コリアうめーや!!第82号
<ごあいさつ>
8月になりました。
8の数字を聞くと、いよいよ夏本番。
すでに暑いながらも、そんな気がしてきます。
個人的には冬の寒さよりも、
夏の暑さのほうがはるかに好きです。
暑い暑いと文句を言いつつも、
気持ちとしてはまったく嫌でない。
そんな夏生まれ、夏男の八田氏であります。
さて、今号のコリアうめーや!!ですが、
前号に引き続き、旅で仕入れたネタを公開です。
どのネタから語ろうか悩んでしまうほどでしたが、
中でも格段にインパクトの強かった、ある料理を紹介します。
とにかく、食べての衝撃は半端じゃありません。
衝撃というか、ダメージが半端じゃないくらいです。
生半可な気持ちで食べに行くと、
返り討ちにあうこと間違いなし。
コリアうめーや!!第82号。
なにやら不穏な気配で、スタートです。
<悶絶必至、殺意の鶏肉登場!!>
警告する。
絶対に食べようとは思うな。
必ず後悔することになる。
忠告する。
首ねっこをつかみ、耳たぶを引っ張り、
頬骨に、骨伝導携帯を押し当ててでも、忠告する。
食べるな。絶対に食べるな。
興味本位で、命まで落とすことはない。
命!
そうだ、命まで落とすことはないのである。
いくらフグがうまいからといって、毒のある内臓まで食べる必要はないし、
同じキノコでもベニテングタケや、ドクツルタケに手を出す理由はない。
先人の知恵に感謝しつつ、安全なものだけを食べればよいのだ。
警告する。忠告もする。
殺意を抱いたあの料理には、絶対に手を出してはいけない。
もし、手を出してしまったら!
すごいことになるぞ!
大変なことになるぞ!
とんでもないことになるぞ!
ていうか。
僕は、とんでもないことになったぞ!!
はあ、はあ、はあ……。
今、韓国には、とんでもない料理が登場している。
その名も、プルタク。
直訳すると「火の鳥」である。
いや、厳密にいえば「火の鶏」が正しい。
韓国語でプルは「火」、タクは「鶏」の意。
韓国では、このプルタク専門店が急増しており、
系列店、類似店は、ソウルを中心に増え続ける一方。
流行の発信地として名高い新村の街には、すでに名物通りが構成され、
一面、プルタクの看板だらけである。
では、このプルタクという料理。
なぜ「火の鶏」というような名前がついているのか。
当然のごとく「火の鶏」を名乗るのには訳がある。
同じような名前の料理に、プルコギ(火の肉)というのがあるが、
こちらの名前とはまったく関係がない。
プルコギは、「火」で焼いた「(牛)肉」という意味で、
「火」という文字が、調理法を表している。
ところが、プルタクの「火」はまったく意味が違う。
なんと恐ろしいことか。
口から「火」が出るほど辛い「鶏」という意味なのだ。
韓国料理といえば、辛いというのが常識。
だが、このプルタクという料理は、その常識の中で、
なおも、辛いことを主張しているのである。
一体どれほど辛いというのか。
以下は、僕が自らの身体をもって調査してきた、人体実験の記録である。
これをどうか、先人の知恵として、読んでもらいたい。
2004年7月21日。
僕は案内役の友人1名と、夜の新村へ繰り出した。
僕が留学時代に酔っ払って歩いていた道は、
当時の面影なく、プルタク専門店ばかりがずらりと並んでいる。
プルタク、プルタク、プルタク……。
新村の街は、プルタクの赤い看板で染まっていた。
「おおおおお、いつの間にこんな店が……」
軽い衝撃を受けつつ、友人の案内で1軒の店に入る。
店はかなり混雑しており、まとわりつくような熱気が充満していた。
「プルタクを1人前、それとビールを2つ」
「え、ビール?」
友人の注文に、思わず僕が聞き返す。
韓国で、肉系メニューを食べる場合、
ビールではなく、いきなり焼酎を頼むのが普通である。
驚いた僕に対し、友人は笑いながら後ろを見るように促す。
「え……? あ、ああっ!」
なんと。みんなビールを飲んでいるではないか。
焼酎を飲んでいる人もいるが、ビールのほうが圧倒的に多い。
「か、韓国人が肉料理でビールを飲むなんて……」
だが、その理由は、すぐに身をもって知ることになる。
ビールを軽く飲み始めたところで、プルタクが運ばれてきた。
円形の鉄板に、アルミホイルが1枚敷かれ、
その上に炒められた鶏肉が、どさっと盛り付けられている。
ごろっとブツ切りにしたモモ肉。骨は外されているようだ。
唐揚げサイズの鶏肉が、韓国風に炒めてあるという印象である。
「さ、とりあえず食べてみなよ」
友人がフォークを差し出す。
恐る恐る口に運ぶと、まず感じるのは甘み。
醤油をベースにした、砂糖系の甘みを感じる。
あえて例えるのならば、タレで焼いた焼鳥の味に似ている。
日本人にとっては、馴染みのある甘さだ。
「うん。おいしい」
なんだ、辛いとはいってもこの程度か。
多少ピリっとくるが、このくらいなら全然平気だ。
と、次に手を伸ばそうとした瞬間。
