を打ち破ったのが2つ目の驚き。
「お待たせいたしました。トゥンカルビです」
の声とともに運ばれてきたのは、どう見ても背骨ではなかった。
豚の背骨であれば大人のゲンコツ大はある。
だが、目の前にあるのは、指2本分ほどの細長い骨付き肉。
「こ、これはどこの部分の肉ですか?」
トトロさんが慌てた表情で言う。
「これはリブですね。このあたりの肉です」
と言いながら店員さんはわき腹の後ろあたりを手でさすった。
肋骨の後ろがわ。肋骨がシュッと伸びた先端の細い部分。
そこはどうひいき目に表現しても背骨ではない。
骨付きのバラ肉。すなわちスペアリブ。
それが骨ごとに切り離されている。
「トゥン……カルビ。そうか、そういうことか……」
トトロさんが眉間にシワを寄せながらウンウンと頷く。
その呟きを聞いて、僕も名前の由来がピンと来た。
日本では焼肉の代名詞となっているカルビだが、
韓国語でのもともとの意味は「肋骨」である。
肋骨およびその周辺の肉をさしてカルビ。
その背中(トゥン)側ということでトゥンカルビなのだ。
そもそも背中のカルビと聞いた時点で、背骨だと思ったのが大間違い。
言葉の意味から考えても、背中側のバラ肉のほうがはるかに正しい。
「なるほどねえ……」
と2人で納得していると、そこに最後の驚きが待っていた。
衝撃を受けている僕らに、肉を焼いていた店員さんがとどめの一言。
「焼けたら手づかみで食べてくださいね」
「え、手づかみ!?」
店員さんは笑顔で僕の左手を指さす。
そこには片方だけ真っ黒い滑稽な手があった。
そうか。そのための手袋なのか。
トゥンカルビは骨付き肉なので、手づかみでないと食べにくい。
アツアツを手づかみで食べるための手袋なのである。
というわけで鉄板へ直接手を伸ばす。
普段ならありえないワイルドさが、なんだか妙に楽しい。
味うんぬんよりも、食べることそのものが楽しい料理かもしれない。
この日はあいにくトトロさんと2人だけだったが、
大勢で行けば不気味な手袋集団になって、より面白いはずだ。
味の話をするならば、むしろ9mmチーズサムギョプサルがよかった。
厚さは9mmだが、タテの長さは30cm近い。
分厚いベーコンのようなバラ肉で、しっかりと下味もついている。
ちょっと辛めの甘辛だが、これはチーズを前提とした味。
バーナーで熱し、とろとろになったチーズをつけて食べると、
「むは! チーズのまろやかさが絶妙!」
という味になる。
豚肉とチーズがこんなに合うとは驚きだった。
思いがけないうまさに興奮する2人。
「これはうまいですね!」
「うん、チーズがいいな。これは」
「このチーズ只者じゃないですね。何だろう、このチーズ」
「これはたぶんチェダーチーズだろうな」
「すごい! 食べてわかるんだ」
というところで冒頭に戻り、
この話はここで唐突に終わる。
<お知らせ>
トゥンカルビの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/
<八田氏の独り言>
いよいよ明日で29歳。
20代最後の年に全力で立ち向かう所存です。
コリアうめーや!!第106号
2005年8月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com