コリアうめーや!!第87号
<ごあいさつ>
いつまでも来ない寒さに腹を立て、
本格的な秋を切望していたにもかかわらず、
いざ寒くなると、妙に不機嫌だったりします。
昨日あたりから僕の住む東京も、
ずいぶんと肌寒くなってまいりました。
「うわ、寒いじゃないか!」
と、玄関を出た瞬間、秋空をにらみつけたりして。
秋も深まって、いよいよ冬を迎える季節です。
カレンダーの残りもだいぶ少なくなり、
年末へのカウントダウンも始まる頃。
皆様、ラストスパートの準備はいかがでしょうか?
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
季節の流れに逆行して、真夏の話を用意しました。
あまり深い意味はないんですけどね。
留学時代に出会った、妙に印象的な料理の話です。
コリアうめーや!!第87号。
夏に未練を残す、スタートです。
<真夏の夜のコッケタン!!>
2000年の夏。
留学生だった僕は、友人の誘いで海水浴に出かけた。
「おおーい、海行くぞ。海」
「いいねぇ。どこまで行くの?」
「アンミョン島だ」
そうか、アンミョン島というところに行くのか。
アンミョン島を知らなかった僕は、ウキウキ気分で地図を開いた。
「ええーと、アンミョン島、アンミョン島」
友人の話では、西海岸の島だとのことだった。
それも陸地から近く、道路でつながっているらしい。
「てことは、このへんか……」
と、海岸付近を眺めていくと、
予想外に大きな文字が目に飛び込んできた。
ハングルの下に、漢字表記も掲載されている。
「うわっ、安眠島って書くんだ!」
安眠島と書いて、韓国語ではアンミョンド。
安らかに眠る島とは、また微妙な名前だ。
「な、なんか行ったら帰って来られなさそうな島だな……」
地図を眺めながら、僕はひとり静かに笑った。
この2000年夏の安眠島旅行は、
3つの大きなキーワードで僕の記憶に残っている。
1つめのキーワードは渋滞。
夏の観光シーズンまっただ中に出かけたため、
西海岸を目指すルートは、超がつくほどの大渋滞だった。
その上、僕らは運悪く……というか計画性がなく、
スポーツタイプの車に、男5人が乗り込んでいた。
「安眠島までどのくらいかかるの?」
「うーん、道路が混まなかったら3~4時間ってとこかな」
「3~4時間か……。そのくらいなら多少狭くても我慢しよう」
と考えたのが愚かの始まり。
安眠島到着は、予想をはるかに上回り、
なんと11時間後の真夜中であった。
先行した女性陣の車から、
「どんな感じ?」
という電話があったのに対し、運転担当の友人が、
「カタツムリより若干速いスピードで快調に飛ばしてるよ」
と答えたセリフが今も耳に残っている。
真夏の安眠島は、本当に遠かった。
2つめのキーワードはチャパゲッティ。
チャパゲッティというのは、
インスタントの炸醤麺(ジャージャー麺)のこと。
袋ラーメンの炸醤麺バージョンである。
韓国では炸醤麺の人気が高く、
老若男女に等しく愛されている。
今でも昼食時の出前といえば、炸醤麺が定番。
中華黒味噌を麺にどろっとかけた簡単な料理だが、
かつては外食の代名詞でもあった。
安眠島旅行で、このチャパゲッティを食べた。
それも胸焼けするほど大量に食べた。
チャパゲッティの作り方は簡単。
鍋で麺を煮て、湯をこぼし、粉末スープをふりかけて全体を混ぜる。
インスタントのソース焼きそばを、鍋で作るようなものだ。
圧巻だったのは、このチャパゲッティを、
大鍋で10数人分いっぺんに作ったこと。
リアルに想像して欲しい。
チャパゲッティを知っている人はチャパゲッティで。
知らない人は、ペヤングやUFOを思い浮かべてもらえばいい。
寸胴鍋にたっぷりの湯を沸騰させ、
そこに10人数分のインスタント麺をドサドサ投入。
ぐつぐつ煮たら、その湯を豪快に捨てる。
麺だけを寸胴鍋の中に残し、そこに粉末スープを加える。
これまた10人数分なので、麺の上に粉末スープがうずたかく積もる。
最後に全体を、菜箸でぐっちゃらぐっちゃらかき混ぜるのだ。
普段1人前でしか作らない料理を、
大量に作るというのは、妙な迫力を感じるもの。
それは言うなればバケツプリンのような感覚。
女の子のひとりが、熱心に麺をかき混ぜていたが、
何かこう、魔女が毒薬を調合しているような雰囲気であった。
3つめのキーワードは、夜食に食べたコッケタン。
コッケタンとはワタリガニを煮込んだ鍋のこと。
安眠島は島だけあって海からの恵みが豊富。
その中でも特にエビ、カニ関係を得意としている。
日本ではやや格下に見られるワタリガニだが、
韓国の西海岸では、このワタリガニこそがカニの代名詞。
泣けるほどうまいワタリガニ料理が、韓国にはたくさんある。
ひょんなことから夜中に食べることになったのだが、
このコッケタンが素晴らしくうまかった。
後にも先にも、コッケタンをあれほど美味しいと思ったことはない。
また、このコッケタンにありつくまでがドラマチックだった。
偶然の連続から出会ったコッケタンの話。
これをちょっと語ってみたい。