舌の中央を、チクッ、と針で刺された気がした。
「あ……」
と、思ったときにはもう遅い。
津波のような辛さが、一斉に押し寄せてきた。
チクッという痛みは、ジリジリ、ビリビリへと変化し、
「か……辛っ!」
と、言いかけた口が、固まって動かなくなる。
半開きのまま、舌の根っこにヨダレがじわっと溜まった。
な、な、な、なんだこれは。
辛い。むちゃくちゃに辛いぞ。
「さ、ビールビール」
友人が、ビールをすすめてくれる。
なるほど、確かにこれはビールだ。
焼酎では、まったく火消しにならない。
僕は慌ててビールを飲み、ゴホゴホとむせた。
「どうだ、口から火が出るほど辛いだろう」
「あわあわあわ……」
返事をしようと思ったが、声にならない。
これは食べられない。
今までずいぶんたくさんの韓国料理を食べてきたが、
本気で「食べられない」と思った料理は、数えるほどしかない。
せいぜい過去にひとつか、ふたつ。その程度だったと思う。
久しぶりに出会った、食べられない料理。
全身を嫌な汗が包み、目線はひとところから動かない。
あまりの辛さに、身体全体が痙攣しているような気がする。
末端神経が麻痺してしまったような感じだ。
不思議なのは、それだけ辛くても、うまいこと。
最初さらっと甘いタレは、鶏肉とよく絡んで実においしい。
鶏肉自体も香ばしく焼かれており、特に皮の部分はサクサクと歯触りがよい。
仕上げには刻んだパセリが少量ふられ、見た目にもきれいである。
ビールを飲んで辛さが少し和らぐと、ついつい手が伸びてしまう。
食べられないほどの辛さだが、それでも食べたいと思わせる味なのだ。
辛い。食べられない。でもうまい。
食べたい。食べる。やっぱり辛くて食べられない。
その堂々巡りである。
そして、やってくる限界。
眉間のあたりがチリチリとうずき、鼻水はとめどなく流れる。
どんなにビールでごまかしても、もう食べられない。
ギブアップを宣言しようとした、そのとき。
「じゃあ、ヌルンジを頼もうか」
と友人が言った。
「ヌルンジ?」
「うん。辛さを抑えるためにヌルンジを食べるんだ」
ヌルンジというのは、ごはんのオコゲのこと。
オコゲに水を注いで熱したものを、食事のあとにすするのである。
ほんのり香ばしい白湯という感じで、消化を助ける働きがあるという。
だが、辛さを和らげるというのは初耳だった。
鍋いっぱいのヌルンジが運ばれてくる。
「ヌルンジねえ……」
フォークをスプーンに持ち替えて熱い汁をすすると、
「はちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!」
舌に焼きゴテを押し付けられたような、衝撃だった。
無理もない。辛さにしびれた舌に、熱い汁では拷問に近い。
だが、それでも少しずつすすっていると、
不思議と辛さが徐々に消えていくのだった。
これまで、うまいけど食べられない、だったところが、
ヌルンジのおかげで、なんとか食べられるくらいに回復する。
辛い。食べられない。でもうまい。
食べたい。食べる。やっぱり辛くて食べられない。
という流れだったのが、
辛い。食べられない。でもうまい。
食べたい。ヌルンジ。回復。食べる。辛い。
という流れになった。
辛くて、辛くて仕方ないが、なんとか食べ進むことができる。
ビール、ヌルンジという援軍を得て、
やっと辛さに対抗できるようになったのだ。
そして、ついにプルタクを完食。
殺人的な辛さ、制覇である。
と、ここまで書いて、もう1度言おう。
やっぱり、この料理はオススメできるものではない。
辛さに耐性のある韓国人でさえ、
ビールを飲み、ヌルンジでなだめながら食べる料理。
よほど辛さに自信があったとしても、僕はやめたほうがいいと思う。
意地を張り、無理して完食した翌朝。
僕は猛烈な胃の痛み、腸の痛みで目が覚めた。
キリキリキリキリ。チクチクチクチク。
布団をはねのけるなり、トイレ直行。
そして20分間にわたる苦行。
辛いものを食べた当然の報いである。
プルタクは危険だ。
これは人体実験の末に得た、先人の知恵である。
最後にもう1度言おう。
絶対に食べるな。
食べると、とんでもないことになる。
<おまけ>
プルタクという料理にはいくつか種類があり、モモ肉だけでなく、手羽肉、足(モミジ)なども使われるようです。店はどんどん増えているようなので、さらなる進化もあるかもしれません。ただし、一過性のブームである可能性も高いので、どうしてもチャレンジしたいという方は、早めに行かれることをオススメします。
<お知らせ>
プルタクの写真がホームページで見られます。
よかったらのぞいてみてください。
http://www.koparis.com/~hatta/
<八田氏の独り言>
人間食べるなと言われると、食べたくなるもの。
ぜひ食べにいって、僕と同じめにあってください。
コリアうめーや!!第82号
2004年8月1日
発行人 八田 靖史
hachimax@hotmail.com