きっかけとなったのは、友人のあるセリフだった。
民宿で始めた宴会が、盛り上がりの峠を越えて終盤を迎えた頃。
「おい、ちょっと小腹が空かないか」
という言葉に、数人のメンバーがぴくんと反応した。
宴会の終盤というのは妙に小腹が空くもの。
日本でいえば、シメのラーメンが恋しくなる時間帯だ。
だが、見渡すと食料はほとんど尽きており、
ほとんど残骸といえるようなものしか残っていない。
「またチャパゲッティ作る?」
という声もあがったが、
当然のごとく、あっという間に却下された。
あれやこれやと結論の出ない意見交換をした後、
「国道に出てしばらく行ったところに食堂があった」
ということをメンバーのひとりが奇跡的に思い出した。
チゲに軽くごはんなど食べようではないか、という話に落ち着き、
僕らはわいわいと外へ飛び出していった。
だが、こういうときのタイミングというのは、
妙にドラマ、マンガ的な面白さがある。
国道沿いの食堂では、僕らの登場を待っていたかのように、
ガラガラガラ、とシャッターを下ろしているところだった。
「お、終わりですか?」
小腹問題を切り出した友人が慌てて言う。
「あー、ごめんねぇ。ちょうど店じまいなのよ」
シャッターを下ろしながら店のおばちゃんが言う。
無理もない。時計の針はすでに11時を回る頃だ。
「お腹減ってるんですけど、なんとかならないですかねぇ」
友人が甘えた声で言った。
さすがに、なんとかならないだろうな……。
と、僕はあきらめた目で見ていたが、
そこからの友人のゴネっぷりは鬼気迫るものがあった。
「材料がほとんどないのよ」
「いえいえ、もう残り物でもなんでもけっこうですから」
「いや、もう掃除も始めちゃってるしねぇ」
「どうぞどうぞ。邪魔にならないよう店の外で食べますんで」
「店を閉めたら帰らなきゃならないし」
「あ、じゃ器は洗って後で返しますよ」
日本だったら、完全にありえない交渉である。
すごいことを言っているなあ、と僕は無言で感心していたが、
いちばん驚いたのは、その無理が通ってしまったことである。
「仕方ないわね……」
結局、おばちゃんは火を落とした厨房に戻り、
残りものの材料で、パッパッと鍋を作ってくれたのだった。
僕らはその鍋と、いくつかの取り皿、箸とスプーン。
そして抜け目なく焼酎と、焼酎グラスも一緒に借り受け、
「ありがとうございましたっ!」
と頭を下げて店を出た。
傍から見たら、実に不思議な団体だっただろう。
ある者は煮えたぎった鍋を両手で持ち、
ある者はスプーンや箸を握り締め、
ある者は焼酎のビンを大事そうに抱えている。
まるで宴会中に夜逃げをしたような一団。
夜中にこんな集団が歩いていたらと思うと、
我ながら裸足で逃げ出したくなるほど気味が悪い。
だが、僕らの気分は最高であった。
不可能を可能にした喜び。
あきらめかけていた料理にありつけた喜び。
そして幸運は重なるもの。
おばちゃんの作ってくれた鍋がコッケタンだったのだが、
さすが地元というべきか、信じられないほどうまかったのだ。
ワタリガニそのものもさることながら、
旨味の溶け出したスープが素晴らしかった。
唐辛子たっぷりのスープが、溶け出たカニの旨味で妙に甘く感じる。
ワタリガニとはこんなにもうまいものだったか、と驚いた。
民宿まで戻るうちに鍋が冷めてはいけないと、
店のすぐ近くで宴会を始めたのがよかったのかもしれない。
国道沿いのちょっとしたスペース。
明かりも満足にないようなところに鍋を置き、
僕らは星空の下、アツアツのコッケタンをつついた。
明るいところで見れば、真っ赤に見えるはずのコッケタンは、
限りなく無彩色で、ほとんど闇鍋状態だった。
真っ暗な中で、真っ黒にしか見えない鍋。
だが、そのスープを一口すすると、
口の中で弾けて真っ赤に輝いた。
「うわ、このコッケタンうまい!」
鍋の向こうで誰かがそう叫んだ。
「うん、うまい!」
僕らは口々に叫んだが、
その喜びの顔もはっきりとは見えない。
実に不思議な雰囲気の宴会である。
あのとき食べたコッケタンの味が忘れられない。
今思い出しても、陶然となるほどおいしかった。
だが、もしかするとそれは……。
暗闇という、隠し味のおかげだったかもしれない。
と、今になって少しだけ思う。
<お知らせ>
コッケタンの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/
<お知らせ2>
いまだに勢いの衰えない冬のソナタ人気。
関連ムック本の食べ物ページを担当致しました。
冬ソナファンの方は、ぜひ書店で探してみてください。
「冬のソナタ」の歩き方 ―韓国ドラマNOW特別編集
http://www.shufu.co.jp/CGI/new/new.cgi?mode=syosai&seq=00001463
<八田氏の独り言>
韓国に通らない無理はない。
いやはや、至言です。
コリアうめーや!!第87号
2004年10月15日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com